ゲームキャラで異世界転生するシステムβ版テスト
とある世界で、その世界を管理する神は頭を抱えていた。
原因は目の前にあるほんのり発光するキューブ状の物体。
『異世界転生システムβ版』とタグが付けられたソレは、上位神から押し付けられたものだった。
「『テストよろ^^』って、そんな軽い感じでこんなモノよこさないでくださいよ……」
口をへの字にした神は、キューブに添えられたメッセージにがっくりと項垂れる。
上位神からの直々の要請となれば、内心がどうであれ断れるはずもない。
添付された説明書きには、以下のように書かれていた。
・このシステムは現在、科学限定型地球系世界の人間の魂にのみ対応しています。
・当システムの接続及び起動方法は別紙を参照してください。
・当システムに転生させたい魂を投入することで、対象とされた魂が生前において最も長時間遊んだゲーム内に存在するキャラクターの内から、一番深く思い入れのあるものの外見及び能力の情報を取得し再現、転生先の肉体として自動構築を行います。
・その後、自動構築された肉体に、対象とされた魂とその生前の記憶及び、肉体と能力の利用に必要とされる知識の封入が行われます。
・生命体の生成が完了すると、地上世界へ配置されるかどうかメッセージが表示されます。そのまま配置する場合は『はい』を選び、配置地点の選択に移ってください。『いいえ』を選択したばあい、生命体は転生待機状態となり保留フォルダ内に保存されます。
要するに、転生する人が好きだったゲームキャラクターの見た目と能力で転生させるシステムだ。
上位神がいったい何を思ってこんなものを作ったのか。それはこの世界の管理神のあずかり知らぬところではあるが、どうせろくでもない理由だろうとため息をついた。
「はぁー、仕方がない」
まずは科学限定型地球系世界を管理する神から、人だった者の魂を借りなくてはならない。
足取り重く、神は交渉に向かった。
それからしばらく経って。
「ちーっす。様子見に来たよ! 転生システムの調子はどう?」
「うわ来た。……どうも、上位神さん。ちょうど今、試験用の魂たちの転生が完了したところですよ」
突然管理世界に付随する神域に出現した上位神に思わず内心が漏れる管理神。
昔から上位神は何かと丁度良いタイミングで現れることが多いため、今回もそろそろ出てくるのではと管理神は予測はしていたが、実際に現れるとやはり多少は驚いてしまう。
「ねえ今うわって言わなかった?」
「気のせいでしょう」
「そっかー気のせいかー。んじゃいいや。それで、転生した子たちはどんな感じ? 見せて見せてー」
「今から確認するところです。ちょっと待って……ああ、見つけました」
管理神が操作すると、地上の様子を確認するためのモニターのような四角い浮遊物に森が映った。
どうやら一人目の転生者がここにいるらしい。しかし……
「え、どこ? いなくない?」
上位神が眉根を寄せる。映るのは鬱蒼とした木々ばかりで、人どころか動物の姿も見当たらない。
「ここですね。ほら」
管理神が指さした先がズームされる。葉の一枚一枚が見分けられる程になった時点で、ようやく薄茶色の何かがはっきりと確認できた。
「何コレ、木片?」
「将棋の駒の角、とシステムログに表示されてますね」
「ショーギのコマ」
管理神がシステムを操作して転生者の詳細情報を表示し、横から上位神が覗き込む。
一人目の転生者。人生において最も長時間遊んだゲームは将棋。好きな駒は角。
「将棋も分類的にはゲームだもんねぇ。そっかぁ、こういう事態も起こるのかぁ……」
上位神が腕を組み、天を仰いでむむむと唸る。どうやら上位神的には想定外の事態だったようだ。
その間に管理神は情報を読み進める。
「ふむ、能力面では意外と強力ですね。どちらもある程度制限はありますが、距離を無視した瞬時の移動に、敵対者への即死攻撃ですか。しかも条件を満たせばパワーアップも可能」
「んんー、言葉だけ聞くといい感じのチート転生っぽいけど、そうじゃない、そうじゃないんだよー」
将棋の駒の角は、障害が無い限り斜め方向へとどこまでも進むことができる。
そして敵の駒を踏めば一度でその駒を取ることができるし、敵の陣地である横三列のマスまで進めば『成る』ことで裏返り、移動できる範囲が増えるのだ。
駒としての性能を忠実に再現された転生に見えるが、上位神はどうやらお気に召さなかったらしい。
「システム調整して無機物への転生は弾いた方がいいのかなー。これは要検討だわ」
「そうですか。頑張ってください」
そして調整後にはテストに巻き込まないでください、と内心で管理神は付け足す。
そんなことは露知らず、上位神はレトロな絵柄のメモ帳に箇条書きで書きつけ、虚空に投げる。
メモ帳は空中でいずこかへと消え去った。
「よし、じゃあ次の子見てみよう! さ、映して」
「はいはい。二番目は……いましたね」
何を思ったか斜め方向へどこまでもかっ飛んでいく将棋の駒を自動で追尾する映像が映るモニターを脇に押しやり、管理神は別のモニターを正面に固定する。
「よかったー、今度は普通に人型だ」
「2Dアクション探索ゲームの操作キャラクターの一人、となってますね」
映し出されたのは年齢性別不詳の人物。フードの付いた丈の長いコートのような服に目元を覆う仮面と手袋を身に着け、肌の露出が殆どない。控えめに見ても不審人物だった。
困惑した様子で自身の姿や周囲の様子を確認している。
管理神がシステムに情報を表示させた。
「能力は星の加護を得ることと、影を操ること。まあこれくらいならこの世界にいてもおかしくありませんね。ファンタジー系の世界ですし。他は……は? 何ですかこれ」
「なになにどーしたの? バグでもあった? 見せてみー」
「バグ、なんでしょうか。これは」
眉をひそめる管理神と場所を入れ替わり、上位神が操作のためにシステムに触れる。
「えーと……ほぼ不老、睡眠不要、補給不要、最大3.7秒の休息で疲労を全回復、死亡時に拠点で完全再生? なにこれ盛りすぎじゃない?」
とんでもない超人が生まれていた。
上位神が暫くシステムを弄り、二番目の転生者の生成時のシステムログをたどっていく。
「ああ、元になったゲームシステム的に睡眠と食事が存在しなかったのね。数秒で疲労が治るのはスタミナゲージの回復の再現ってことか。死亡時の完全再生もゲームオーバー時のリスタートの仕様のせい、と」
せわしなく指を動かし、ログを流し見しながら上位神は首をかしげる。
「やーでもゲームシステム部分とキャラクター個人の能力は区別されるようにフィルター設定したんだけどなー? なんで貫通しちゃってるんだろ? ……うーむ。ゲームシステムからステータス表示とメニュー画面だけ分離、能力化して付与させる部分が悪さしてるっぽいけど、データ持ち帰って詳しく調べないと分かんないわこれ。うん、とりあえずこの子はバグってるね! ごっめーん」
モニター内では、二番目の転生者が恐る恐る周囲を探索しだしていた。
「……ほぼ不老で死亡時に完全再生するということは、下手するとこの世界が亡ぶまで、この異常な能力を持ったまま生きていくことになりますよね、この転生者」
「やーまさかバグとはなーこれも修正案件だわー。メモメモっと」
明後日の方を向きつつ、どこからともなく取り出したスマホでメモアプリを起動し、文字入力を始める上位神。
管理神は無言で上位神を見る。
「……しゅ、修正パッチ出来たら送るからっ」
「お願いしますよ、ほんとに」
ため息をつき、管理神は二番モニターを一番目のモニターの隣に押しやる。将棋の駒はまだジグザグ移動中らしく、景色が高速で移り変わっていた。
次の転生者を表示しようと管理神が手を伸ばした瞬間、ピピピ、とアラーム音が鳴った。
管理神は動きを止め、静かに目を閉じて首を横に振る。
「転生者が一人、死亡したようです。狂暴な野生生物が付近にいない、安全な場所に配置したはずなのですが……」
「え、じゃあなんで死んだの? 事故?」
「死因は……自爆、となっていますね」
新しいモニターに転生者がいたはずの場所を映すと、直径1.5メートルほどの小さなクレーターが残されていた。
近くには足を半分失った鹿に似た生物が横たわり、血を流しながらもがいている。
上位神がシステムを弄り、情報を表示する。
「ええと、この子だね。ファンタジー系FPS対戦ゲームの……マスコット兼地雷の設置型生物? 能力は中型以上のサイズの生命体が接近時に爆発、周囲にダメージを与えて消滅。なるへそ、爆発しちゃったかー」
システムが画像で表示したのは、光を内包した結晶を背中に生やした、猫とカエルを足して二で割って上から叩き潰したような外見の生き物だった。
ゲームの設定としては、召還術師が召還術を用いて設置するタイプとアイテムとして箱から回収できるタイプの二種がおり、結晶部に高エネルギーが蓄積されていて、接近する生物を感知ししだい結晶内のエネルギーを開放、爆発するらしい。
「……ゲーム内で一番思い入れの深いキャラクターに転生するんですよね?」
「うん。この子、この地雷生物がめっちゃ好きだったみたいだねぇ。かなりやりこんでて、見えづらくて人が通りやすいところを把握して召喚してはほくそ笑んでたようだよ。まあ、ゲームの楽しみ方は人によって様々だし、地雷自体がゲーム内に存在する以上そういう遊び方も普通にあるんじゃない? マスコットを地雷にして爆散させるゲーム開発者のセンスは分かんないけど」
転生者の詳細情報を軽く眺めた上位神は肩をすくめてみせた。
ゲーム内で使用していたであろうキャラクターの召還術師ではなく、地雷の方が転生先に選ばれたところからして、筋金入りの地雷好きだったのは間違いないのだろう。
「とりあえず魂は回収して……返却先の世界の管理神に、来世の幸福を頼んでおくことにします。なんというか、不憫ですし」
地雷に転生して一時間と経たずに爆散。システムテストのために転生させた側が言うことでもないが、なんと空しく儚い一生だろうか。
死後の世に送られるわけではないので冥福は存在しないが、せめて次の生では幸せになって欲しかった。
「無機物転生は調整いれるにしても、こういうパターンはどうしたらいいかなぁ。分類的には変な生態の有機生物ってだけなんだよね、これ。どう思う?」
「知りませんよそんなの」
そもそも何を思ってこんなシステムを作ったのかも理解できないのに、その中身について相談されても困る、と管理神はそっぽを向く。
「まいっか。あとでじっくり考えよっと。んじゃ、次見よう、次」
パン、と上位神が手をたたくと、クレーターの映ったモニターがスライド移動し別のモニターが正面に据えられた。
いつの間にか神域の権限を乗っ取られていることに気づき、管理神の顔が引きつったが上位神はどこ吹く風である。
「おっ、この子は人型だね。今度はバグってないといいけど」
映し出されたのは髭を生やした中年の男性。ゴーグルに耳当て付きの帽子、毛皮で裏打ちされたジャケットを着ていて、なかなかにダンディな雰囲気を醸し出している。
「情報はー、ふむふむ。縦スクロールシューティングゲームの自機のパイロット。操縦技術と空間把握能力は高いみたいだけど、特殊な能力ってほどのものは特にないねぇ。うーん、これも修正が必要だわ」
「何故ですか? 特に問題が起きているようには見えませんが……」
情報をざっと見た限りバグもなく、能力、種族的にも不審な点はない。
いったいどこが問題なのかと、管理神は不思議に思う。
そんな管理神に、上位神はわざとらしく頬を膨らませ、軽く手を振るとひじ掛け付きの椅子を作り出し、そこに座って頬杖をついた。他者の神域でやりたい放題だ。
「分かってないなー君は。パイロットって言ったじゃん? ゲームで操縦してた飛行機械が存在して無いから、ほんとにただの人でしかないんだよ、この子。これじゃゲームキャラで転生させる意味ないもん。ゲームキャラ転生ってのは、ゲームで出来たことが出来てこそでしょ。でなきゃコスプレと何が違うのさ」
「あぁ……なるほど」
この転生者が成ったキャラクターであれば、ゲームで出来たことは飛行機械を操ること。それが出来ないとなれば、この転生システムを利用してまでわざわざゲームのキャラクターとして転生させる必要は乏しい。道理である。
「服と手持ちの武器だけじゃなく、セットと言えるような機具類も一緒に生成させるしかないかなぁ。でも線引き気を付けないと何かしらとんでもないものが出ちゃいそうだし、個数と規模と、あと影響力あたりで制限かけて、あとは……」
考え込む上位神を横目に、管理神はそっとモニターの位置操作を試してみる。
無事に操作通りに動いたモニターに、管理神は安堵の息を漏らした。さすがに管理権限を強奪されたわけではないらしい。軽く調べた感じでは権限の複製か、管理者への擬態あたりだろうとあたりをつける。
どちらにしろ迷惑ではあるが、まあこの程度であれば許容範囲内だ、と上位神の無茶ぶりや奔放っぷりに慣らされてしまっている管理神は上位神が大人しくしているうちに次の転生者をモニターに表示する。
映し出されたのは、極彩色の光を纏いながら伸び縮みしつつ、高速縦回転と共にナメクジのような微速で天へと上昇していく人間の姿だった。
「どう見てもバグってる!!」
「うっひょいびっくりした、急に叫ぶとは何事……って、なんじゃこりゃー!?」
あまりの異様さに思わず叫んだ管理神に、驚いた上位神もモニターを見て愕然とする。
「え、ちょ、えぇ……何をどうしたらここまで変な事態になるの? 奇跡かな?」
呆然と二柱が眺めている間にも、転生者はじわじわと天へと昇っていく。
我に返った上位神がシステムを操作、情報と生成時のログを表示し、内容を確認する。
「ん、んん? 普通に有名どころのRPGの主人公……? 馬鹿な、そんなシンプルなケースでバグるほど雑魚いシステムじゃ……いや、こっちのログだと別のゲームのキャラクターってなって……ああー、そういうことか」
「一人で納得してないで説明してください。何が起こってるんですか、あれは」
説明を求める管理神に、上位神はおもむろに取り出した眼鏡を装着し、くいっと指先で押し上げた。
「順番に言うとだね、このキャラクター自体は本来は家庭用ゲーム機で出た有名なRPGの主人公なんだけど、この転生者が人生で一番長くやっていたのは違うゲームだったんだよ」
「つまり転生システムに根本的な不具合が有ったと」
他神の管理世界でそんな不安定な代物のテストをさせたのかと顔をしかめる管理神。対する上位神はパタパタと手を振って否定した。
「や、違う違う。システムはこの点では正常だから。こうなった原因は、コラボレーション企画。この転生者がやってたゲームはスマートホンのアプリのゲームでね、別のゲームとのコラボを何度も行っていたのさ」
もっとも長時間遊んだゲームはスマホアプリのゲームで、その中で一番好きなキャラクターはコラボレーション企画で登場した別のゲームのキャラクター。
稀な例ではあるとは思うが、まあそういうこともあるのだろう、と管理神はひとまず納得する。
コラボレーションで登場したキャラクターがやたらと強かったりする場合もあり、よく使うようになった結果自然と気に入るというのは普通にありうる話ではあった。
「それで、まー別のゲームだからしょうがないんだけど、アプリのゲームシステムの都合上、原作のゲーム内のでのキャラクターの能力と、コラボ先のアプリでのキャラクターの能力が違っちゃっててね、二つのゲームの情報を参照した結果矛盾が生じて、それが原因でバグって可笑しなことになってるみたいだ。具体的には、このキャラクターは設定上火を操る能力を持ってるんだけど、その力を使おうとすると今みたいな異常事態が発生するっぽい」
システム情報曰く、今転生者が発動しているのは武器に火を纏わせて突進する攻撃技、だったものらしい。
どうやら異世界転生の類に関してある程度知識のある転生者だったらしく、己がゲームのキャラクターの姿に転生していることに気づき、使用できる能力を把握しようと試してみた結果こんなことになってしまったようだ。
まさか発光しつつ伸縮し縦回転しながら上昇することになるとは、きっと、いや間違いなく思っていなかっただろう。地雷転生者とは別方向に不憫である。
「ゲームキャラクターが複数の媒体にまたがって存在してる場合の優先順位付けを厳しめに設定しないとダメだねぇ。直接対象になったゲームから読み取るだけだと、シリーズ物の前後の作品とか公式資料集とかに載ってる情報が抜けるからって、関係のある媒体全部から情報を取得するようにしたのが仇になるとは……」
上位神はいつの間にか宙に浮いていたタイプライターでカシャカシャと字を打ち、書き終えた紙をくるくると丸めてポケットに突っ込む。どう見てもポケットの奥行より紙の長さの方が長いが、紙はするりと中に消えた。
それから勢いよく椅子から立ち上がり、鼻息荒く拳を振り上げる。
「よーし、いろいろと問題も見つかったし、それじゃあさっそくシステムの修正と改善作業に取り掛かってくるとしよう! まったねー!」
言うやいなや、上位神はその場から掻き消えた。
何がしたいのか、何処までも斜めに進んでいく将棋の駒。
己が超人化していることなど露知らず、びくびくしながら森を進む不審人物。
絶命した鹿もどきとクレーター。
事態が少しずつ飲み込めてきたのか頭を抱えるパイロット改めただのオッサン。
微速上昇し続けるバグ人間。
今後間違いなく、予測不可能なトラブルを引き起こすであろう彼ら彼女ら。
残された管理神は、くるくる回る空の椅子と地上を映す五つのモニターを交互に見て、肩を落とした。