◇98 執行猶予の過ごし方
まえがき
「よよぼう_~あの世とこの世の冒険譚」は、原則的に毎週月曜日の朝10:00に更新予定の、連載形式の小説作品です。
2025/1/13より、現在の第八章を掲載中です。今のところ、この章で完結となる予定となっています。
「よよぼう」第七章までのあらすじ &登場人物
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◇98 執行猶予の過ごし方
詩音の献身的?な協力もあり、なんとか無事に授業を終えることができた佐伯先生は、ようやく迎えた昼休みの職員室で一息つくことができた。
未だ体調は万全からは程遠く、むしろ最悪一歩手前といった状況で、このまま午後の授業で教壇に立ち続けられるのか、他の生徒たちに風邪をうつしたりはしないのか、などと考えだした佐伯先生は、僅かに心細い心境に陥りつつあった。
そんなことを悶々と考えている傍から、佐伯先生は咳とくしゃみを交互に繰り返してしまうも、自分では抑えることも難しい。
「おいおい、佐伯先生、大丈夫か? 結構酷そうだな…」
隣の机から心配そうに声をかけてくるのは、隣のクラスの担任で夢莉たち体操部の顧問、水野先生だった。
一昔前の熱血先生を絵に描いたような水野先生の性格は、時に頼もしく、時にうざったく、常日頃から生徒だけでなく周りの教師たちをも叱咤激励していた。まさに佐伯先生とは対照的な、遥かに典型的な教師らしい教師といえるだろう。
「大丈夫…とは、あまり言えませんが、まぁなんとか…」
曖昧な苦笑いでその場を取り繕いつつ、これはいよいよヤバいことになってきたな…という自覚が、佐伯先生の心の中で警鐘を鳴らす。
「午後の授業はともかく、先生は部活の監督みたいなのは無いんだろう? さっさと早く帰って、ゆっくり寝て…、って言っても所詮、独り身男の一人暮らしじゃなぁ…。こういう時にこそ、お互い嫁さんの一人や二人、欲しくなるって話だよなぁ…」
「いやいや、嫁は一人で十分ですよ…。それに、水野先生には良い人がいると噂で聞きましたよ?」
佐伯先生から数年先輩にあたる水野先生は、いよいよ二十代と三十代の狭間を迎えつつあるわけだが、最近になって、女性自衛官の美人と付き合い始めたという噂が漏れ聞こえていた。体育教師と自衛官ならきっとお似合いだろう。
「あぁ、まぁ、うちも両親が煩くてなぁ…。いっそのこと、教え子の女子生徒でも構わんとか抜かしてくる始末なんだ。勘弁しろって話だよなぁ、あいつらはまだ真っ黄色のヒヨコみたいなもんだろうが…」
「まぁ確かに…」
少しちくりとした痛みを胸の奥に感じた佐伯先生だったが、とりあえず作り笑いでこの場を逃れることしか思いつかない。
「あー、でも、あれよ! 国語の先生だったら、ほら、古典の…そう、光源氏戦法とかもアリってやつかな?」
「光源氏…? 源氏物語の、将来の自分の妻になる女性を幼少期から囲い込んで育て上げる…みたいな?」
「それそれ!」
なんだか話があらぬ方向へ、というより、佐伯先生にとって目下一番のデリケートな話題に向かっていくのが、まるで誰かに仕組まれたシナリオのように感じながら、ここはとりあえず否定的な見解を述べておくことにする。
「中学の僅か三年じゃ、そんな『英才教育』なんて到底無理な話でしょう? 所詮はフィクションですよ…」
「ま、そうだよなぁ…。相手が高校生っていうならまだしも、中学生相手にそんな事をやらかしたら、それこそ人生終わるってもんだわ…」
それはその通りだろう。どんなに周囲に浮ついた誘惑があったとしても、おいそれとそれに乗っかってしまうわけにはいかない。教師生活どころか、その後の人生そのものも、永遠に執行されない死刑囚のような状態になることだろう。
しかし、もし…教師と中学生が、恩師と元生徒との関係が三年間で終わることなく、その後もサッカーのアディショナルタイムのように続くのだとしたら…。
いや、それは、いわゆるゴールデンゴール方式、つまりサドンデス状態と言ったほうが良いのかもしれない。どちらかの想いが相手のゴールに届いた瞬間に、その時初めて勝負が決着を迎えるのだ。
そう考えれば、詩音のことにしろ、もう一方の御嬢様、神楽樟葉のことにしろ、今即決で結論を出すべきではないのかもしれない。
自分自身もそうだが、あの二人にとっても、もう少しゆっくりと落ち着いて、周囲の広々とした世界を眺める時間を持つのは、それほど悪い話ではないだろう。そう佐伯先生は考えていた。
「何事も、時間をかけてゆっくりと…。それが一番じゃないですか…」
佐伯先生の口から紡がれたその言葉は、別に水野先生に対して向けられたものではない。たぶんそれは、佐伯先生自身の大きな決意の一端なのだろう。
迎えた放課後、佐伯先生は詩音たちRPG同好会の面々が集まる前に、図書館の研修室に樟葉を招き入れた。
樟葉は図書委員でもあるので、RPG同好会に顔を出す前に、とりあえず司書室に向かう。そのタイミングを狙って、佐伯先生は樟葉に声をかけたのだ。
もちろん本来ならば、男性教師と女子生徒が密室に二人きりになる状況というのは避けたい。第三者から余計な詮索をされる恐れもあるし、場合によっては、目の前の呼び出した女子生徒から難癖をつけられて訴えられる可能性もある。
しかし、この話だけはどうしても、他の者に聞かせるわけにはいかなかった。
「それで、だな…。先日の話なんだが…」
「それは、私の留学の話でしょうか? それとも佐伯先生に同行をお願いした話のほうでしょうか?」
緊張した面持ちで語り始める佐伯先生に対して、さほど自身の感情を窺わせることなく、樟葉が応える。
「後のほうだ。お前が海外に留学する件については、こちらに反対する理由はないからな…」
「あら、意外ですね…。てっきり、引き留めてくれるものだとばかり思っていました…」
樟葉の思惑はひとつ外れた。
先日、神楽本家に呼び出された佐伯先生は、樟葉の父であり神楽家の現当主、墨染直々に、樟葉の海外留学の話を聞かされたのだ。そしてそのお目付け役に、佐伯先生にも同行してほしい旨の依頼があった。
悪い話ではない。生活費や必要経費はあちら持ちで、望むなら現地での日本語教師などの職まで世話をする、とまで言ってくれているのだ。四の五の言わずに跳びついてもおかしくはない、抜群の好条件だろう。
しかも、「将来を見据えた」樟葉との同棲生活が自動的についてくるのだ。それは同時に、次期神楽家当主の座を匂わせるものでもある。
樟葉が自分から前向きに決断し、佐伯先生を指名したのもまた樟葉本人だというのだから、家の事情で無理矢理に…というものでもない。要するに、樟葉が佐伯先生に揺るがぬ好意の情を抱いていることを、両親の前で宣言したに等しいのだ。
考えようによっては、その樟葉の想いは詩音以上に重い。
詩音の場合は、恐らく単純に、自分に真剣に向き合ってくれる担任教師に、よくありがちな経緯で好意をもった、程度のものなのだろう。そう、その先がどうなろうと知ったことではないのだ。
それに対して、樟葉の場合は、過去にも幾つもの見合い話や将来の話が舞い込んでいた中、納得まで行かずとも十分な妥協すら見出せる相手に巡り合えず、そんな中にあって、自らが将来の可能性を直感できた相手というのが、佐伯先生という恩師の男性だったのである。
当然、樟葉の視線の先には、数年後、数十年後の自分と佐伯先生、いや、佐伯十三という一人の男性との将来、未来が見えているのだろう。終生に渡って、自分の身も心も捧げることができる相手として、佐伯先生が認められたということだ。
果たして、中三とはいえ一女子生徒の覚悟にどれ程の重さがあるのか。そもそも二人の恋慕の情の深さに、単純な比較などできるのか、しても良いのか…。それは正直わからないが、真剣度、覚悟の程という話でいえば、樟葉のほうが詩音よりも数倍は重い、というのが正解だろう。
と同時に、樟葉としては、もうひとつの保険めいた選択肢の余地も用意していたつもりだった。
単純に言えば、佐伯先生が自分と詩音と―或いは、さらに見ず知らずの誰かかもしれないが―、誰か一人を即断できずに結論を先延ばしにする場合、樟葉を袖にして独り海外に送り出すことはせずに、自分の目の届くところに残れ、つまり留学するなと言い出すのではないか、と期待してもいたのだ。
海外留学そのものにはもちろん興味はあったが、愛する佐伯先生が「行くな、傍にいてくれ」というのであれば、それもまた良いだろうと考えていた。それは確実に、佐伯十三という男性の中に自分が、神楽樟葉という女性が意識されていることを意味するのだから。
「引き留める? 先生は別に卒業生の進路に口は出せないぞ? まして別に担任教師でもないしな…」
「そう、そうですね…。佐伯先生らしいです」
教師としてではなく、あなた個人の感情はどうなんですか?と問い質そうかとも思ったが、この性格はやはりそう簡単には変わらないのだろうと諦め、樟葉は大きな溜息をついた。
「で、結局のところ、留学は好きに行けばいいが、自分は関わらない、そう仰りたいのですね?」
「そう怒るな、凄い顔してるぞ、神楽…」
「別に怒ってません! だいたい予想はしていましたから!」
嘘だった。樟葉は確かに苛立ちを覚えていた。それも些細な原因が幾つも積み重なった末の、自分自身でも何がいったい不満なのかわからなくなりそうな、苛々が募る心情が、その美しい顔にあからさまに表れてしまう。
般若の表情を浮かべた樟葉は、美しいと同時に迫力に満ちた圧迫感を伴って、佐伯先生を見据える。
「一年間、猶予をくれないか、神楽…」
もうひとつ、樟葉の心を揺さぶる小さな棘があった。佐伯先生は他の教師や生徒の前以外では、詩音を「西原」ではなく「詩音」と呼んでいる。彩乃でさえそうだった。なのに自分は、いつまで経っても「神楽」のままなのだ。
「それはつまり、西原さんが卒業して、私と対等の立場になってから、改めて考えたい、ということですか?」
それもまた佐伯先生らしい考え方だと、樟葉は思う。
在校生と卒業生、どちらか一方だけを自分の手の届くところに置いておけるのだとしたら、果たしてどちらを選ぶべきか、残すべきか。
少し前の、出会って間もない頃の佐伯先生だったなら、卒業生が何処でどうなろうとも、興味は大して湧かなかっただろう。
しかし今は少々事情が違う。
その佐伯先生の心の微妙な変化が、果たして樟葉のせいなのか、それとも詩音のせいなのか、良くはわからないが、墨染の鋭い指摘と、樟葉の知らないところでの大路姉妹との関係も相まって、佐伯先生もまた変わりつつあるのだ。
「ぶっちゃけた話、あの危なっかしい奴をほっぽり出して、自分だけ海外へ…っていうのは気が退けてな…」
「それはどうかしらね…。素直に『西原さんに未練たらたらで、今すぐには別れられません』と認めてしまえばいいのでは?」
苛立ちのせいか、それとも単に本心の発露なのか、樟葉は意地悪く佐伯先生に食い下がる。
「まぁ、全部を否定はしないが、RPG同好会のほうもあるしな、神楽さえ許してくれるのなら、一年後にお前に合流することを考えているんだが…」
「結局、私がいなくなった中等部で、一年間西原さんと仲良くやって、上手く行かなそうだと感じたら、海外の私の許にやってきて、西原さんの代わりに私を、神楽の娘を口説いて玉の輿に乗るつもり、という風に考えても?」
棘のある言い方が、次から次へと神楽の口をついて飛び出してくる。「鋼鉄の冷嬢」という樟葉の渾名から想像するよりも遥かに熱く、情熱的というよりも、むしろ怨念やら執念やらを感じさせる気迫だった。
「そうじゃない、そうじゃないんだ、神楽!」
「…なら、いったい何ですの?」
「自分を改めて見つめなおすための時間が欲しい…。俺が、俺自身の止まっていた時間を取り戻すための時間が欲しいんだ…。その上で落ち着いて考えて答えを出して、俺はお前にその結論を、誠意をもって伝えたいんだ、樟葉…」
予想外の言葉に樟葉は息をのんで凍りつく。
佐伯先生は常々、自分自身を「先生」または「私」と呼んでいた。それなのにここにきて唐突の「俺」である。さらに厄介なことに、ここにきて初めての「樟葉」呼びなのである。
有無を言わさぬ佐伯先生の決意に気圧されて、樟葉のほうが折れるしか手段がない。全てを無かったことにして、一気に卓袱台をひっくり返すなら別だが…。
「わかりました…。そのかわり、こちらにも条件があります…」
◇99 勇者の次なる目標 に続く
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あとがき
初めまして&こんにちは、真鶴あさみです。
行き当たりばったりで始めたこの「よよぼう」の週刊連載も、ようやく最終章(予定)の第八章となりました。
定期的に読んでいただいている皆様、ありがとうございます。
TRPGという趣味は些かマニアックでニッチな趣味なので、取っ掛かりが難しいと敬遠している方も多いと思いますが、実は予想以上に簡単で、寧ろ問題は「己の羞恥心との闘い」だったりします。
役者や声優を目指している人ならともかく、一般の…いえ、多少その手のオタク初心者からすれば、カッコいいけど小恥ずかしい台詞を「さぁ言ってみろ」とばかりに促されても、躊躇してしまうのは良くわかります。
ですが、一度そこを乗り越えれてしまえば、後は爽快感溢れる夢の世界が待っているという寸法です。
皆様も是非、一度は挑戦してみてください。
いつも校正チェックでお世話になっている鳥ことトットさん、アイディアを頂くことも多い蛹ことハセベさん、諸々感謝しています。ありがとうございます。
それでは、最後のエピソードまでもう暫く、詩音の迷走物語にお付き合いをお願いします。
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