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“恐怖”! こじらせ厄介オタク!

 しばらくしてピンク髪の子を諭して帰らせたアクサナは、まだロビーの席にいる私を見て少し驚いたようだった。


「見ていたの」

「ダメだったかな」

「いいえ。でも、いい気分ではないでしょう?」

「まあ、それは」


 私は思わず苦笑いする。


 それから、私の元に歩いてきたアクサナに一歩、いつもより近い場所まで近づくと、彼女の頭を撫でた。


「よしよし」

「ドリー?」


 アクサナはとても驚いている。


 少しずつ彼女の頬が赤くなるのが分かった。


 私はアクサナの頭を撫でながら言う。


「いつものお返し。アクサナ、よくああいうフォローをしてあげてるの?」

「……まあ。たまに」

「えらいえらい」


 いつもアクサナがするみたいに、今日は私がアクサナの頭を撫でる。


 こうしていると、私がお姉ちゃんみたいだ。


 少し楽しくて、いつも私にこういうことをするアクサナの気持ちが少しだけ分かった。


 アクサナの髪はやたらとサラサラで羨ましい。


 下宿先では同じシャンプーを使っているのに、どんなケアをしているのか今度教えてもらおうなんて、私は楽しくなって考えていた。


 



 それから、二人でもう一度席に座って少し話をした。


 アクサナが疲れた様子だったのも気がかりだったし、話が聞けるなら先ほどの子のことも聞きたかったからだ。


「親の知り合いのお子さんで私たちの二つ下なの。小さい頃から知っているんだけど、私にすごく懐いていたの」


 アクサナも話を聞いて欲しかったのか、ぽつりぽつりと話してくれた。


「学校に通い始めて疎遠になっていたんだけど、私がディー様を推し始めてから真似してディー様の戦士ファン(フォーカー)になって、それからはあの調子で……」


 そしてアクサナは「昔から我儘なところがあって……、悪い子ではないんだけど……」とつぶやく。


 アクサナは迷惑をかけられているようだが、アクサナらしく、それで嫌いになるわけでもないらしい。


 私なら腹が立ったり呆れたりして、嫌になってしまうかもしれない。


 それに、ディディエ・トロー選手だって迷惑に感じているだろう。


 戦士ファン(フォーカー)だというが、ファンだから何をしてもいいと、応援している選手にまで迷惑をかけてしまうのは違うのではないか。





 そこまで考えて、私はふと、ひどく嫌な考えに行きついた。


 ぐるぐるとその考えが頭を占めていく。


 これまでの出来事が走馬灯のように過ぎ去って、私の体はみるみる強張った。





 話を続けてくれているアクサナの言葉も、一枚壁を隔てて聞くような、膜が張ったような変な感じだ。



「私たち戦士ファン(フォーカー)は、ああいう選手に迷惑をかけるようなファンのことを、“こじらせ”とか“厄介オタク”って呼んでるわ。ああいうファンは、同じ界隈である程度自治をしないと界隈の治安が悪化する一方で……」



 話してくれているアクサナの言葉も、今の私にはうまく届かなくて、一部の言葉を拾えた私は、アクサナの言葉尻を捕らえるように呼び掛けた。



「アクサナ……」

「ん? ドリー? って、え、あなた顔が真っ青よ!」


 なんとか絞り出したような私の声に顔を上げたアクサナは、悲鳴のような声を出す。


 それほど、今の私の顔がひどく青褪めているということだろう。


「アクサナ、私……」

「どうしたの? ドリー、体調が悪い?」

「私……」

「なに?」



「私、“こじらせ”じゃ……」



 私の言葉の意味を理解したアクサナは、ポカリと、口を開いて動きを止めた。




 + + +



 泣きそうだった私を慰め、落ち着くまで付き添ってくれたアクサナは、私に説明してくれる。


「ドリー、あなたは()()“こじらせ”じゃないわよ、せいぜいリアコよ」

「りあこ?」


 少しおかしそうに苦笑いで私の背をさするアクサナに、私は聞き返す。


「リアコ。リアルな恋を選手にしている子のことね。選手からファンとしてよりも女の子として扱われるようなファンサをもらったときにも、その選手の言動が“リアコ”だ、なんて言い方をする事もあるわ」

「はあ~~、戦士ファン(フォーカー)の世界って奥深いね」

「観劇ファンも、詩人ファンも変わらないわよ」

「そうなんだ」


 アクサナの軽い口上に少し安心しつつも、『まだ』と言われたことを胸に刻む。


 純粋に応援している気持ちや、今私の中にあるようなヴォルフ様を慕う気持ちが暴走して、ピンク髪の子のようになってしまうとも分からない。


「変な勘違いしないようにしないと」

「あら、いつもの目が合うって話?」


 私の言葉に、アクサナがくすりと笑う。


 最終トーナメントである今日の第二試合では彼は観客席を見回すことはなかったが、本戦で競っていた時は、観に行った試合では必ず開始前、ヴォルフ様は観客席を確認するように見回していた。


 そして必ず、私がいる場所で見回す視線を止めて、それから対戦相手の元へと歩み寄るのだ。


 ヴォルフ様の視線の先、いつもそこには私がいて、私は目が合ったと錯覚してしまう。


 そんなはずないって自分に言い聞かせるけど、毎回そうなのだから始末に負えない。


 座る観客席だって、毎回違う席のはずなのに……。


 私がいつもそれを言うものだから、アクサナにリアコと揶揄されるのも納得だ。


「はあ。こじらせないように頑張るね」

「ドリーは大丈夫だと思うけど。常識的だし」


 それからアクサナは「今日は大胆でびっくりしちゃったけど、運営の許可取ってるんだからオーケーよ」といたずらっぽく笑った。


 そうだ、今日おじさんに職員通用口に入れてもらったのも、一歩間違えれば職員さんにもヴォルフ様にも迷惑をかける言動だっただろう。


「反省する」

「はいはい、よしよし」


 このあと、初老のおじさんにもきちんと謝って、今後は無茶なお願いはしないと誓おう。




 勘違い、しないようにしなくちゃ。




 私はそう強く心に刻んだのだった。


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