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第92話 鈴木千夏

 鈴木千夏は、関西地方にある豪奢な邸宅が立ち並ぶ街の一角で生まれた。

 父は全国にチェーン店を持つ理美容店のオーナーで、最近は高級コスメブランドと提携した美容室を国内外に新たに展開させ、人気を博していた。

 母も全国にチェーン店を持つエステサロンのオーナーだった。

 そんな両親は、殆ど家には寄り付かなかった。


 「お仕事が忙しくて、大変なのでしょうね」


 いつも家に一人で過ごしていた千夏を支えてくれたのは、街の外から自転車に乗ってやってくるお手伝いさんだった。

 お手伝いさんに頼んで、千夏は包丁の使い方から調理の仕方、掃除の手順など家事に関する色んな事を学んだ。


 「いつか、絶対にこの家を出てやる」


 そう心に決めたのは13歳の時。

 学校帰りに立ち寄った書店の雑誌コーナーにあった女性誌の表紙が目に止まった。


 『夫は愛人20人?妻はホスト狂い?理美容界の第一人者とエステサロンオーナーの仮面夫婦っぷり!』


 雑誌を手に取りページを開くと、数年ぶりに両親に呼ばれたパーティの時の写真が掲載されていた。

 一見すると、裕福で仲睦まじい家族に見える。いや、そう見える様に演技・演出しているのだ。


 「私の顔にだけモザイクをかけても、これじゃバレバレなんだけどな…」


 雑誌を棚に戻して書店を出た。少し歩くと、後ろから男が付いてきているのが判った。


 「何かご用ですか?」


 千夏が立ち止まり振り返ると、男は慌てて雑誌を開いてみせた。


 「君のご両親の話を聞かせてくれないかな?」


 どうやらマスコミの類いらしく、千夏は無視を決め込みつつ道を変え、ワザと交番の近くを通った。男が「ねぇ!」と千夏の肩を掴んだ瞬間、千夏は大声を張り上げた。


 「やめてください!!」


 騒ぎを聞きつけた警察官が男を取り押さえた。

 そんな事が頻繁にあった。

 千夏が大学を卒業する頃、長きに渡って千夏を支えてきたお手伝いさんが健康上の理由から辞めて、千夏は一人ぼっちになった。

 そんな千夏の元に母親がやってきて、「いいお話しがあるのだけど…」と有名美容外科医の御曹司との縁談を持ちかけてきた。

 興味は全く無かったが、卒業パーティの二次会会場のパブでその男を偶然に見かけたので、しばらく観察した。


 「今日は、誰をお持ち帰りしちゃおっかな〜」


 侍らせた数人の女性の胸を揉み、キスを迫りながら言う姿に嫌悪感を抱いた。

 その時だった。


 「あんな男を支配下に置いてみる気無い?」


 眉間にシワを寄せていた千夏に声を掛けてきたのは、パブの店長・麻美だった。

 その日の内に麻美に連れられて、マンションの一室で行われていた怪しいイベントに参加した。薄暗い室内で四つん這いになった男達を足蹴にしたり、射精寸前まで追い込んで縛り上げ罵倒したり。いわゆる、SMプレイが繰り広げられていた。


 「あなたなら、きっと素敵な女王様になれるわよ?」

 「そうね、向いてるみたい。だって私、見てるだけで感じているもの…」


 大学を卒業し家を出て大手企業に就職したが、1年後には一晩のプレイで会社員数ヶ月分の給与を遥かに超える、プレイヤーとなった。

 そして、その筋で『聖母様』と呼ばれるようになったある日、信号待ちの交差点で何者かに背中を押され、車に轢かれた所で千夏の記憶は途切れた。

 次にある記憶は、ルーキウス王国の第二王女として誕生し、また忙しい両親に放置された自分の姿だった。


 「もう、何も期待しない。誰も信じない」


 自分の殻に閉じこもる事にしたある日、同じ年頃の幼女と出会う。


 「はじめましてベアトリーチェ様、グラディウス侯爵家が長女ディアナ・グラディウスでしゅ」


 ベアトリーチェは無視を決め込んだが、隣で「ふんふ〜ん♪」と歌い出したディアナの歌に聞き覚えがあった。


 「その歌…はじめて〜の●●●♪…?」

 「正解!日本からの転生者だよ。よろしくね?」


 ベアトリーチェは、前世含めて二十数年で初めて声をあげて泣いた。

 

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