壁を超えるには壁を利用するのが一番(ヴォルフside)
雪辱の最終トーナメントから二日間の怪我療養を終えた俺は、まっすぐその足で俺を切った男の家を尋ねていた。
「はぁ? ヴォルフ・マーベリックかお前、なんでここに? え、顔こわ、てか、えっ、ちょ、止まれ、なに、近っ」
「話がある」
「ないない、こっちにはない。近っか! ちょっ、離れろ、え、俺ガンつけられてる? なあって、無言で近づいてくるな! 怖ェよ!」
話をしようと歩み寄る俺に、元騎士団長だというオーウェン・ベアトリクスはわあわあと言って一歩一歩と後ずさる。
これでは話もできないと足を止めると、オーウェンも止まった。
オーウェンは俺の体を探るように見て言った。
「お前本当にヴォルフ・マーベリック本人か? 俺が切った傷はどうした、まだ一週間も経ってないだろうが」
「塞がった」
「はあ!? なんっ……、なんだそれ、どうなってんだ、間違いなくバッサリいっただろーが」
「治った」
「えーー……、まじかよ……、てかタメ口ぃ……」
オーウェンは庭木でもいじっていたのか、試合中の騎士服のような戦闘着は脱ぎ、今は着古したつなぎを着ている。
無精ひげも伸び放題で、元々いかめしい顔つきも相まってまるで山賊なようだ。
試合の時の姿もたいがい粗野な風貌だったが、あれでもこいつにしては整えていたほうだったのだと気づいた。
ため息を吐き、庭の一角に置かれたテーブルに俺を案内したオーウェンは、「せっかく悠々自適の引退生活だったのに、幸先わりぃなもう……」と疲れたように独り言ちた。
案内されたテーブルとベンチはシンプルな木製で、作りの簡単ながっしりとしたものだ。
もしかすると、オーウェンが自作した物なのかもしれない。
意外と細やかな男なのか、その後も「茶ぐらい出す」と言って持ってこられた茶は、この庭で育てたハーブで淹れたらしい。
「で? 一体俺に何の用だよ?」
「弟子にしろ」
「言うと思った! 嫌だよ馬鹿!!」
俺の言葉に被せるように突然オーウェンは叫んだ。
「俺は! 引退して! 孫のために! 勉強机作ってやったり、菓子作ってやったりするの!! また“じぃじだいすきっ”って言ってもらうんだよぉ!」
俺は興奮したオーウェンの様子に呆気に取られ、目をしばたたく。
オーウェンの叫びは止まらない。
「お前! ヴォルフ・マーベリックなんかうちに居たら、またケントに“じぃじより好き”とか言われちゃうでしょぉがっ!!」
ケントというのが孫の名なのだろうか。
ずいぶん孫を溺愛しているらしい。
「だいたいなんでアポなし!? ていうか家どうやって知ったんだよ!?」
「道歩いてたやつに聞いた」
「不審者! 教えたの誰だよもう! っていうか淡々とさあ! 最近の若い子ってこうなの!? おじさん、歳感じちゃうんだけど!?」
治療をしてくれたドリーのためにも、次は優勝を目指すかと思ってオーウェンを訪ねたが、これは取り付く島もなさそうだ。
どうしたものかと考え始めたとき、「キィ」と、庭に繋がる柵のような門が開く音がした。
「じぃじ?」
+ + +
「じぃじ、ヴォルフ・マーベリックのおししょうなのお!?」
「いや、ケント」
「すごい! じぃじ、すごい!」
「え、いや、その」
「かっこいい!」
「そうか? そうかな、うへ、うへへ」
目の前で、俺のことなどそっちのけで盛り上がっているのは、オーウェン・ベアトリクスだったはずの男とその孫らしき二人だ。
オーウェンはすっかりそのへんの孫バカのじじいの様相を呈しており、顔はデレデレとやに下がり、闘技場で相対した時とは別人のようになってしまっている。
孫は小さく、まだ四、五歳といったところだろう。
遊びに来たらしい孫は俺を見て、最初少しだけ怯えた。
それを可哀想に思ったらしいオーウェンは俺を闘技場のヴォルフ・マーベリックだと伝えた。
そこからはすごかった。
「えっヴォルフ・マーベリック!? あのヴォルフ・マーベリック!? ほんとだ! ヴォルフ・マーベリックだ!!」
ヴォルフ・マーベリック、ヴォルフ・マーベリックと、俺はかつてこれほどまでにフルネームを連呼された経験はなかった。
闘技場に出場するようになって子どもから憧憬の籠ったまなざしを向けられることもあったが、これほどの至近距離は初めてで内心たじろぐ。
祖父が戦士だからなのか、この孫は正体さえ分かってしまえば、あまり粗野な風貌の男に恐れを感じていないらしい。
孫が「なんでなんで」と俺がここにいる訳を聞くものだから、「稽古をつけてもらいにきた」と一言答え、今に至る。
孫のおかげでオーウェン・ベアトリクスも乗り気になってくれたようで何よりだ。
そういえば、最終トーナメントの試合の際も、孫が俺のファンだとかなんとか言っていた気がするが、あれは本当だったようだ。
「ケント、お前のじいさんの剣技は俺が引き継いでやる」
「ふおぉおおお!!」
喜びそうなことを言ってやれば、大興奮した孫は、喜びに腕を振り上げた勢いで、屈んでいたオーウェンのあごに頭突きをかました。




