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推しとの出会い~私が沼に落ちた訳~①

 私の推し、ヴォルフ・マーベリック様は、ここ王都の闘技場(コロッセオ)で賞金をかけて戦う戦士(ファイター)の一人だ。



 選手たちの試合を観覧することができる闘技場は、王都に住む人々、特に男性に人気の娯楽スポット。


 金銭を賭けることも許されているそこは、いつだって熱狂するファンが後を絶たない盛況ぶりだ。


 時には貴族お抱えの騎士が、時には成り上がりたい辺境の村の出身者が、己の強さを観客に見せつけるために集まってくる。


 闘技場の戦闘報酬(ファイトマネー)は、負ければゼロだが勝てば勝つだけより莫大な金額を受け取ることができる。


 戦闘に自信のある者たちにとって、まさに夢の舞台でもあるのだ。




 そんな闘技場に、二年半ほど前のある日、突然現れた正体不明の一人の青年。


 魔法を使わないにも関わらず、ベテランや実力者すら押しのけて瞬く間にトップランカーの一員になった彼は、そのあまりの強さに、次代の闘技場を背負って立つ一人になると言われている。


 その彼こそが、ヴォルフ・マーベリック様。


 “蛮骨の狼”の異名を持つ、私の“推し”だ。






 そもそも、私がヴォルフ様に出会ったのは、彼が闘技場に現れる前、三年前のことだ。


 王都から遠く離れた田舎の村の出身であった私にとって、闘技場は噂で知っている程度のものだった。


 村の男の子の中にはいつか闘技場の戦士になるのだと鍛錬のようなことをしていた子もいたが、女の子にとっては闘技場よりも王都のオシャレやスイーツのほうがよほど憧れの存在だった。


 私も、煌びやかな王都に憧れたそんな中の一人で、こうして村を出てきたわけだが、男性たちが熱狂する闘技場に興味を持つなんてことはなく、十八歳まで、無難に学生生活を送っていた。




 そうして学校を卒業したのが三年前。


 本格的に就職する前の看護師見習いの実習として、大きな救護院で手伝いとして働いていた十九歳になったばかりのころのことだ。


 その勤め先では、一か月ほど前に運び込まれた大量の怪我人の対応に、本職も見習いも関係なく昼夜バタバタと忙しい毎日を送っていた。


 病院で寝泊まりすること数日、そろそろ見習いは家に帰れと追い出されるように帰路についたのは、深夜に差し掛かったような時間帯だった。




 そんな疲れ果てた自宅への帰り道、私は運の悪いことに、質の悪い戦士崩れに絡まれてしまっていた。


「一杯付き合えよォ」

「結構です」


 歩く私に並ぶように付いてくる男は、二メートル近い上背と筋肉なのか贅肉なのか分からない大きな体を持つ歩く巨木のような男だった。


 どう見ても酒に酔った男は、呂律も怪しく吐きかけられる息からは強いアルコールの臭いがしていた。




 闘技場のあるここ王都に、戦士になるためやってきたものの、怪我や実力不足で試合に出られず、かといって真っ当に仕事も探さずに飲んだくれるような輩は度々見られた。


 いわゆる、戦士崩れと呼ばれる連中だ。


 この男もその口のようで、昔一度だけ出たらしい闘技場の試合の話を一方的に語ってきて、優勝候補に当たらなければもっと上まで行けたのだとかなんとか言っている。


「俺と飲んだって言えばあ、クラスメイトにだって自慢できるぜェ」


 私にとっては男の過去の栄光など知ったことではないし、ただただ迷惑だというだけだ。


 私の拒否が聞こえていないのか、聞く気がないのか。


 道ですれ違っただけだというのに妙に執着してくるこの男を振り切る方法はないだろうかと、私は逃げるように歩みを進めながらもすっかり困り果てていた。


 このまま歩いて下宿先まで連いて来られるのも困る。


 かといって、足を止めればより一層絡まれるだろうし、助けを求めようにも開いている店は酒場ばかりで知り合いもいない。


 何より、歩きながらも少しずつ距離を詰めてきている、正気ではないこの男が恐ろしかった。


「未成年ですから飲めませんし、学生でもありません」


 焦る内心を隠して淡々と断るものの、酒臭い男は私との距離をさらに詰めてくる。


 問答をしながら歩き始めてしばらく、男がついに不機嫌を隠さなくなった。


「なあんでもいいから、来いよォ!」

「キャ!」


 まずい、と思った時にはもう遅かった。


 巨木のような体が前方に立ちふさがり、丸太のような腕が私を掴んだ。


 力の差も体格差も歴然で、私がどうあがいても到底振り切れないだろう。


 恐ろしさに、ザっと血の気が引く感覚がする。


 私の体が固まったのを気にもせず、男は今来た道を引き返すように私の腕を引いて歩きだした。


 酒が回っているくせに、ノシノシと重たそうな足取りは一歩ずつ確実に私を帰路から遠ざける。



 だれか。



 恐ろしさに身が強張る私は、まともに声も出せなくなっていた。


 男が遠慮なく掴んできている腕がきしむ。



 痛い。



 酒で手加減ができていないのか、それとももともと女に容赦がないのか。


 男が私の腕を引く力は強く、私はつまずき、こけそうになりながらも無理やり夜の歓楽街のある方向へと歩かされてしまう。



 いやだ。



 だれか。





 たすけて。






「やめておけ」






 低く、静かな声が聞こえた。



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