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私にとっての幸せドリーにとっての幸せ(アクサナside)

 ドリーの推しであるヴォルフ・マーベリック選手の処置室を後にした私達は、ロビーに戻るために通用口を歩いていた。


「本当に助かりました」


 職員通用口を出る間際、そう言ったクラークさんが深く頭を下げた。


 クラークさんは闘技場(コロッセオ)の職員さんで、紳士的で落ち着いた人だ。


 この人がここまで動揺し必死になった姿は初めて見た気がする。


 そんな彼に、私の友人ドリーは、慌てたように両手を振って「とんでもない」と答える。


 ドリーは、迷惑をかけられたなんて、これっぽっちも思っていない。


 きっと、彼女も私と同じように考えていることだろう。


 私は彼女が言おうか迷っているだろうことを代わりに口にする。


「止血薬などのけが治療薬は、薬の中でも使用期限が切れるのが早くて、管理が大変なんです。使用形態が変わったり、使用頻度が下がったのであれば、管理のためにも専門職を一人置くことをおすすめします」


 それから、フォローのつもりはないが、初老のおじさまにも「詳しくもない薬品の使用期限をきちんと確認しただけ、新人だという職員も偉いと思います」と付け足した。


 今回、新人職員のミスだったという話だが、状況を聞く限り、医療現場にいる私達から見れば同情の余地があると思えるものだったのだ。


 あれらの薬品は、がんがん使ってがんがん取り寄せているうちはいいのだが、たまにしか使わないとなると管理がなかなか面倒でややこしい。


 知識のない職員には荷が重い話だっただろう。


 今回は患者も無事だったことだし、ヴォルフ・マーベリック選手が事を荒立てないなら、良かったね、次から気をつけようで済ませばいい話だと思えた。


 初老のおじさまは苦笑いしたけど、クラインさんに「処遇は任せる」と対応を任せたようだった。


 もう、第三試合が始まってしまう時間だ。


 私たちがロビーでもう少し休んでいくことを伝えると、初老のおじさまは「わしは観る~♪」と機嫌よく観客席へと戻っていった。


 本当に闘技場が好きらしい。


 残った私たちに、クラインさんが椅子と飲み物を勧めてくれた。


 最終トーナメント当日で忙しいだろうに、「ご協力に対して正当なお礼ができないのでせめて」と、心苦しそうにそう言ってくれる。


 相変わらず親切で真面目ないい人だ。


 私はちらりとドリーを見て、この美青年(クラインさん)に優しくされてもちっとも揺るがない彼女を少し面白く思う。





 私とドリーの出会いは、学校入学から少し後のことだ。


 王都で生まれ育った私と違い、王都から遠くの村から出てきたという彼女は、とても純粋で優しい女の子だった。



 私の実家は、貴族ではないものの、古い歴史を持った大家だ。


 末娘の私はこうして自由にさせてもらっているけれど、年の離れた兄たちは皆かなり忙しくしている。


 小さい時から不自由なく暮らし、大人に囲まれた暮らしの中で、私にとってお金を使うことも、好きなものを手に入れることも、知りたいことが知れることも当たり前のことだった。


 それが、世間とはずれていることを知ったのは、学校に入学してすぐのこと。


 同い年の友人ができるとはしゃいでいた私だったけど、王都出身の同い年の子はお小遣いのやりくりに奔走し、様々な噂を交わして情報を得て、充実した日々を送っていた。


 彼女たちから見れば随分楽をして見える、いや、実際に楽をしていた私は、あまり好ましくない存在に映ったようだった。




 叶うなら、彼女たちと仲良くなり、甘やかして、私のもつ物を与えてあげたかった。


 でも、それが傲慢なことも、十分にわかっていた。


 私が目を付けたのは、田舎から出てきたばかりの子。


 右も左も分からないような子に声をかけて、様々なものを与えた。


 着飾ってあげたい。


 可愛くしてあげたい。


 そして仲良くなりたい。


 そうしていると、みんながみんな、そのうちに自分から物を欲しがるようになるのだ。




 すると、途端に私は嫌になった。




 なんて我儘なんだと、自分でも痛感する。


 与えたいのに、甘やかしたいのに、相手が自分を利用し始めると途端に私は相手のことが嫌になってしまった。


 そうして私がろくに友人もできないまま、自分のことすら嫌いになりそうになって、学校の中庭で項垂れていたとき、出会ったのがドリーだ。


「どこか痛いの?」


 そう、見ず知らずの私を心配して声をかけてくれたドリーと、私はすぐに仲良くなった。


 彼女は純粋で、とても優しい。


 田舎出身だというドリーは、おしゃれに憧れるけどよく分からないのだと言った。


 そうして私の話を嬉しそうに聞き、それから、私がいつものように着飾らせてあげるといえば、彼女はこう答えたのだ。


「ううん、いい。もっと話を聞かせて」


 他の子とドリーが違ったことと言えば、何も欲しがらなかったところだ。


 それから、私の話を嬉しそうに聞く天才だと思った。


 私の自慢にも聞こえそうな話も興味津々で、中には興味がなかったり分からない話もあるだろうに、必ず最後まで聞いてくれるのだ。


 私はドリーにもっとたくさんのことを話したくて、本も読んだし、色々なところに足も運んだし、闘技場にだって行ってみた。


 まさかそこですっかり戦士ファン(フォーカー)になってしまうとは、自分でも意外だったけど。


 ドリーのおかげで、私の世界はずっと広がった。


 懐いてくるドリーの可愛さったらなくて、甘やかしたいのに甘やかさせてくれないドリーに私は夢中になって世話を焼く。


 危なっかしいドリーは目が離せなくて、気が付けば気の置けない友人であり、妹のような存在になっていた。


 そして気づいたの。


 私は、“お姉ちゃん”になりたかったんだって。


 こんな風に、可愛い妹の世話を焼くことが、私が心から憧れ求めていたことだと気づいた。


 



 今だって、私を嬉しそうに見つめて「アクサナも、治療に協力してくれてありがとう」なんて笑うドリーが、私は可愛くて仕方がない。


 この少し抜けた友人は、きっと先ほど治療のためとはいえ、憧れのヴォルフ・マーベリック選手に急接近していたことにもまだ気づいていないのだろう。


 推しにはしゃぐ様子に乗じてつい無理やり着飾らせてしまったけど、それもとても似合っているし、彼女自身とても明るくなった。


 同室の下宿先でもよく嬉しそうに服やメイクのことを聞いてくれるようになったから間違っていなかったと思いつつ、彼女に“推し”が与えた影響の大きさも思い知る。



 蛮骨の狼、ヴォルフ・マーベリック。



 推す対象としては、強くて勢いのある選手でいいんだけど、どう見てもドリーは彼に本気なのだ。


 対して相手は本戦選手で、雲の上の人な上、どう考えても女の子と大切に恋を育むようなタイプには見えない。


 最悪、私の大切な“妹”がパクヒョイと、狼に食われてしまうんじゃないかと心配でしょうがない。


「幸せになってほしいのに」


 こぼした言葉は小さくて、聞き取れなかったらしいドリーは可愛らしくコテリと首を傾げた。


 私は、対面に座るクラインさんへ視線をやる。


 手の届かない相手より、目の前の素敵な人にしておいたほうが、絶対に幸せになれると思うわ。


 クラインさんも、もっとぐいぐいアプローチをかければいいのに、なんて。


 私は今日も妹のような友人の世話を焼くのに忙しいのだ。


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