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星を掴んで惑わない  作者: ゼン
【番外編】きらきら光る(一話完結型)
7/9

秘密

 今飲んでいる紅茶は美味しい、はずだ。多分。

 しかし、ステラでさえ知っているブランドのティーカップの値段がチラついて、お茶を楽しむ余裕がない。


 休日の午後。


 ステラはキングストン家の茶室で、お茶会をしていた──ヒューゴの三人の妹達と。

 ご両親は出かけているとのことで、長女のニコルがステラをもてなすという話に、双子の姉妹が合流してきたことがきっかけである。



「……ステラさん」

「は、はい!」


 長女のニコルに声をかけられたステラは、がちゃんとカップを鳴らしてしまった。


「すみませんっ」

「気にしないでください。美味しく飲んでいただければそれが一番です」


 ヒューゴと同じ金の髪と花萌黄の瞳を持つニコルは、古典文学に出てくる天使のように愛らしい。ステラより三つ年下なのだが、一児の母と思えないほど可憐だ。

 女学校在学中に当時婚約者であったレイ・グレインジャーとの子を身籠り、授かり婚をしたという彼女の夫であるレイからは以前挨拶を受けたが、とても感じの良い男性だった。彼は最年少で上層部入りした優秀な軍人であり、由緒ある軍人一族の嫡男でもある。


 凄い家だ……と恐縮しまくっているステラは味の分からない紅茶が入ったカップに口を付ける。


「ねえねえ、どっちから告白したの?」

「お兄ちゃんからー? それともステラさんからー?」


 好奇心たっぷりのキングストン家の双子──クリスティニアとシスティーンの質問に、ステラは少しばかり(むせ)た。


「クリスとシスがすみません」

 ニコルが申し訳なさそうにステラに謝り、ナプキンを手渡してくる。


「あ、いえ」


 ステラは、双子の質問を十五歳の女の子らしい質問だと思った。

 それにニコルや双子の態度がステラに対して好意的に感じるのが嬉しかった。


「えー、お姉ちゃんだって気になってるくせに」

「くせにー」

「……」


 ぷくっと頬を膨らませる双子とニコルがじゃれている様子を見ながら、ステラは目を細めた。こんな可愛い妹達がいるヒューゴが羨ましい……と思ったところで、将来この三人が自分の義妹になることを思い出し、顔を赤くした。


「あれぇ? ステラさん顔が赤いよ?」

「何を思い出して、そんな顔してるのー?」

「クリス、シス、やめなさい。ステラさん、ごめんなさい」


「あ、いえ……ヒューゴ君みたいな素敵なお兄様がいたら、気になると思いますし……」

 ステラがそう言うと、三人は「素敵?」と首を傾げて右眉だけを器用に歪めた。


「ステラさん、お兄ちゃんの見た目に騙されちゃってたりする?」

「するかもー」

「お兄ちゃん、王子様なのは見た目だけだよ?」

「見た目だけなら帝国一王子様なんだけどねー」


 ねーっ、と声をハモらせる双子に困ってニコルを見やると、ニコルは綺麗な笑顔を浮かべてお菓子をつまんでいた。


「それに、お兄ちゃんって結構子供っぽいよ?」

「そーそー」

「玉ねぎ、食べられないし」

「マッシュルームは、いつもお皿の端に()けちゃうしー」

「コーヒーにはミルク入れないと飲めないし」

「苦いのが苦手なのー」


「ふふっ」

 なんだ、そんなことか。

 双子の可愛い密告にステラは笑った。


 なんて微笑ましい。


「がっかりしないの?」

「しないのー?」


「はい、全然。というか……私は、ヒューゴ君のそういうところも大好きなので」


 ステラの言葉に、双子は頭に疑問符を浮かべてぽかんとしている。

 その横で、ニコルはうんうんと頷いて何やら共感しているようだった。きっとこの共感は、ヒューゴに対してではなく彼女の夫に対してのものだろう。




 密告にも動じないステラに退屈したのか双子は何やら内緒話をしながらぱたぱたと茶室から出て行ってしまい、ステラとニコルと二人きりになった。


「騒がしい子達でごめんなさい。家の者達が甘やかすので、ちょっと落ち着きがないんです」

「いえ、そんな。とっても可愛いです。それに、嫌われなくて良かったなあって……」

「嫌うだなんてこと絶対ありません。私だってそうです」


 ニコルの笑顔にステラはほっと息を吐いて紅茶を口に含んだ──今度はちゃんと味がする。美味しい。


 予定通りならステラは今日、ヒューゴと食事をする予定だった。

 しかし、彼の仕事の都合で「時間をずらしてほしい」と頼まれ、それまでの時間、ちょうど実家に遊びに来ていたニコルとお茶をすることになったのだ。


「あの、ニコルさんに聞きたいことがあるんですけど……」


 ステラはこれを良い機会だと思い、ずっと不思議だったことを聞こうとして緊張しっぱなしだったが、いい具合に緊張が解れてきたので口を開いた。


「はい、何でしょう?」

「私はオルトン卒ではありますが、それ以外は特出しているところのない人間です。家族も他界していますし、その……」

「『どうして歓迎されているか分からない』ということでしょうか?」

「はい。とっても嬉しいのですが、私のような人間がそのようにしてもらうことを疑問に感じていて」


 ステラの言葉に、三~四秒ほど考えるそぶりを見せたニコルはにっこり笑って「妹の私から見ても、兄は昔から人気がありました。学生時代なんて男女関係なく、とても」と切り出した。


「分かります」

 ステラは深く頷いた。


 学園時代の彼は、とっても人気があった。そして、今も、きっとそうだろう……。


「学園を卒業してからは肩書も相まって、兄の人気は学園にいたころの比ではないくらいでした。でも真剣にお付き合いしてる話は聞かないし、どんな美女をも袖にして、『仕事が恋人だ』って公言してて。お見合いなんて二回もすっぽかしてましたね。兄の秘書の方なんてスケジュールにわざと遊びの予定を入れるくらい、兄の将来を心配していました。その兄が連れてきた女性(ひと)を、私達家族が歓迎しないはずありません。ああ、でも勘違いしないでほしいのですが、跡取りの心配をしているのではないんですよ? ただ、兄に寄り添ってくれる方がいればなあって。そんな時、兄が連れてきたのがステラさんです。……それに、兄の()()()()、私は初めて見ました。家族もあの顔の兄を見れば……」


 くすくす笑うニコルに、ステラが「あんな顔?」と訊ねると、彼女は人差し指を口に寄せて片目を瞑った。


 その仕草はヒューゴとよく似ていた。




 ◇




「ヒューゴ君、玉ねぎとマッシュルームが苦手なんだってね」

「それ、クリスとシスから聞いたでしょ?」

「うん。とっても可愛い子達だった」

「ははっ。ちょっと(かしま)しい子達だけど、そう思ってもらえて良かったよ」


 食事をしながら今日あったことを話す時間はとっても楽しい。


 ドレスアップしてヒューゴに素敵なレストランに連れて行ってもらうこともあるが、ヘレンやオリンピアに教えてもらったリーズナブルかつカジュアルな店に行くことの方が多い。

 今日は後者のアクアパッツァが美味しいと評判の海鮮レストランで食事をしている。


「あ、ステラ、口の横に付いてるよ」


 ヒューゴの言葉に「え」と言って口の右端に指を合わせると、「反対だよ」とヒューゴの指がステラと反対の左端に触れて、顔が熱くなった。


「可愛いなあ」


 ヒューゴのこの言葉に、ステラは撃ち抜かれた。

 ……そして、それは近くで女子会をしているテーブルに被弾した。


「もう。逮捕だよ、ヒューゴ君」


 赤い顔のステラに睨まれたヒューゴは楽しそうに笑った。






 食事を終えれば、もうデートは終了だ。


 恋人になって一か月と少しばかり経ったが、ヒューゴは仕事で忙しい。

 今まで仕事を詰められるだけ詰め込んできた弊害だろうか。

 これからは少しずつ人に振り分けることをするそうだが、まだそこまでの段階には届いていない彼には時間があまりない。


「ヒューゴ君、またこれからお仕事?」

「ううん。今日はもうないよ」

「……あ、明日、朝が早い、とか?」

「それもない。朝はちょっとゆっくりできそうなくらい」

「そう、なんだ、ね……」

「……ステラ? どうしたの?」


 ステラが借りている安アパートの前で、二人はいつも「おやすみ」の挨拶をして別れている。


 でも、今日は──


「あ、あの、ヒューゴ君」

「ん?」

「わ、私の部屋で、コ、コーヒー、飲んでいきませんか? 行きつけの喫茶店で買った、お気に入りの豆があるんだけど……えっと……あっ!」


 勇気を掻き集めて言ったが、ステラは大変なことに気付いた──ミルクを切らしている。


「……ごめんなさい。ミルク切らしてるの忘れてた……」

「いや。今日は俺……ブラックコーヒー、飲める気がする」


 んんんっ、と空咳をした後、ヒューゴがそっぽを向いて言うのでステラはミルクを切らしている自分を責めた。


「無理しなくていいんだよ? それに、」

「無理なんてしてないよっ!」


 ステラの『紅茶もあるし』という言葉はヒューゴの慌てた声により引っ込んでしまった。


「あ、あの、じゃあ、狭い部屋だけど……」

「お邪魔します!」





 結局、この日ステラがコーヒーをヒューゴに振舞うことはなかった──翌朝、彼がコーヒーを淹れてくれたからだ。


 二人で飲んだコーヒーは、なぜかとても甘く感じた。




 ◆




「あれぇ? お兄ちゃんがコーヒーに何も入れないで飲んでるの珍しいね?」

「珍しいねー」


 キングストン家の双子に左右に挟まれながら、ヒューゴは「ブラックもいいなって思って」と綺麗な顔で微笑んだ。


 が。

 そんな顔を見慣れている双子は騙せない。


「お兄ちゃん、怪しい」

「怪しいねー」


「クリス、シス。お兄ちゃんは怪しくないよ」


 十五歳の双子はヒューゴを見ながら「怪しい」「怪しいねー」と言い合っている。


「いきなりブラックコーヒーが飲めるようになるなんて」

「そーそー」

「ステラさんに言っちゃうもんね」

「言っちゃうもんねー」


「……ほどほどにね?」

 ヒューゴの言葉に、双子は頷かずに背を向けてすたこら退散してしまった。


「まったく」

 困った双子だ。


 言葉とは裏腹に鼻歌でも出てきそうなヒューゴは、ミルクが入っていないコーヒーをゆっくり楽しむ。


 ──ブラックコーヒーも悪くない。




 クリスティニアとシスティーンが兄のブラックコーヒー克服の理由を知ることはないだろう。


 それは、ヒューゴとステラだけの秘密だ。

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