第2話 私、悪役令嬢なの?
「あぁもう、ディアナの奴、あんなにたくさん」
ハッとしてゼノンが指差す方向を見たベアトリーチェは絶句した。ディアナが2段のカートいっぱいにチーズやローストビーフ、ケーキなどを乗せてこちらに戻って来ようとしていた。
「アレを全部食べる気かしら?」
そのディアナが足を止め、斜め後ろを振り返って破顔した。「好きな人に告白したい」決死の覚悟で挑んだマリナは、どうやら意中の人をゲットできたらしい。繋がれた指先が離れることのない様に祈るばかりである。
「なぁ、ディアナから何か聞いてないか?俺のこと…」
「お兄様、またフラレたんですのね?」
「う…そうなんだけどさ…」
「そもそも、国王陛下とグラディウス侯爵との間で話はついていて、事実上の婚約者となっているのでしょう?なのに、何をグダグダと…」
「それがなぁ、学園内で遭っても礼をとるだけで、完全にスルー。デートに誘っても『先約があるので』と断られ続けて…俺、ディアナに嫌われてる?」
「はぁ…情けない男。」
「おい!ため息つくなよ」
「ディアナはお兄様を嫌ったりしてません。むしろ『とても信頼できる人物』だと言っておりました。ただ…」
「ただ?」
「彼女には、どうしてもやりたい事があって、色恋に気が向かない様ですわよ。」
「なんだ、その『やりたい事』って」
「私からは申し上げられません。時期がくれば、本人が話すでしょう。それまで、お待ちくださいな。」
「はぁ…」
ゼノンはため息をつきながら、こちらに近づいてくるディアナを見ていた。
「すみません、通りま〜す」
周囲への配慮なのだろう、声をかけながらカートを押していた。
と、そこに一人の女生徒が小走りに駆け寄り、ディアナが押すカートに突進し、ガシャーン!と大きな音を立てた。
カートは倒れ、載せられていた料理も散乱し、一部の器は割れたようである。
そして、頭から食べ物を被った女生徒がひとり…
「うわっ、ごめん!怪我はない?」
ディアナがその女生徒に駆け寄り、頭や肩に積もったサラダやローストビーフを払い除けた。
「ディアナ様酷いです!ワザとカートをぶつけるなんて」
「へっ…?いや、ワザとでは…」
「ディアナ様が、ディアナ様が…」
わんわん喚き散らす女生徒の姿に一同が唖然とするなか、「ごめんなさい」と謝りながら彼女の顔についたクリームを拭うディアナ。
「お召替えしましょう」
ベアトリーチェの侍女が女生徒を、ディアナの侍女はディアナを促した。
床に散らばったものは、給仕の手で片付けられていく。
「ディアナ、手の甲から血が出てる。手当を…」
ゼノンがディアナの手を取り、ポケットから出したハンカチを添えた。
「殿下!ご覧になりましたよね?ディアナ様がカートを、ワザと私にぶつけてきたのを!!」
「いや、私が見たのは、周囲に『通りますよ』と声を掛けながらカートを押しているディアナと、パーティー会場であるにもかかわらず不用意に走ってカートに突っ込んで行った君の姿だ。ディアナに非は無いと思うが?」
その場にいる大半の者は、頷いた。
「あからさまだったよね」
「例のアレかしら?」
「あぁ、テンプレってやつ?」
ざわつく会場の中、女生徒が何やらボソボソ言い始める。
「……のクセ…」
「は?」
「悪役…」
「は?」
だんだんと大きくなる声。
「悪役令嬢のクセにー!!」
ついには叫び声となり、会場中に響き渡った。
「…私、悪役令嬢なの?」
首を傾げながらも、ディアナは何故かニコニコと笑っていた。