神徒召喚で前途多難
記憶柱。
国の中央広場に屹立するそれには、夥しい程の人の名前が刻まれている。
だがそれらの名前を見て、何かしらの感情が湧き上がることはない。
何故ならここに刻まれているのは死者の名前であり、誰も彼らのことを覚えていないからだ。
この世界では死者の記憶は抹消され、生きていた証跡としてこの記憶柱に名前が刻まれる。
争いが絶えないこの世界で、死者に囚われることのないようにという戦神の優しさだと考える者もいるが、なんとも趣味の悪いことだと思う。
日常の風景と化している記憶柱の周りを慌ただしく人々が行き交っている。
そんな中を、最近人からよく優しそうだと言われる顔立ちを少し気にしている黒髪の少年、藍羽タクトはすり抜ける。
「…………サヤカ」
冷たい記憶柱の表面をなぞりながら、そこに刻まれている名前をタクトは呟く。
その呟きは誰に拾われるでもなく、宙に消えていった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「おーい、タクト!今日はえらく遅かったな。いつもはもっと早く来てるのに」
国立指揮官育成学校。
年がら年中お隣の国と争っている、我が国カラベルク王国が力を入れている学校だ。
広大な敷地内には、次世代を担う優秀な指揮官候補達が集い、日々切磋琢磨している。
そんな学校の一室でタクトが自席に座ると、それに気づいたひとつ前の座席に座る神崎スグルが机をペシペシ叩いて話しかけてきた。
「ちょっと寄るところがあってさ」
「あー、もしかして記憶柱か?」
「………ああ」
「そっか。そういや、今日みたいな大事な日にはいつも寄ってたよな」
「うん、報告したい事がある日は行くようにしてる」
「報告……ねぇ。いまだに信じられないけどなぁ。記憶柱に刻まれてる人間を覚えている……なんて」
記憶柱に名前が刻まれた人間は、死者であり誰の記憶にも残らない。
それは常識というのもバカらしい程の当たり前だ。
「でも、俺は覚えている」
「ん?ああ、タクトを疑ってるわけじゃねえよ。気を悪くさせたならすまん」
龍宮寺サヤカ。
俺が記憶柱に名前があるにも関わらず、記憶にある幼馴染みの名前だ。
俺は故郷が襲撃されて逃げている最中、サヤカが敵国の兵器に身体を貫かれる瞬間を見た。
その後俺はすぐ気を失ったから正確な事はわからないが、普通に考えたらサヤカが生きているわけないだろう。
だがそれなら何故俺だけが記憶を持っているのか。
サヤカが本当に死んだのかどうかもわからない。
そう、それを確認する為に、俺は────。
「まあその話は置いといてだ。……いよいよ今日だな!!」
目の前でにししッと笑う友人に、俺も笑みが溢れる。
「ああ、楽しみだな」
「おーともよ!なんてったって、神徒は皆超絶美少女だって話だぜ!?これが楽しみにせずにいられるかよ!」
神徒というのは、戦神から指揮官に与えられる己のパートナーとなる存在のことだ。
神に祈りを捧げ、神徒を指揮するだけの能力が有ると認められれば神徒が召喚される。
そのイベント、【召喚の儀】が本日行われるのだ。
あくまで神徒に求められるのは戦闘に役立つ能力であり、外見は関係ないのだが、目の前の友人には外見の方が大事らしい。
ここまで言い切られるといっそ清々しさすら感じ、俺は苦笑を浮かべた。
そんな他愛もない話をしているとガラガラと音を立てて教室の扉が開く。
そこから入ってきたのは、ゆるいウェーブの桃色の髪が特徴的な可愛らしい女性で、その優しさから生徒からの人気も厚い桃華クルミ先生だった。
「はーい、みんな集まってるわね。今日はいよいよ待ちに待った【召喚の儀】ね!緊張すると思うけど、皆ならきっと大丈夫!じゃあ、行きましょうか!」
クルミ先生の声を皮切りに、クラスメイト達が立ち上がり始める。
「俺らも行くか」
「よっしゃ!待ってろよ、可愛子ちゃん!!!」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
俺達は、クルミ先生に連れられて学校内にある教会へと足を運んでいた。
授業で今までも何度か足を運んだ場所だが、今日はなんだか雰囲気が違う。
周囲からも不安や緊張が伝わってきた。
「よし、じゃあ始めましょうか。順番に名前を呼ぶからこっちにきてね」
【召喚の儀】の手順は簡単だ。
教会の最奥には、戦神を模した巨大な像が設置してあり、俺を含めた指揮官候補達はこの像に祈りを捧げる事で、神徒が召喚される。ただし、指揮官としての能力が認められ無ければ神徒は召喚されず指揮官として認められないという事もあって、緊張感がすごい。
【召喚の儀】は順調に進んでいった。
神徒が召喚され喜びを露わにする者、逆に召喚に失敗し項垂れる者と様々だ。
藍羽タクトの名前はなかなか呼ばれない。
先にスグルの名前が呼ばれた。
「じゃあ行ってくる」
スグルはまるで今から戦場に赴くのかという程に真剣な顔をしていた。
自身の欲望にここまで忠実になれるのはある意味才能だと思う。
美少女とパートナーになりたいという不純なスグルの祈りはどうやら無事に届いたようで、小柄な眼鏡をした美少女が召喚され、スグルは涙を流していた。
おい、泣きすぎて神徒の子が困ってるぞ。
いきなり目の前で泣かれておろおろする神徒の子を見て、俺は少し不憫に思った。
そんな一幕もあり【召喚の儀】は進んでいく。
俺の名前が呼ばれたのは30番目。
このクラスには30人しかいないから、つまるところ最後であった。
「タクト!お前なら大丈夫だ!行ってこい!」
自身がいい結果だったからか、スグルの声援にも熱が入っていたように感じる。
俺はひらひらと手を振りながら、像の前へと足を進めた。
「タクト君で最後ね。じゃあ像の前に膝をついて祈りを捧げてね。自分の思いを戦神様にぶつけて!」
「……はい」
クルミ先生の言葉に従って、俺は像の前に跪き、両手を組む。
俺は力が欲しい。
俺だけが覚えている幼馴染みがどうなったのか確かめるために。
もし生きているのなら、あいつを助けられるだけの力が────
────ほう?
「………ッ!!?」
突如脳内に響いてきたその声に驚き、思わず俺は顔を上げた。上げて、しまった。
「「タクト(くん)!!?」」
クルミ先生とスグルの声が重なる。
【召喚の儀】の選定中に顔を上げてはならない。
クルミ先生に口酸っぱく言われた忠告が脳裏を掠める。
戦神の像が掲げる剣の先が眩い閃光を放った。
それはまるで掟を破った者への裁きのように、剣先から放たれた雷がタクトを襲う。
「があぁぁぁぁッッ!!!?」
激痛というのすら生温い。
全身の皮膚を切り刻まれているかのような、灼けつく痛みが全身を襲う。
光が収まると、タクトはうつ伏せに倒れる。
傍にいたクルミ先生が慌てて駆け寄ると、タクトの全身の肌は焼け爛れ、プスプスと薄ら煙が上がっていた。
「誰か、保健室の先生を呼んできて!!後学校長への報告も!それから────」
「もう……何よ。呼び出して早々うるさいわね」
透き通るような白い肌に映える金色の髪。
整いすぎていてどこか作り物めいた美貌に、冷たい眼差しが添えられている。
その存在感は正しく神徒であった。
「あ、あなたは……?」
クルミ先生が絞り出すように問うと、その少女はふんっと鼻を鳴らす。
そして地面に倒れ伏すタクトを一瞥すると、
「見たらわかるでしょ。私は神徒。そこに倒れている男の神徒よ」
それが俺と金髪の美少女、サヤカとの出会いだった。