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推しの試合と戦士ファンと闘技場ファン

「彼だ」


 試合会場に現れた、ずっと探していた彼を見て、私は彼から視線が離せなくなった。


 そんな私へ、アクサナは「ドリーは野性味のあるクールなタイプが好きなのね。意外だわ」とからかうように言う。


 だけど、私はそれに返すこともできずに彼を見つめるばかりだった。



 彼を探して三か月ほど。


 見つからない間に私の中で彼へ憧れる気持ちが強くなりすぎて、頭の中で美化してしまっているんじゃないか、実際見たらがっかりしたりして、なんてよく分からない心配をしたりしていた。


 でも、そんな心配全く必要なかったのだと、今思い知った。


 闘技場(コロッセオ)の中、吹いた一陣の風が彼の黒に近い茶の髪を揺らす。


 昼の太陽の下で見る彼の色彩は、見惚れて言葉が出ないほどに美しい。



 その時、彼は試合会場を囲むようにしている観客席をぐるりと見回した。


 ドキン。


 心臓が跳ねる。


 横顔だった彼が背を向け、ぐるりと回って、そして。


「目が、合った」


 私のところで止まった。


 じっと、時が止まったようにすら感じたというのに、それは一瞬のことだったらしい。


 再び吹いた風に、彼の茶の瞳は髪に覆われ見えなくなった。


 彼が対戦相手の元へと向かうのを呆けたように見つめる。


「アクサナ……」

「ん?」

「今、目が合った……」


 ハクハクと口を開閉して言葉を絞り出す私を見て、アクサナはおかしそうに笑った。


「ふふ、ドリー、あなた戦士ファン(フォーカー)の素質があるわ」


 くすくすと笑うアクサナに、私は首を傾げて尋ねる。


「フォ?」

「フォーカー。戦士(ファイター)のファン。イチオシの選手、つまり“推し”の選手のいるファンのことよ」


 そう言って、アクサナは「ドリーはヴォルフ・マーベリック推しね」とやはり笑った。


 アクサナ曰く、女性のフォーカーによく現れる()()として、『推しと目が合ったように感じる』というものがあるらしい。


 実際は、これだけ離れた観客席から特定の誰かを選手が見つめるなんてことはまずないらしい。


 中には髪を蛍光ピンクに染めたり、横断幕を持ったりして、なんとか視線をもらおうとするファンもいるらしいけど、よほどサービス精神に溢れる選手でない限り、何かリアクションが返ってくることはないそうだ。


「ファンサービスのために設けられているファンサ・デーの日なら別だけど、試合前は選手も集中してるから難しいっていうわ」

「そ、それもそうよね」


 試合会場を囲む観客は円錐状になっていて、見上げるようにしなければ観客の顔までは見れない。


 そうして逆光の中で誰かひとりを認識して目が合うことなど、普通に考えて有り得ないだろう。


 先ほど目が合ったと思えたのも気のせいだとしか思えなくなり、私は自分の自意識過剰ぶりに恥ずかしくなる。


 穴があったら入りたいほどだったが、アクサナに誰もが通る道だと諭されればなんとか正気を取り戻すことができた。




 そうしている間にも試合開始時間となり、会場中央、向き合ったヴォルフ様とその対戦相手は、開始のブザーの音と同時に地を蹴った。





 + + +




「ヴォルフ・マーベリックは魔法を使わん。封じているのか使えんのかは知らんが、剣と体術だけであそこまでやるのは二十年ほど前に名を馳せた剛腕の剣士、ボブ・マックレイ以来でな」

「なるほどっ」


 試合が終わり、興奮冷めやらぬ私は掲示板前のロビーでおじさん達に混じって試合の総評を聞かせてもらっていた。


 語ってくれるおじさん達はどこか嬉しそうで、聞けば聞いただけ、いくらでも私の質問に答えてくれる。


 おじさんのうんちく話がこんなに興味深いと思ったのは初めてだ。


「ドリー、まだ聞く気?」

「ごめんアクサナ、もうちょっと」

「もう…」


 アクサナはそんな私のいるおじさん集団から離れた場所で、クラインさんと話をしながら私が満足するのを待ってくれている。


 なんだかんだ言いつつも、アクサナは私に甘いのだ。




 ヴォルフ様の試合が終わった後、私の興奮といったらなかった。


 ヴォルフ様の対戦相手は本戦出場常連のベテランだったにも関わらず、試合序盤からヴォルフ様の優勢は明らかだった。


 試合も後半となり、付与される技術点(テクニカルポイント)が多くなってくると、相手も奥の手を出してきた。


 対戦相手の選手が繰り出したのは、彼の得意技だという氷の魔法“アイスストーム”。


 一般的に、魔法攻撃に対しては魔法で応戦するしかないというのが常識だ。


 私がこれまで見てきた試合だって、どの選手もそうしていた。


 けれど、ヴォルフ様は魔法を使う様子もないまま、その体と剣一本で荒ぶる氷の竜巻を防ぎきってしまったのだ。


 それには誰もが驚きに固まってしまった。


 それは対戦相手も同じこと。


 対戦相手が我に返るも時すでに遅し。


 ヴォルフ様の剣はすでに対戦相手を捉えていた。




 なんてことが、闘技場(コロッセオ)初心者の私に分かるはずもなく。


 私に分かったのは、突然目まぐるしく変わった戦況と、これまで見た中で一番、格好良くて迫力満点な試合だったってことだけ。


 私から見れば、ヴォルフ様優勢で進んでいたと思ったのに突然、大吹雪が起きて、そしたらそれがズバッと割れて、何が起きているか分からないうちに試合が決着してしまっていたのだ。


 私はもちろんアクサナを質問攻めにした。


 今何が起きたの?


 吹雪はどこに行ったの? って。


 アクサナは戦士ファン(フォーカー)の大先輩だけど、戦闘に詳しいわけじゃない。


「私にも分からないわよ。ロビーで語っているおじさまにでも聞きなさい」


 私はそんなアクサナの言葉を真に受けておじさん集団の中に突撃していき、今こうして楽しい講釈を聞かせてもらっているところなのだ。


 アクサナとしては冗談だったらしいけど、自分が言い出した手前こうして私を待ってくれている。


 今説明してくれていた初老のおじさんの後ろから、気難しそうなおじさんが顔を出してボソリと言った。


「こんなことも分からず試合を見ているとは、選手ばかり追っている女の楽しみ方は俺には理解できん」


 言ったおじさんに、初老のおじさんはすぐさまニヤリと笑って返した。


「まったく、頭が固いのう。自分が説明したかったんじゃろ?」

「違う」

「まあいいじゃないか。こうして総評にも興味津々じゃし、初心者なんてこんなもんじゃ。だいたい、ヴォルフ・マーベリックに注目するとは見どころがある」

「……それは確かにそうかもしれんな」


 どうやら、おじさん達の中でヴォルフ様は硬派な選手らしく、私のような女のファンがつくのが意外らしい。


 私は自分のことでもないのにヴォルフ様が褒められるのが嬉しくて、胸を張って「そうでしょう」と答えておじさん達に笑われてしまった。


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