第3話 聖女がヒロインに決まってる!
「あなたのお名前は?」
「レベッカ・バートン。聖女になる女よ!」
一部の生徒が吹き出し、何やらひそひそとした声も聞こえる。ディアナも、その言い回しに覚えがあった。「海賊王かよ!?」とツッコミを入れたかったが、ここは我慢した。
実際の所、毎年2〜3人程の聖人候補の男女が学園に入学してくる。聖人候補になるには、光魔法と回復魔法の両方の属性を持ち合わせている事が条件である。光魔法のみ、回復魔法のみという者は珍しくない。しかし、両方の属性を持つものは、のちに「浄化魔法」と云う希少魔法を覚えることがある。
「浄化魔法」は、感染病の原因となるウィルスを滅菌したり、アンデッド系モンスターとの戦闘に有用な魔法が使え、果ては呪いの解呪も出来るようになる。
「浄化魔法」とはすなわち「聖属性」と呼ばれる魔法のことである。もっとも「聖属性」と呼ばれるようになったのも、教会が出来たこの百年程の事だ。
この国に神話的なものは存在しない。故に教会なるものも存在しなかった。最初に聖女と呼ばれた者が、その力を一部貴族に独占させない為に、当時の国王の後ろ盾をもらい救護施設を作った。そして彼女の死後、その救護施設は聖女を崇め奉る教会へと変貌した。最近では各地に小さな教会が建てられ、国と貴族からの支援で医療救護や孤児の保護、近隣住民への道徳及び初等教育などを担っている。
現在、聖人はルーキウス王国の教会に1人、魔国との緩衝地帯リベラ国の教会に1人のたった2人しかいない。そのため、国と教会が手を取り聖人候補の保護と育成に努めている。
だが、ベアトリーチェは知っていた。今すぐにでも聖女として崇められてもおかしくない人物が、この場にいることを。それが、親友ディアナ・グラディウス侯爵令嬢だ。彼女は、出逢った3歳の頃には既に「浄化魔法」を使っていた。それどころか、時空魔法や空間魔法・闇魔法といった魔族特有の魔法をも含む、全属性持ちの唯一の人物だった。周囲もなんとなく気づいてはいるのだが、国王からの御達しでそのことは伏せられている。
「で、その聖女候補のレベッカさんは、何をもってディアナの事を悪役令嬢と?」
ベアトリーチェはディアナとゼノンに並び、レベッカに問う。
「殿下とディアナ様は、婚約されてるんですよね?」
「あぁ、まだ公にはしていないが」
「殿下の婚約者であることを笠に着てわがまま放題とか…?幼い頃に王命で婚約したけど、そのことを疑問に思っていたりとかは?そもそも、お二人がイチャイチャしているところを見たことがありません!殿下がディアナ様を避けていらっしゃるのでは?」
ゼノンとベアトリーチェは苦虫を潰したような表情になる。一方で、ディアナは相変わらずニヤニヤと笑っている。その姿に苛ついたレベッカは、ディアナの胸ぐらを掴んだ。
「てか、アンタ何で笑ってんのよ!そもそもアンタが悪役令嬢じゃなかったら、何だっていうのよ!いい?私は転生者なの!意味わかる?他の世界から聖女になるべく、光と回復の属性を持ってこの世界に生まれてきたの!明るい性格で可愛い聖女に王子の心が傾くってのがセオリーでしょうが!ゲームでも漫画でも、聖女がヒロインに決まってる!だから、アンタはこの舞台から退場よ!」
一気にまくし立てたレベッカが、ハァハァと荒い息を吐く。
「テンプレって、何種類かあるよね?王子の婚約者を悪役令嬢に仕立てて腹黒聖女がその座を奪うも闇が暴かれ、王子共々断罪される結果にって話も…」
生徒たちのコソコソ話にレベッカはハッ!として振り返った。
「なんで、こんなに話が通じてるの…?」
パンパン!と手を打ち、ゼノンが一歩前に出て声高に呼びかけた。
「この中で『転生者』もしくは『転移者』の称号を持つ者は、挙手してくれ」
すると、生徒や給仕・侍女を含む百人位の中から20人程が手を上げた。
「な、なんでこんなに…」
レベッカはガックリと項垂れた。