推しと私と良質な界隈
「あれはなあ、運営の策略もあるじゃろうさ」
「相手が元騎士団長では、剣だけで上を行くのは生半可なことじゃない」
朝の部を終えた最終トーナメントの休憩時間、ロビーで暗い顔していた私の元におじさんたちは示し合わせたかのように集まり、私を気遣った様子で、口々にフォローの言葉をかけてくれた。
普段はツンデレのおじさんも、今は持ち前のツンも鳴りを潜め、普通に優しくしてくれる。
アクサナは私の背中をさすり、みんなして、応援している選手が負けてしまって意気消沈しているだろう私を、励ましてくれているのだ。
優しさが染みる。
それでも、ヴォルフ様の敗退もショックだったこと以上に、私には気がかりで心配なことがあった。
私がこんなにも弱弱しいままでは、ますますみんなに心配をかけるというのに、試合に負けたヴォルフ様の姿が脳裏に過り、気持ちを立て直せない。
私の隣に座り、私の背を撫でてくれていたアクサナがおじさんたちの言葉に反応して口を開いた。
「運営の策略って……?」
その声音は、まるで「運営がドリーを悲しませたの?」とでも言っているようだ。
友人思いのアクサナらしい反応に、同じように感じたらしい初老のおじさんが、少し焦ったように答えた。
「そのな、新人選手への通過儀礼のようなものでもあるし、同時に優しさでもあるんじゃよ」
初老のおじさんの言葉に続くように、ツンデレのおじさんも言葉を重ねた。
「新人が最終トーナメントに上がると大抵、初戦で優勝候補に当たる。トーナメントに残ったのが例え一回限りのまぐれであっても、“優勝候補に当たらなければもっと上に行けた”と言えるだろう」
「なるほど。いつかは当たる相手なら、早いうちのほうが、新人選手にとっても傷が浅いのね」
アクサナの納得気な様子を見て気を良くしたらしいツンデレのおじさんは続けた。
「そう。そして、初戦に勝てば俄然、新人選手が優勝するのではないかと観客の期待も高まる」
「そうね、面白いわ。知らなかった」
ツンデレのおじさんの話を興味深そうに聞くアクサナに、他のおじさんたちもご満悦といった表情だ。
アクサナのような純粋な戦士ファンは、戦闘にさして興味のない人も多く、おじさんたちにとって鬼門だったらしい。
闘技場ファンであるおじさんたちからすれば、彼女を感心させ「面白い」と言わせるのは、大将首を取ったような嬉しさがあるらしい。
こうしてたまにアクサナに語れる瞬間が来たときの、おじさんたちの気合の入りようは格別だ。
そして、さらに闘技場運営のうんちくを語ろうとしてアクサナに「もういいわ」とバッサリされている。
ツンデレのおじさんが「小癪なっ」とか言って、人の輪から笑いがこぼれる。
アクサナも最近ではおじさんたちとのやりとりを楽しんでいるようで、生意気な小娘キャラで行くのだと言っていた。
それからアクサナは、聞きたいことを遠慮なくまた尋ねる。
「じゃあ、無精ひげを生やしたあの方が、今シーズンの優勝候補なの?」
アクサナの言葉に、初老のおじさんとツンデレのおじさんが補足し合うように答えた。
「うんにゃ、今回は特殊じゃなあ。さっきも話に出た通り、相手は元騎士団長をしていた選手じゃ。ヴォルフ・マーベリックはここまで物理のみで魔法戦士を翻弄してきたが、トーナメント初戦で闘技場における物理最強を充てられた形じゃな」
「あの選手はヴォルフ・マーベリックのように魔法を切ることはできんが、剣と剣でぶつかれば負けなしだろう」
「そうじゃ。魔法ばかりに頼り切った昨今の闘技場。観客がまさに今見たかったのも、物理と物理の対決じゃった。そこまで含めて、運営の策略、ということじゃな」
そこまで聞いて「なるほどね」とひとつ頷いたアクサナは、うつむいたままだった私へ視線を投げた。
それから、私に声をかけるアクサナの声音はひどく優しげだった。
「だ、そうよ。ドリー。少しは気が楽にならない?」
「アクサナ……」
思わず、目元に熱が灯る。
やっぱりアクサナは私に甘い。
少しでも私の気持ちが軽くなるようにと、色々聞かせてくれていたらしい。
おじさんの誰かが「美しい友情だなあ」と感慨深げに言ったのが聞こえた。
そう、アクサナは私の自慢の友人なの。
「あのね、アクサナ」
「なあに、ドリー」
「私、ヴォルフ様が切られたのが……」
「うん」
「怪我が、心配で」
「ん、え? あら? そう、そうね」
私の言葉に、アクサナは思ってもみないという反応をして、それから肯定を返した。
おじさんたちにもざわめきが満ちる。
それでも、私は泣きそうになりながら顔を上げた。
「血が出てた……、剣の、金属の傷は、対処が遅れると危険が……」
「そうね、そう、ドリー落ち着いて。ここは怪我の絶えない闘技場よ。救護の手だって足りているわ。そういえば、ヴォルフ・マーベリック選手はこれまで大きな怪我を負った試合はなかったものね」
アクサナの言う通りなのだ。
これまで観戦をしてきて、闘技場がそういう場所だということはしっかりと理解していた。
それでも、ヴォルフ様の試合はいつも危なげなく終わったり、判定までもつれ込むような試合でも、ヴォルフ様が怪我を負うことはなかったのだ。
私は、大好きな推しの怪我という事態に、驚くほど取り乱してしまっていた。
普段、治療をする仕事なのもあって、自分は怪我をした彼に何かできないかとそればかり考えてしまって落ち着けそうにない。
「落ち着いて、ドリー。ここでは、あなたにできることはないわ」
「そんな……!」
はっきりと諭すようなアクサナの言葉に、当たり前のことなのに私はショックを受けてしまう。
そうして、この気持ちを飲み込まなければと、私が黙ったまま耐えるように再び頭を垂らしたときだった。
困ったような、悩むような声がおじさんたちの輪の中から聞こえた。




