親切な職員さんと、やっと見つけた彼
アクサナと闘技場へと通い始めてしばらく、目当ての彼はなかなか見つからなかった。
彼と会ってからもう三か月は経っている。
そもそも闘技場の選手じゃなかったのか、もう王都を離れたのかもしれないと、半ば見つけることを諦めかけていた。
それでも、アクサナと一緒におしゃれをして出かけることも、闘技場で試合を見ることもすっかり楽しくなっていた私は、闘技場へ通うことをやめようとは思わなくなっていた。
「こんにちは。ドリーさん、アクサナさん」
「こんにちは、クラインさん」
いつものようにかけられた挨拶に、私たちは笑顔で返す。
今日も受付を担当してくれたのはクラインさんだった。
クラインさんは物腰柔らかなこの闘技場の職員さんで、都会らしい雰囲気のする紳士的な美男子だ。
なんでも、お貴族様も出入りする闘技場では、職員に求められる資質も相当高いらしく、クラインさんにしても他の職員さんたちにしても、高級な商会で働いていても不思議ではないような人ばかりだったりする。
その中でもクラインさんは、私たちがはじめて闘技場を訪れた際に私たちの会話が聞こえたとかで、その場で協力を申し出てくれた親切な人だ。
物腰柔らかな美男子に弱いらしいアクサナは、クラインさんが協力を申し出てくれたことに私以上に喜んでいた。
ディディエ・トロー選手はいいのかとからかった私に、彼女はなんてことないように笑って「別腹よ」と答えた。
乙女の別腹は、甘いもの以外でも発揮されるらしい。
「今日も彼を探しに?」
「そうなんです」
いつもどおり返した私だったけど、クラインさんは「ふむ」と思案気にすると、「確証がないので、もし違っていたら悪いんですが」と前置きし、手元の選手名簿を開いて続けた。
「ドリーさんとアクサナさんが探されているのは、彼ではないですか?」
そう言って彼が指したのは、選手名簿の最終ページ。
そこに、付け足されるように貼られた紙に書かれている名前の一つだった。
「え、でも、このページって」
「もしかして、二人がお持ちなのは旧バージョンではないですか」
それからクラインさんが教えてくれたのは、“追加選手”のことだった。
なんでも、今年のシーズンの開始時に選出されていた選手は、闘技場の既定の人数よりも数人少なかったらしい。
今シーズンに出場する選手を選ぶ選抜試験の最中、選抜に参加していた戦士たちが泊まっていた宿舎近くで大きな火災が起きたらしい。
巻き込まれたり、取り残された人の救助に当たったために怪我をして、試験を離脱することになってしまった実力ある選手がかなり居たとか。
私たちは、その話を聞いてハッとして顔を見合わせた。
シーズン始まりだという春になる少し前、私たちの勤める救護院にたくさんの怪我人が運び込まれ、連日大変な忙しさだったのを思い出す。
あの怪我人たちはおそらくその火災に遭ったのだろう。
私は、怪我人の中に死者や術後の経過の悪い人がいなかったことも思い出し、きっと救助にあたった戦士たちの働きのおかげもあったのだろうと、改めて闘技場の戦士たちへの見方が改まる思いがした。
ともかく、闘技場運営としては実力の足りない者を本戦に出すわけにもいかず、シーズン開始後しばらくは人数の欠けたままで試合を組んでいたらしい。
その後、追加で選抜を行って進行に支障がないように調整したらしいが、追加選手の掲載された新しい選手名簿が用意されたのはつい最近だという。
「イレギュラーな事態だったもので。二人がご存じなかったのも無理からぬことです」
新しい選手名簿を渡してくれながらそう言うクラインさんは申し訳なさそうで、私たちは「とんでもない!」と返しつつ、教えてもらえたことにお礼を言った。
選手名簿を受け取った私は、先ほどクラインさんが教えてくれた名前を確認する。
「“ヴォルフ・マーベリック”」
胸の鼓動が速まるのが分かった。
+ + +
ヴォルフ・マーベリック選手の試合日はすぐ翌日に控えていた。
幸い、翌日も休日だった私はアクサナにも付き添ってもらって闘技場を訪れた。
追加選手はシーズンに遅れて参加しているが、規定通りの試合回数をこなさなければならないのは他の選手と変わらないため、これから頻繁に試合を行わなければならないらしい。
不利ではないかとも思ったが、元々試合日が前日に発表されたり、二日三日立て続けに設定されたりすることもザラにあるらしく、そういった運の要素もこの闘技場の醍醐味の一つらしい。
「もし本人だったら、どうしよう」
試合開始まであとわずか。
観客席に座った私は心細くなり、アクサナの服の袖を軽く握った。
「どうしようって、声援を送るくらいじゃない?」
「あ、そ、そっか……」
あっけらかんと言われた言葉に、一拍遅れて私も納得した。
言われてみれば、それもそうだ。
いまや、彼が見つかること自体が思ってもみない展開で、混乱していた。
彼が本当に闘技場の本戦選手なら、私にとっては雲の上の存在だ。
当初、もう一度会いたいと思っていた頃のように直接お礼を言うこともなかなかできないだろう。
それに、クラインさんの話を思い出せば、闘技場の選手たちにとっては人助けは日常茶飯事なのかもしれないとも思えた。
三か月も前にちょっと助けただけの私のことを、覚えていてくれるとは思えなかった。
そうしている間にも、時間が過ぎ、選手入場を告げるアナウンスが響く。
遅れて入ってきた選手を見て、私の心臓はより高く鼓動を鳴らした。
「彼だ」
闘技場試合会場、その中央。
そこには、間違えようもない、三か月前のあの日、私を助けてくれた彼が立っていた。




