第58話 ブラックホール
「王城内でそんな事が!?」
大公から話を聞かされたベアトリーチェは、溢れる怒りを抑えきれずにいた。
メラニアは、その時の傷がもとで子宮を失った上に、たとえ実の父親でさえ男性をそばに寄せ付けなくなってしまった。メラニアの部屋に入れるのは、侍女ただ一人だけ。「勉強」と云う言葉にも激しい拒絶反応を見せるので、実年齢は20歳にもかかわらず、その知能は5歳児程度だと見られている。
「それでも、会いに行くかい?」
ベアトリーチェは躊躇した。
だが、縫いぐるみを貰った時の事を思い出す。
正確な話をすると、ベアトリーチェにメラニアと顔を合わせた記憶は全く無い。ベアトリーチェが生まれた時には、もう引きこもっていたからだ。それなのに、養女に行くベアトリーチェに侍女を介して、最も大切にしていた縫いぐるみを寄越してきたのだ。それも、こんな貴重な魔石をつけて。
「行くわ。何か意味があると思うのよ」
翌日、ベアトリーチェは大公と共に登城した。大公は執務の為に別行動となったが、ベアトリーチェは国王と王妃並びに宰相にダンジョン発見の報告とその経緯を説明した。その上で、「ブラックホール」という魔石が何なのか問いたくて、メラニアへの接見を申し出た。
「でも、あの娘は…」
「過去に何があったかは、大公から伺いました」
「あ…」
気まずい雰囲気が流れた。
「ですが、血の繋がりがあるとは言え、全く面識の無かった私に、この魔石を寄越して来たことに、何か意味があるような気がしてならないのですよ」
しばらくの沈黙のあと、国王が口を開いた。
「わかった。会ってくれるかはわからんが、とりあえずドア越しに話かけてみてくれ」
「ありがとうございます」
宰相の案内でメラニアの部屋の前までやって来たベアトリーチェは、ドアをノックした。数秒で侍女が応対に出てきた。
「ベアトリーチェです。お姉さまにお礼を言いたくて来たのですが…」
「メラニア様に確認して参ります」
しばらくすると、侍女がやって来て「お会いになるそうです。どうぞ、お入りください」と招き入れた。
ドア前にちょっとした椅子が置かれたホールがあり、そこを抜けると応接間になっていた。
その応接間の上座の一人がけソファに、金色の髪にエメラルドグリーンの瞳の少女が座っていた。12〜3歳位にしか見えない程小柄で線の細い、王妃ミレーネにそっくりなこの女性こそ第一王女メラニアに違いなかった。
「お姉様、ベアトリーチェです」
「べ…ア…」
「えぇ、そうですベアです」
メラニアは立ち上がり、覚束ない足取りでベアトリーチェに近づいてきた。そして、か細い腕でベアトリーチェを抱きしめた。
「べ…ア、わたしの…かわいい、いもうと…」
たどたどしい言葉だったが、確かにそう言った。
「ベアが、おにわであそんでいるのを、いつもまどからみてた…いっしょにあそんであげられなく…て、ご、ごめんなさい」
「いいの、これから一緒に遊べばいいんだもの」
「ふふ…うれしい」
「お姉様、今日はこの魔石の事を伺いにきました。私、この石に助けられたような気がするんです」
あの黒い魔石を掌にのせた。
「こ、れは、ブラック、ホール。うちゅうにある、いっしょ。え…と、いらないもの、すいこんでくれる。ベア、そとでる、あぶないこと、いっぱい。だから、あぶないものすいこむ…ベア、ぶじ、だいじょぶ…」
「私が心配でくださったのですね。ありがとう」
うんうんと頷いたメラニアは、スイッチが切れたようにストンと眠りについてしまった。侍女に寝具の用意をさせ、ベアトリーチェはメラニアを抱えベッドに運んだ。軽すぎる体重に驚く。「宇宙にあるブラックホールと一緒」という言葉にひっかかりを覚えたベアトリーチェはメラニアを鑑定してみた。
「これは、何なの…?」




