第100話 それだけで、充分
「ん…紬は…?」
「ディアナ!気がついたのね!」
まるで、覆いかぶさるように近づいてきたベアトリーチェの顔を手で押さえた。
「近すぎる!!」
「ごめ〜ん、だって心配だったんだもの…」
「ベアトリーチェ、とりあえず鼻水は拭いて?」
ベアトリーチェは、ディアナの鼻を袖口でゴシゴシこすった。
「違う!ベアの鼻水が私に垂れそうなの!」
「あ、ごめん。私ね…はいはい」
ディアナは起き上がりベッドから抜け出た。
そして、布団を片付けようとしたディアナに、ミレーネ王妃が笑いながら「そんなことしなくていいから」と言った。
「それより、ここに座って。話があるの」
「お母様!」
「率直に聞くけど、あなたは陛下をどう思っているの?」
「…私は、陛下を愛しています。でも、もう既にお断りされているのですよ」
「随分、はっきりと答えたわね?」
「神の目のスキルを持つミレーネ様に、嘘をついても仕方ありませんもの…」
ディアナが国王への想いを自覚したあのデビュタントでのダンス。「お前も大事な娘だと思っている」その言葉に傷ついて初めて自覚した事。また、その言葉で「予防線を張られた」のだと気づいた事を話した。
「そうだったの…」
「側妃になると云う話、陛下は何と?」
「大して叱られなかったわ。でも『あの娘があの娘でいられる様に支えたいだけなんだ』と仰言られたわ。『あの娘は、自分を変えてくれた特別な娘だから』と…」
「それだけで、私は充分です」
別室で待機していた侯爵と辺境伯、そしてルイスと一緒に王都のグラディウス邸に帰宅した。
「で、あの後どうなったの?」
「ゲイル騎士団長は罷免、しばらく投獄された後に釈放になるだろうな」
「俺は軍務卿が辞職を願い出た事がショックなんだが…」
ミハイルがガックリと肩を落とした。ミハイルと軍務卿は朋友で、競い合いお互いを高めてきた相手なのだとか。
「そこまでする必要ありませんよね?むしろ、騎士団長が居なくなった事の影響を考えると、兼任して頂いた方が…」
「あぁ、ディアナの言う通り、しばらくはその方向で行くと陛下は命を下された」
ディアナはインベントリから金貨が入った袋を取り出し、侯爵に手渡した。
「バーゼル検問所にグラディウスの本部から10人、ミハイル兄さんの所から40人、人を借りてます。ここにある金貨千枚を特別報酬として、支払っていただけますか?」
「なぜ、お前が出すんだ?本来、政府が出すべきものだろう?」
ルイスが質問してきた。
「後で政府に請求するけど?」
「とりあえず、預かっておく」
バーゼルの検問所へは、王都から新たに人員を送り込む事が決定したらしく、ディアナに騎士団訓練場と道を繋いで欲しいとの依頼を受けた。
「できれば、各検問所にお願いしたいらしい」
侯爵は苦笑いした。ディアナも苦笑いしながら「仕方ありませんね」と答えた。
「ウチも繋いでくれんか?」
ミハイル兄さん、アンタもか!と思いながら、承諾した。
その日、ミハイルとルイスは王都のグラディウス邸に泊まり、翌朝は「王都土産を買う」と言うので連れ立って街に出掛けた。イオニアの方が都会だし、いい店もたくさんあるのになあと思ったが、どうやら二人には行きたい店があったようだ。
「お、ここだ!」
そこは、マリアンヌさんが経営するアクセサリー店プチ・ビジューだった。
「ディアナ様、お久しぶりです。ご活躍の噂は聞いてますよ、お元気でしたか?」
「ええ、なんとか。今日はこの二人の付き添いで」
ミハイルとルイスを紹介した。




