闘技場へ行く、その前に〜ドリー改造計画〜
私とアクサナが揃って休日がとれたのは、二週間後のことだった。
休みになると実家へと戻るアクサナと、闘技場へ行くために広場で待ち合わせをする。
待ち合わせ場所に着いた私は、先に到着していたアクサナに駆け寄ったけど、アクサナは私を見るとキョトンとし、「呆れた」って顔になった。
「あなたねぇ、ドリー。お目当ての彼と会えるかもしれないのに、少しはオシャレしたらどうなの?」
「え、あ、そっか」
考えもしなかった。
私はいつも仕事に行くときどおり、シャツを着て、動きやすい膝丈のスカート、足元はスニーカーだ。
普段、私もアクサナも、今日の私のような服装の上からすっぽり白衣を着て仕事をしている。
対して、今日のアクサナといえば、ノースリーブのワンピースの上から薄い黄色のカーディガンを羽織っていて、上品なアクサナによく似合っている。
私は自分の服を見た。
紺とベージュ色をしている。
私がせめて白いシャツを着てくるんだったと思っていると、アクサナがさらに続けた。
「それに、メイクもしていないんじゃない?」
「えへへ……、正直、やり方がよく分かんないんだよね」
「あきれた!」
正直に言った私に、アクサナはパシリと軽く私の手を取り、歩き始める。
「アクサナ、闘技場に行かないの?」
「先に行くところがあるわ」
アクサナに導かれ、闘技場に向かうのとは違う道を進んでいく。
「ここは……」
たどり着いた先は、私が入るのを気遅れしてしまうような、少し高級感のある商会だった。
ポカンとする私に構わず、アクサナは慣れた様子で店内へ入って行ってしまう。
彼女に置いて行かれては大変だと私も慌てて続いたが、アクサナの影に隠れるように身を潜めてしまった。
+ + +
「アクサナ、ありがとう!」
「どういたしまして」
あの店の後も、数件の店を回り、私はすっかり上機嫌になっていた。
それもそのはず、今の私はすっかり生まれ変わったような見た目になっている。
気持ちの問題もあるだろう、私は胸を張り視線を上げ、足取りは軽く、王都の街並みも輝いて見える。
最初の店で有無を言わさずメイクを施された私は、自分の顔の変貌ぶりに言葉も出ないほど驚いた。
アクサナが「メイクの仕方を教えてあげてほしいの。あくまでナチュラルメイクで」と店員さんにお願いすると、心得たとばかりに現れた店員のお姉さんに、私は次々メイクの奥義を伝授されていった。
とはいっても、私が知らなかっただけで、王都の女の子はたいがいやっていることばかりらしい。
肌をこすらない、とか、発色のいいものを使って厚くしない、とか基本的なことばかりだ。
メイクって、色をたくさん使ったりするのかと思って苦手意識があったけど、そうじゃなかった。
あくまで私の肌の色に寄せた色を使い、馴染ませられて、私の肌は艶々になった。
剝き卵みたいな肌って、こういうことか。
それから、眉や頬、まぶたにほんのり色を乗せただけでメイクは完成した。
それだけのことなのに、見違えてしまう。
まるで、私が憧れた王都の可愛い女の子たちのようだ。
「これが、私……」
鏡を見てつぶやいた私に、アクサナは苦笑いだ。
「あなた元がいいんだから、血色を良くするだけで垢抜けるのよ。やらなきゃ損だわ」
「ほんとう、ほんとうにそうね。私の顔のままなのに、不思議。自信が持てそうだわ」
きっと、私の目はキラキラしていたことだろう。
アクサナが嬉しそうに微笑んだ。
メイクをしてくれたお店のお姉さんは親切で、メイクの仕方や化粧品の選び方のコツを丁寧に教えてくれた。
お店のお姉さんは自分の商会の商品を買うよう勧めたりはしなかったけど、私はこの艶々を毎日でも再現したくて、メイクに使った商品を全部購入すると迷わず申し出た。
正直、これといった趣味もない私は、働きはじめて稼いだお金に使い道はなく、村へ仕送りをするくらいでこれまで全く手を付けていなかった。
少し背伸びした金額になるけど、こんなに自分を好きになれるものに使わない手はない。
商会のお姉さんはそう息巻く私をたしなめると、メイクの肝だというファンデーション以外は、廉価版や他店の類似品を勧め、「きっと色々試したくなるから」と、お茶目にウインクして見せてくれた。
優良商会すぎて泣きそうだ。
次も、化粧品を買うならここにしようと心に決める。
その後、アクサナに服屋さんに連れていかれた私は、アクサナの知り合いだという店員さんにトータルコーディネートをされた。
着せ替えさせられながら、店員さんは私の体型や似合う服の形、色や雰囲気を教えてくれる。
その話はすごく勉強になって、言われたとおり着てみると、私がなりたかった通りに着こなすことができた。
今まで、王都で見かけた女の子と同じ服を着ていても、私が着ると野暮ったくなってしまって諦めていたのは、着方が悪かったんだと気づかされて目から鱗が落ちる思いだ。
しばらく着替えながら教えてもらった私は、最終テストだと言われて、アクサナから問題を出された。
「今日のドリーの格好で、ひとつアイテムを変えるならどうする?」
私は、鏡に映る今日の自分の服装のひどさに気づき内心汗をかきながらも考えて答えを出す。
「ベージュのシャツをもっと柔らかい色味にして、可愛らしい雰囲気のものに変える」
チラリとアクサナを見れば、彼女の猫のような目が嬉しそうに弧を描いた。
「大正解!」
嬉しそうなアクサナに抱き着かれ、頭を撫でられる。
そして、ご褒美だと言って私が答えたとおりのシャツと、シャツに色味の近い靴下を購入したアクサナは、それを私にプレゼントしてくれた。
私は目を白黒させてお礼を言い、それに着替えてみる。
化粧をし、似合う服に着替えた私は、アクサナの隣に立っていてもちゃんと釣り合うような、“王都の女の子”になっていた。




