推しのファンサが手厚すぎる!①
晴れた空、温かい日差しに、活気のある休日の王都の街。
今日は、ずっと楽しみにしていた、選手たちによるファンサービスイベントの日。
通称“ファンサ・デー”だ。
ファンサ・デーは闘技場の運営によって定期的に開催されているイベントだそうだ。
ファンサ・デーで登場する選手は、大抵がサービス精神旺盛なアイドル選手や、お貴族様のお抱え騎士など、広告塔のような役割をしている選手ばかり。
だというのに、どういう風の吹き回しか、今回開催されるファンサ・デーに私の“推し”が参加することになっているらしいのだ。
正直、かなり意外だった。
私のイチオシの選手、つまり“推し”は、決して社交的なタイプではない。
どちらかといえば、こういうイベントを嫌がりそうなタイプだ。
とはいえ、前シーズンではチャンピオンになった彼だ。
一ファンにすぎない私には分からない色々な事情があって、参加してくれることになったのだろう。
なにはともあれ、推しがイベントに参加してくれるなんて、ファンにとってこんなに有難いことはない。
そして、まさにそんなファンサ・デー当日の今日。
今日のために、私は一か月も前からダイエットをして贅肉を落とし、友人直伝の美容ドリンクを飲む毎日を送った。
昨日なんて、一緒にイベント(友人曰く“現場”)に参加する友人に言われるまま、一緒に美容室に行ったり、爪を磨いたり、パックをしたり。
そのまま私の家に泊まった友人と、今朝は早起きして朝風呂・むくみ取り・所要時間一時間越えのナチュラルメイクをしてから、満を持してファンサ・デーへと参加する。
アイドル選手の追っかけとして“現場”慣れしている友人とは違い、私は初めての“現場”に緊張してほとんど眠れなかった。
メイクに一時間かかったのだって、半分は目の下のクマを隠していた時間だったりする。
「緊張してきたよ~!」
「いつも落ち着いているドリーが取り乱してるの珍しいね」
友人アクサナは、いよいよ落ち着きのなくなった私を見ておかしそうに笑う。
彼女は私の推しではなく、闘技場の宣伝担当をしているアイドル選手を推している。
私よりファン歴はずっと長い。
つまり、ファンとしての先輩だ。
推しの概念すら知らなかった私に、“推しを推す”という道を教えてくれた、頼もしすぎる存在だ。
彼女曰く、今日のファンサ・デーでは、ファンは一人ずつ推しと対面して握手を交わすことができるらしい。
さらに、握手を交わす間、推しに「応援してます!」とか「好きです!」とか、直接伝えることもできるらしい。
なんだそれ、夢か?
そんなことを考えながらも、私は推しとの初めてのふれあいイベントを目前に、この日のために買ったワンピースの背中が変な汗でビッチャビチャになるのを感じていた。
+ + +
「“ドリー”。俺もそう呼ぶが、構わないな?」
「ひゃああ!? え? あ! ひゃい!」
これは、なんだ。
絶対におかしい。
あまりに理解不能かつ幸せすぎる状況に、私の心臓はいつ止まってもおかしくない。
ドゴンドゴンと、とても心臓の拍動とは思えない音が私の胸で鳴っている。
私は今、推しに握手をした手を掴むように握られたまま、逆に推しから話しかけられていた。
“蛮骨の狼、ヴォルフ・マーベリック”
私の推しであるヴォルフ様は、蛮骨と例えられる呼び名の通り、粗野でふてぶてしく、まるで荒くれ者のような見た目をしたお方だ。
闘技場の選手にしては細身の体躯でありながらも、その鋭い眼光が放つプレッシャーは凄まじい。
魔法を使うこともなく、剣とその身のみで対戦相手を打ち倒していく様はまるで、獰猛な牙で獲物を仕留める狼のようだ。
闘技場運営から発行されている季刊誌によれば、歳は私より三つ年上の二十五歳。
闘技場での試合中、他の選手たちと並べば細身に見えていた彼の体躯は、今目の前にすれば、戦闘のために極限まで鍛え絞り上げられたものだと分かる。
まして、手を握られた今の状態では、服に隠れた体の持つ力強い雄々しさすらも、はっきりと感じ取ることができてしまう。
彼が身につけているのは、彼のトレードマークになりつつある黒の上下の戦闘装束。
私はこれまで、試合に出場する彼を、観客席から穴が開くほどに見つめ、応援してきた。
その彼が今、試合に出ていた姿そのままで、目の前数十センチのところに立って、私の手を握っている。
黒に近い茶の色彩を持つ彼の瞳が、高い位置から私をまっすぐ射貫いていた。
この作品を見つけてくださりありがとうございます。
本日は5話分更新、ゴールデンウイーク中に完結まで行きたいと思っています。
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