闘技場の選手とファン
いよいよざわめきが大きくなると、声も聞こえ始めた。
その声の主に道を譲るように人垣が割れた時、現れたのは明るい金髪の長身の男性だった。
彫像のように彫が深い顔立ちに、高い鼻。
その表情は自信に満ちていて、その体は戦う者だということがはっきり分かる、がっしりとした体付きをしていた。
私が現れた人物を見た一瞬後、アクサナが飛び跳ねるように前に出た。
「ディー様!」
「あれェ、んっと、君はたしか……」
男性たちのざわめきの中、特に甲高く響いたアクサナの嬉しそうな声に反応した金髪の男性は、キョトンと少し幼くも見えそうな表情をしたあと、演技がかったような腕を組んだ体勢で「うーむ」と唸る。
それから、パッと笑顔になると、アクサナに視線を戻して言った。
「アクセリナ……、いや、アクサナちゃんだ」
「ディー様、正解!」
アクサナはキャッと嬉しそうに答えると、ぴょんぴょんと飛び跳ねるようにして喜んでいる。
アクサナの少女のようなその仕草は、恋する乙女という風情でとっても可愛い。
それから一歩アクサナに歩み寄った“ディー様”こと、ディディエ・トロー選手は、ごく普通に友人と会話するような調子で話しかけてきた。
「今日は、お友達と一緒なの?」
「そうなんです! 彼女も闘技場にこれから通おうって、あの、初めて来る子なんですけど……」
「そうなんだねェ。教えてあげてたんだ。えらいえらい」
大きな手でアクサナの頭を一度撫でた彼に、アクサナは「ひゃーっ、ありがとうございます!」と喜色満面で答える。
それから、チラリと掲示板を確認した彼はそこに自分の名前を見つけると、「来週だ。がんばるねェ」とアクサナに無邪気に笑顔を向けてから踵を返し、周囲で彼を見ていた人たちへ「応援よろしく~」と手を振りながら去っていった。
「あれが、ディー様?」
彼がいなくなるまで見ていた私は、あれがアクサナの贔屓の選手かと納得し、アクサナに確認の声をかけた。
「……」
「アクサナ?」
でも、アクサナに反応はなく、不思議に思って彼女を見れば、彼女は目も口も閉じ、何かを噛みしめるように首を軽く揺すりながら「~~~!」と、声にならない声を出していた。
それから、やっと私の存在を思い出したらしいアクサナは、とても幸せそうに語り始める。
「ディー様って、やっぱり最高だわ!」
「そうだね、にこやかで明るい人だったし、頭を撫でたり、ちょっとキュンとしちゃうよね」
「それもあるけど!」
彼女の言葉に同意する私に、アクサナは熱く語って聞かせるように話を始めた。
アクサナは本人を目の前にしたときよりは落ち着いたようだが、その声量は普段の彼女よりも大きくなってしまっている。
しかし、ここではそんな光景も日常茶飯事なのか、周囲の人たちも微笑ましそうに私たちを一瞥しただけで、気にした様子はない。
アクサナによると、ディディエ・トロー選手はかなりの人気者で、男女ともに人気があるらしい。
筋肉質で身長が高く、整った顔立ちから造形物のような見た目なのに、その物腰は柔らかで明るい。
そんな彼の人柄を見て、私も人気の理由に納得する気持ちだった。
強さも闘技場の中でも上位に入るそうだが、彼の試合は観客を楽しませることに重きを置いていて、戦闘の知識のない人にも楽しめるように考えられているそうだ。
そんなやり方を邪道だと言われ、風当りの強い頃もあったそうだが、彼は「応援してくれるファンが第一優先だ」と公言して憚らなかったらしい。
そんな彼の姿と、純粋な強さも兼ね備えていたこともあって、今ではここ闘技場のマスコットかアイドルのようなポジションの選手なんだとか。
「彼を慕うファンはたくさんいるのに、ああして一人一人の顔と名前を覚えようとしてくれるの。彼が貫いているファン第一主義って、私ほんとに大好きだわ」
なるほど、ディディエ・トロー選手は、見た目だけのアイドル選手ではないらしい。
私は嬉しそうに教えてくれるアクサナの話に、私まで嬉しくなるような気持で聞いていた。
アクサナは普段、彼がファンとの交流を目的にしたファンサ・デーなるイベントに出るたび通っており、闘技場の試合は結果や解説の載った雑誌や新聞を確認するだけのことが多いそうだが、来週の試合は休みを取ってでも観に行くと意気込んでいる。
「私も、次の観戦はディディエ・トロー選手の試合の日にしようかな」
そう言った私の手を取って、アクサナは「絶対後悔させないわ」と自信ありげに一緒に行くことを約束してくれた。
話に夢中になっていた私は、そんな会話をする私たちの様子を見ていた人がいたなんて、思ってもいなかった。




