第1話 私の人生変わってたかも?
新緑の葉を揺らし、涼しい風がサァっと吹いた。
「うわっ!せっかくまとめた髪が」
鏡の前に座る女生徒の髪を纏めあげていた手を離し、ディアナは窓を閉めた。
「ディアナ様…あ、あの私やっぱり…」
恥ずかしげに俯くマリナの顔を覗き込む。
「うん、やっぱりマリナには、サーモンピンクのリップで正解だわ」
ベアトリーチェが頷きながら「でしょ?」とにっこり笑う。
「さぁ、仕上げるわよ」
ここルーキウス王立学園は現在、学園祭の最終日を迎えていた。
最終日の目玉である舞踏会まであと一時間。ドレスを持たない平民にドレスを貸したりプレゼントしたり、メイクを施す貴族令嬢とその従者達も慌ただしさを増した。
貴族の子女が通う王立学園に一部の平民を受け入れるようになったのは、たった三十年程前の事だったらしい。
商家の子息や騎士志望といった「貴族と付き合う可能性がある人」達に、情勢からマナーまでを教える為である。
また、三代前の国王時代には「全ての人に等しく教育を」との理念から、学費免除や生活費の一部補助のシステムを構築し、低年齢・低所得者層の義務教育も各地で開始している。
現在学園に通っている生徒達は、生まれた時からこの制度下にあったので至って普通の事なのだが、当初はかなり混乱を招いたと聞いている。
今でも時折、他国からの留学生が貴族風吹かせて…という場面に遭遇することもある。そう云う時は、ニッコリ微笑みながらドゴン!!と、穴があく勢いで壁ドンをくれてやる事にしている。主に、ディアナが…。
「いつも通りのマリナで大丈夫なんだからね?気負わず、いってらっしゃい」
平民のマリナにとって今日は、学園で学んだマナーやダンスの一年間分の集大成となる。おまけに「好きな人に告白したい」と聞かされたものだから、ひと肌脱ぐことにしたベアトリーチェとディアナ。自身はそれぞれの侍女任せの癖に。
「あんな可愛さがあったら、私の人生も変わってたんだろうなぁ…」
ベアトリーチェが目でマリナを追いながら、ごちる。
「「ぶはっ!」」
吹き出したディアナの声に、もうひとりの声が重なった。
「たかだか十代半ばの小娘が『人生』などと…」
「お兄様!」
声の主は、第一王子のゼノンだった。
「オクタヴィア家に養女に出たことを後悔しているのなら…」
「してません!」
ルーキウス国王の次女として生まれたベアトリーチェが王弟であるマニウス・オブ・オクタヴィア大公の養女となったのは、彼女がまだ5歳の時の事だった。
いつものように侍女と宮廷の庭で遊んでいると、オクタヴィア大公夫妻に関する女官たちの心無い言葉が聞こえてきたのだ。
「側妻を持つ気はないのかしら?」
「お子が出来ないのなら、ソフィア様が身を引けばいいのよ」
「子を成せないなんて、女性として欠陥品よね」
その酷い言い様にブルブルと震え出したベアトリーチェ。
「ちょっと、あなた達!」
侍女が女官たちを窘めようと立ち上がるやいなや、異変が起こる。女官たちとベアトリーチェの間に、小さい竜巻が発生した。そして、その竜巻は徐々に女官たちに近づきながら速さと大きさを増していった。竜巻の発生源に気付いた侍女が止めようとベアトリーチェを抱きしめるが、時既に遅し。5人程いた女官は竜巻に巻き込まれ、内二人が命を落とす事となった。
「許せなかったのです。叔父様と叔母様が、どれ程お互いを大切になさっているのか、私にだってわかります。なのに、なのに…」
「わずか5歳の子供なのに『愛』を理解しているのだな」
国王は幼い娘の成長に感嘆しながらも、感情のままに魔法を使い、人を死に至らしめたことに怖ろしさを感じた。
そして、ベアトリーチェに半年間の地下牢幽閉の沙汰が降りた。