はじめての闘技場
「アクサナ、ありがとう! これ、本当にいいの?」
「ええ、もちろん」
私がメイクや服のこと、それにプレゼントしてもらったシャツのことでお礼を言うと、アクサナは嬉しそうに笑った。
それから、アクサナはオシャレが大好きで、自分の好きなように私を改造できたことがとても嬉しいのだと教えてくれた。
良くしてもらってばかりの私は、アクサナへの憧れの気持ちがもっと強くなってしまう。
アクサナは本当に素敵で、美人で、優しくて。
私も今度アクサナに何かお礼をしようと決める。
二人、今度こそ闘技場に向かいながら歩く道で、通りがかった店の窓に映った自分が目に入って思わず口角が緩んでしまう。
傍目にも私の表情は明るく、背筋の伸びた姿に見えていることだろう。
自分に自信が持てるだけで、こんなに気持ちが上向くのだと初めて知った。
+ + +
闘技場に着き、慣れた様子で入場受付の仕方を教えてくれるアクサナに続いて中へと入る。
「アクサナ、そういえば闘技場の選手のファンなんだったっけ?」
アクサナの様子に私は彼女がいつも嬉しそうに語っている“ディー様”のことを思い出した私は聞いた。
「そうよ! ディー様はファンサ・デーにもよく参加しているから、そっちに行くのがメインだけど、もちろん闘技場にもよく応援に来るわ」
「そうなんだ?」
よく分かっていない私だけど、ひとまず相槌を打った。
いつも「ちゃんと聞いてる?」とアクサナにじとっと見られてしまう相槌だけど、これまで闘技場に来たことすらなかったのだから許してほしい。
やっぱりアクサナは私のそんな様子に苦笑いしたけど、「あなたにも必要になる話かもしれないのよ」とからかった。
そうだ。
ここに、あの男性がいるかもしれないのだ。
早速、アクサナと一緒に私は今日の試合に出る選手が書かれた掲示板のところへ行った。
掲示板の前には観客だろう男性たちや、職員の人たちが行きかい、予想を立てたり前回の試合を振り返ったりと楽しそうな様子だ。
正直、一人では闘技場に来ることはなかっただろう。
見て分かる通り、闘技場ファンや運営の多くは男性ばかりだ。
闘技場は男同士がぶつかり合い、時には怪我をしたりという性質からも、女性からは敬遠されがちな場所ではある。
もちろんアクサナのように贔屓の選手がいる女性もいるが、ここ闘技場は男性ばかりで荒々しい印象があり、一種近づき難いイメージがあったのだ。
しかし、実際こうして足を運んでみると、運営側の職員さんたちはみなが物腰柔らかで紳士的な人たちばかりで拍子抜けする。
先ほど受付をしてくれた人も丁寧な話し方をしてくれる美男子だった。
掲示板を見ている観客らしい男性たちも表情は明るく、イキイキとしていて、街で見かける気のいいお店の店主を思わせる。
そこに、想像していたような取っつき辛そうな雰囲気はなかった。
掲示板を前にして、見方や試合のシステムをアクサナに教えてもらう。
アクサナの説明は闘技場のことを知らない私にも分かりやすかった。
闘技場は、春からの一年間を一つのシーズンとして、約十か月間を数十名の選手で競い合う。
冬の二か月間は、次のシーズンに出場する選手を選抜するための期間であり、芽が出る前の選手を見つけられるその選抜試験も、闘技場ファンにとっては注目の的なのだとか。
シーズン中、出場している選手は途中で退場になるような違反や怪我がない限り、ここ王都に留まって試合日が来るまで待機している。
試合は勝ち抜きではなく総当たりに近い形で行われるが、その組み合わせは運営のさじ加減らしく、選手本人ですらこの掲示板を確認して、次の試合日と対戦相手を知る。
そして一シーズンを戦って試合中に得たポイントや勝ち点を競い、シーズンの最後では、高得点者同士でそのシーズンのナンバーワンを決めるトーナメントが行われるのだという。
話を聞き、私は素直に面白そうだと思った。
選抜試験のころから注目していた選手が本戦に出場すれば、それは応援したくなるだろう。
ポイントを競うシーズン中も、毎回ハラハラとしてしまいそうだ。
アクサナがいつも語っていた闘技場の面白さが、私にも少し分かった気がした。
私を助けてくれたあの男性がこの選手の中にいるのかもしれないと、そう思うことで興味が惹かれた部分も少なからずあってのことではあるけれど。
アクサナに教えてもらい、運営が発行している今シーズンに出場している選手の一覧が載った冊子を受付でもらう。
選手名簿に載っているのは、選手の名前と得意な武器や型、年齢などのおおまかなプロフィールだ。
写真は載っておらず、中には外見に言及しているものもあったが、私を助けてくれた男性と一致するものはなかった。
「どう? お目当ての彼はいそう?」
「これだけじゃなんとも」
「それもそうね。私も、ディー様以外の選手のことはほとんど知らないし。観戦した試合の対戦相手なら多少覚えているはずだけど、ドリーの話に一致する人もいないのよね……」
二人で冊子と睨めっこするが、そう簡単に見つかるとも思っていなかった。
しかし、彼の手がかりがここ闘技場にしかない今、私は彼を探して、アクサナは贔屓の選手の追っかけも兼ねて、しばらく闘技場に通おうと話をしていた。
そのとき、掲示板へ続く道がにわかに騒がしくなった。
「あら、選手が来たのかも」
明るい声を出すアクサナに聞けば、本当に選手本人も自ら試合日程を確認に来るため、こうして掲示板のある場所にいれば観客と選手が会えるのも珍しくないことなんだとか。
貴族様お抱えの騎士であったり、対外的なアピールを目的にしているアイドル的な選手は、顔見せのため、休日や人の多い時間帯にも比較的顔を出すことがあるそうだ。
「それでも、ラッキーだわ」
「そうなんだ!」
声を弾ませるアクサナに、私もつられて明るい声を出すと、ざわめきが大きくなる、誰かがやってくるであろう通路を二人で見つめた。