王都路地裏婚約破棄相手斡旋所 ~ あなたがお望みの婚約破棄相手をご用意します! ~
「婚約破棄」が流行っているうちに、一つくらい書いておこうと思いました。
5000文字未満。さらっと書きました。さらっと読めます。
ここは、王都の路地裏。怪しげな異国の占いの店、おかしなまじないの道具を売る店、どこから仕入れてきたのかわからない、訳ありの古着を売る店など、表通りでは商売をしにくいような店ばかりが並ぶ一画。
そんな中でも一際目立つ、びっしり蔦に覆われた古い煉瓦造りの建物。何の看板も掛かっていないが、ときどき人の出入りはある。人目を気にしながら軋むドアを押し開けて訪ねてくるのは、ベールや帽子で顔を隠し、従者に付き添われた貴人と覚しき人ばかり。いったい何をする場所なのか――
◇ ◇ ◇
「ルトガー様。この前来た、エッゲンベルク伯爵家の三男のエーリアス様。うまく婚約破棄できたのですか?」
「ああ。ノイブルク公爵夫人の誕生日の茶会で、それは見事に婚約破棄宣言をやってのけたよ」
「お相手のアンハルト伯爵令嬢のエミーリア様は、大丈夫でしたか?」
「うん。そっちも上手くいった。とにかく、彼女に同情する人が多くてな。少し心配だったのだが……。
意中のリートベルク伯爵家の長男のユストゥスが、自分の婚約者を捨て置いてエミーリアに付き添い、庭園でずっと慰めていた。二人は幼なじみらしい。
まあ、今度はユストゥスの方も、近々婚約破棄するだろうな。そっちは、うちとは関係ないが」
婚約破棄の結果、婚約破棄――。全く、お貴族様は何を考えているのやら。
一番の問題は、家柄やら財産やら年齢やらにこだわって、なるべく早いうちに婚約者を決めてしまおうという、前時代的なお貴族様の慣習にある。
今でも貴族と平民の間には、はっきりとした身分の差というものは存在する。しかし、財力がある平民は、売りに出た貴族の屋敷を手に入れて、貴族以上に豪奢な暮らしをすることができる。一方で、そうした豊かな平民に返せる見込みのない借金をし、なんとか体面を保っている貴族もいる。世の中は変わったのだ。
貴族という身分に縛られ、敷かれたレールの上をおとなしく進むことを求められる若い貴族たち。彼らにとっての最高のストレス発散イベント、大人社会に対するちゃぶ台返しが、要するに婚約破棄騒動だ。
「エーリアス様のお望みは、叶いそうですか?」
「ああ。目の前で起きたエーリアスの婚約破棄劇に、ブランゲル伯爵令嬢カロリーネが、自分への思いを貫くためにそこまでしてくれるとはと、いたく感じ入ったようでな。今や、全ての縁談を断り、エーリアスからの申し出を待っているそうだ」
ここは、通称「黄色い薔薇の蕾の館」。王都でただ1軒の「婚約破棄相手斡旋所」だ。
わたしはここの相談員。名前はイルゼ。父は、金融業で財をなした王都一の豪商だ。
そして、ルトガー様は、この国の第五王子。王位継承なんて夢のまた夢。今は、こうしてお忍びで王都をぶらつき、勝手気ままな暮らしをしているが、いずれは近隣国の王族の入り婿にでもされてしまうという運命だ。
彼の母は、父の従兄妹である。若くして商売に成功した父が、巨額の持参金と貧乏貴族から金で手に入れた「男爵令嬢」という身分と共に、宮廷に送り込んだ現王の第三夫人である。
わたしとルトガー様は、又従兄妹どうしということになる。宮廷や貴族社会の情報に通じ、なぜかどこにでも顔が利くルトガー様と、父譲りの商才と面倒見の良さが取り柄のわたしが、時流に乗って面白半分に始めたのがこの斡旋所だ。開業以来1年になるが、相談者が途絶えることはなく、昨今の婚約破棄ブームの一翼を担っていると言っても過言ではないだろう。
さて、ふた月ほど前のことだ。一人の従者を伴い、エッゲンベルク伯爵家の三男のエーリアス様がこの斡旋所を訪ねてきた。
エーリアス様は、社交界で大人気の青いドレスが誰より似合う「ネモフィラの君」こと、ブランゲル伯爵令嬢のカロリーネ様との婚約を実現するために、婚約破棄騒動を起こしたいと言った。
エーリアス様は、別に誰とも婚約していないのだから、素直にカロリーネ様に結婚を申し込めばいいのでは――というのは素人考えで、数多の候補者を押しのけて、自分が最有力候補に躍り出るためには、婚約破棄騒動で注目されるしかないという。
そのために、自分と婚約破棄を前提に婚約してくれる相手を紹介して欲しいというのだ。
「それで、お相手の方について、何か具体的なご希望はありますか?」
「そうだな。できれば、婚約破棄を宣言してもあまり同情されないような方がいい。このご令嬢なら致し方ないと周囲に思われれば、こちらも罪の意識が軽くてすむだろうからね。」
「所謂、悪役令嬢タイプってことですか? 今、一番人気があるタイプなんですよね。釣り合う人がいるか調べてみますね。他に、何か譲れない条件はありますか?」
「とにかく急いで欲しいのだ。わたしと同じことを考える奴が他にもいるかもしれん。先を越されては何にもならないのだ。今すぐにでも婚約をしたい! そして、堂々と破棄したい!」
「はいはい。では、お茶でもお召し上がりになって、少々お待ちくださいませ」
結局、たくさんの登録者様の中から、アンハルト伯爵令嬢のエミーリア様をご紹介した。
エミーリア様は、別に悪役令嬢ではないのだが、何事につけ白黒をはっきりさせたがるご性格だ。
伯爵家の御次男である弟のディートハルト様が、留学先で異国のご令嬢と恋仲になったときも、ご両親が先々のことを考えあれこれ悩んでおられる間に、辺境の領地の一部をディートハルト様に与え、子爵として独り立ちさせるという準備を整えてしまわれた。正式なご婚約を成立させるために、ディートハルト様を何度も異国へ赴かせ、ひたすら先方に頭を下げさせた。悪役というより凄腕令嬢である。
エミーリア様は、幼い頃から慕っていらしたユストゥス様の前では、淑やかで儚げな女性でいたかったようだが、所詮無理な話である。もたもたしているうちに、ユストゥス様は別の方と婚約されてしまったのだ。
こうなれば、エミーリア様は、婚約破棄騒動で悲劇のヒロインになり、ユストゥス様の関心をひくしかない。
というわけで、エミーリア様の方でも、願ったり叶ったりのお相手だということで、すぐに話はまとまった。
婚約の実現に向けては、実はルトガー様の働きが大きい。何かの集まりの折に、エーリアス様とエミーリア様の親御様に、それとなくお相手の情報やらお二人の熱愛ぶりやらを、嘘八百並べ立てて吹き込み、もう二人を急いで婚約させるしかないと思い込ませてしまったのだ。
さらに、婚約破棄の舞台をノイブルク公爵夫人の誕生日のお茶会に決めると、ノイブルク公爵夫人に近づき、ダンスのお相手をしたり、麗しき公爵夫人に捧げる曲を自ら作曲し、ハープシコードで演奏しお聴かせしたり、異国から取り寄せた、体のことを気にせず食べられる甘いお菓子をお届けしたりして、すっかり公爵夫人のお気に入りとなってしまった。
そして、お誕生日のお茶会のしきり役を謹んでお引き受けになった。もちろん、自ら招待者のリストを作り、婚約破棄騒ぎに立ち会うべき人々全員に招待状を送るのが目的だ。公爵夫人からの誘いを断る者などいないのだから。
わたしはわたしで、公爵夫人に父の名義でお誕生日祝いの品物をどっさりお贈りし、お茶会当日に向けて、超一流の茶葉やらお菓子やら陶器やら給仕係やらを手配し、お茶会が婚約破棄騒動の舞台となっても、お茶会そのものへの満足感で、人々が決して公爵夫人を悪く言わないように画策した。
今回の婚約破棄騒ぎは、こちらの計画通りに進行し、大成功に終わった。
一応、エーリアス様とエミーリア様から、成功報酬を頂くことにはなっている。お二人がそれぞれ望まれる方と結ばれることになれば、ご結婚の準備のあれやこれやを父の関わる商会に申しつけていただき、そちらからも大きな収入を得ることになる。
ルトガー様は、王族の一員ということもあって、お金にはあまり興味がないようだ。この斡旋所に関わることで、様々な才能を伸ばすと共に、交友関係を広げ、第五王子という立場においては、あり得ないような人望と人気を宮廷において手にしてしまった。それで十分に満足しているのだろう。
実は、本人は気づいていないようだが、密かに彼を次の国王に推そうという動きが宮廷に生まれつつある。
まあ、本人にそこまでの野心はないのだろうとは思う。ルトガー様は、次期国王に推されるようなことになれば、逃げ出すために喜んで近隣国に婿入りしてしまうに違いない。そういうお方だ。少し寂しくなるが、ルトガー様にとってはその方が幸せだ。
「イルゼ。わたしも婚約破棄をしてみたいと思うのだが」
「ええ!? ルトガー様に婚約者なんておられましたっけ?」
「王位を継ぐ見込みのない第五王子だぞ。婚約者などいるわけがない」
「じゃあ、登録者の中からどなたかお探ししましょうか? ルトガー様にぴったりの方をお選びいたしますよ」
「それもいいが、イルゼ、おまえではだめか?」
「はあ? 何を企んでおられるのですか? 王子であるルトガー様に婚約破棄されて、わたしに何か得るものはあるのですか?」
「そうだなあ。わたしは、自分の都合で平民の娘を捨てた、非情な王子として、信用も人気もなくし宮廷を追われるだろうな。最悪の場合は、僧院送りだ! そして、おまえは多少同情されるが、身分をわきまえず王子などにのぼせあがった、強欲な商人の娘ということで、常識的な人々に大いに嫌われるだろうな。そして、おまえもいずれは尼僧院送りだ!」
「なんにもいいことないじゃないですか!」
「そうでもないぞ。少し上手く立ち回れば、二人で様々な柵を逃れ、異国でのんびりと暮らすことができるであろう。新しい商売を始めるのもよいな。わたしとおまえが力を合わせれば、この世に手に入らぬ物などないという気がしている」
「……」
ギギギイイイ……。
ちょうど良いタイミングでドアが開いた。この悪魔の囁きをとりあえず中断できる。
帽子を目深に被り、ベールでしっかりお顔を隠したご令嬢が、メイドに付き添われてやって来た。
ルトガー様は、お茶の準備のために奥の部屋に退いた。
大丈夫。相談者が王子に気づいた様子はない。
相談者のお話を伺いながら、わたしは、頭の隅でさっきのルトガー様のお申し出について考えてしまう。
なにしろ、食えないお方だ。つきあいの長いわたしにはよくわかっている。
もしかしたら、あのお方は、わたしの想像を超えた、とんでもないことを考えているのではないだろうか?
ああは言っているが、ルトガー様は、いざとなったら婚約破棄をしてくれないかもしれない。
自分を王へと推す一派を率い、これまで恩を売り親交を深めてきた貴族の方々を味方につけ、わたしや父の財力を武器に、本当に王位継承を目指すかもしれない。そして、今の状況を考えれば、その目論見はきっとうまくいくことだろう。
そうなればわたしは王妃だ。この旧態依然とした国をルトガー様と一緒にひっくり返し、作り替えることもできるかもしれない。不遜な野望ではあるが、最高に面白いストレス発散になるだろう。
わたしに茶器を載せた盆を渡しながら、ニヤリと笑って奥へと戻ったルトガー様。
だれよりも、自分の人生に敷かれたレールを恨み、大逆転を企んでいるかもしれないこの王子に、わたしは、どこまでついていくことができるだろう――
追放か、それとも戴冠か。
戯れか、それとも本心か。
答えは簡単に出そうにない。
とりあえず――
今日の仕事が終わったら、路地の行き止まりにある、あの異国の占い屋にでも寄ってみることにしようか。
驚くほどよく当たるということだから……。
- おわり -
最後までお読みくださった方、ありがとうございました。




