界隈では“カムバ”と呼ばれていたりいなかったり
今年も春がやってきた。
闘技場では新しいシーズンが始まる。
昨年の最終トーナメントでは、賢者とも呼ばれる魔法使いのおじいちゃん戦士が優勝を決めた。
賢者のおじいちゃんと決勝を戦ったのは、ヴォルフ様を倒した無精ひげの元騎士団長さん。
無精ひげの元騎士団長さんは二回戦でディディエ・トロー選手を倒し、決勝まで駒を進めたのだ。
元騎士団長さんも実は魔法をかなり使えるらしいんだけど、決勝前の新聞の取材にも「力と魔法の対決を見せてやる」と豪語していた通り、魔法を使わず、剣だけで決勝まで進み、決勝でもその戦闘スタイルを崩さなかった。
惜しくも賢者のおじいちゃんの魔法に押し負けてはしまったものの、炸裂する魔法と剣技の応酬。
決勝の試合はすごく派手で白熱し、文字通り手に汗握って大声を出して観戦してしまう名勝負だった。
賢者のおじいちゃん戦士は優勝コメントで「自分の役割は終わった。次代に託す」と言って引退を表明し、観客から盛大な声援を受けて表舞台を去った。
いよいよ魔法だけじゃない闘技場がやってくるのだと闘技場ファンも、出場選手も、誰もが熱く燃え滾る会場の中、無精ひげの元騎士団長が「俺も」と軽い調子で引退表明をしたのには驚いた。
なんにせよ、ヴォルフ様が呼び込んだ新しい波は、ここまで大きくなった。
今年も、闘技場観戦が楽しみで仕方がない。
ヴォルフ様はといえば、怪我の経過も良かったらしく、冬の間行われた選抜試験にも問題なく参加していた。
前年最終トーナメント出場したことからシード枠で、危なげなく本戦出場を決めて今日に至る。
「今シーズンも、前シーズンのように熱い展開があるとええのう」
「本当に! 楽しみです!」
今日も私たちはおじさんたちと一緒に盛り上がっている。
そうしていると、ツンデレのおじさんがふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、ヴォルフ・マーベリックはオーウェン・ベアトリクスに弟子入りしたと聞いたが」
「ほお、初耳じゃ」
おじさんたちはその話を聞きワイワイと盛り上がり始めた。
めちゃくちゃ盛り上がっているところ悪いが、ついていけない。
「オーウェン・ベアトリクスさんって?」
「嬢ちゃん、ばか、もう!」
初老のおじさんが小さく挙手して聞いた私にプンプン怒る。
怒り方がかわいいから全然怖くないや。
そして横から、呆れた顔をしたツンデレなおじさんが教えてくれた。
「そろそろヴォルフ・マーベリック以外の名前も覚えろ。最終トーナメントでヴォルフ・マーベリックを破った元騎士団長がいただろう。準優勝し、一線を退いた。彼がオーウェン・ベアトリクスだ」
「あの無精ひげの!」
やれやれと笑われるけど、おじさんたちは嫌な顔もせず、本当にいい先生たちだ。
「じゃあ、オーウェン・ベアトリクスさんにヴォルフ様が弟子入りって……」
「ああ、かなり面白いことになりそうじゃなあ!」
前シーズンが終わってからのことらしいのでここ二か月ほどのことではあるそうだが、ヴォルフ様が更に剣の実力を付けたのではないか、次代継承だとおじさんたちは大盛り上がりだ。
ヴォルフ様はどんどん進んでいく。
私も、応援頑張らなくちゃ!
ヴォルフ様を推し始めてからというもの、不思議なくらい普段の生活も仕事も順調だ。
去年一年間だって、ミスも減って、やる気も満ちていると指導係の人に褒められた。
きっと、“私も頑張らなくちゃ”が仕事にも影響しているのだろう。
この春からいよいよ王都の診療所で本職の看護師として働き始めたけど、そこでも驚くほど調子がいい。
ヴォルフ様々だ。
私はより気合を入れて応援しようと、気持ちも新たに拳を握っていたのだった。
一方、アクサナはといえば、そうやっておじさんたちと盛り上がる私を、クラインさんと一緒に受付台のあたりで見守っている。
「今日もドリーが楽しそうでなによりだわ」
そう言うアクサナは完全に呆れ顔だ。
あんなに推し活を進めてきていたのに、最近ではこうやっておじさんと盛り上がっていると「若い男にも目を向けなさい」と諭すように言われることも多い。
そんなアクサナと私たちを見守るのはクラインさんだ。
この一年で、彼の立ち位置もすっかりあの場所で定着した。
アクサナの言葉に笑い返すクラインさんも、以前と比べればずっと砕けた雰囲気を見せてくれるようになった。
「“お姉さん”も大変ですね」
「そうなの。クラインさん、分かってくれる?」
アクサナだってディディエ・トロー選手を前にしたらはしゃぐくせに、すぐお姉さんぶって“仕方ないわね”って感じを出してくるのだ。
今だってまた、「クラインさんみたいな人が現れれば、大切な“妹”だって任せられるのに」なんて言って、変に焚きつけようとしている。
そうやって妹みたいに扱われるのが、私だって心地よく感じてしまうのだから、何も文句はないんだけど。
そうして今日は、今シーズン最初のヴォルフ様の試合の日だ。
なんと、相手はアクサナの推しのディディエ・トロー選手。
前シーズンでは私たちが観戦できなかった組み合わせだ。
二人は前シーズンでも試合で当たっていたそうなんだけど、その時もやっぱりシーズン始めだったそうで、私がヴォルフ様を探している彼だと認識できていない時のことだった。
「あ、時間! アクサナ、そろそろ観客席行こ!」
「私はあなたを待っていたつもりだったのよ、ドリー」
「そっか、ごめん!」
私たちのやり取りに、おじさんたちもクラインさんも笑い、それから見送ってくれる。
今年も、ヴォルフ様の応援頑張ろう。
また、目が合っちゃうかも。
そう考えてから、首を振る。
久しぶりの観戦と、二か月ぶりにヴォルフ様の姿を見れることで気持ちが浮ついてしまった。
アクサナは“リアコ風”でなら、そういう楽しみ方もいいんじゃないかと言ってくれた。
目が合ったかもってはしゃぐのもありだって。
私は、楽しい戦士ファンライフのために、“リアコ”を“こじらせ”ないように、気を付けなくちゃって決意を新たに、今年も“現場”入りする。
一年前は何も知らなかった。
推しのいる生活は、すっかり私の人生の一部だ。
「アクサナ、推しがいるって楽しいね」
「そうね、ドリー」
私たちは笑顔を交わし合って観戦会場へと入ったのだった。




