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Bb......BACH

 ヨハン・セバスチャン・バッハは1999年の日本に生まれた。

 音楽家の家族たちに囲まれて。

 生まれたとき、バッハはメロディーで泣いた(生まれてくることは悲しい)。

 それをバッハの兄がふざけて後から追いかける。

 他の家族たちもそれに混じる。

 フーガ。


「せっちゃん」(というのが、幼い頃の彼のあだ名だった)

「なに、おばあちゃん」

「せっちゃんは、大きくなったら、何になるの? やっぱり、お父さんみたいに、音楽家かい?」

 バッハはその時電子ピアノを弾いていた。

 みんなで旅行に行った時に自分で作曲した『北海道組曲』。

 それを弾く手を止めて、

「いいや」

 とバッハはあっさりと首を振る。

 そして言った。

「ぼく、女の子になりたいんだ」

 おばあちゃんは少し驚いたが、微笑んだまま頷いた。

「せっちゃんなら、きっとなれるよ」

「うん」

 『北海道組曲』の続き。


 バッハは音楽の授業の成績がいつも悪かった。

 才能がないのではない。

 むしろありすぎて、授業が退屈すぎたのだ。

 音楽の先生のピアノが下手くそすぎて、笑ってしまう。

 こら、またバッハくんですか、静かにしなさい。

 だから音楽の授業がある日は憂鬱になる……音楽だって?

 あんなの音楽でもなんでもないのに、とバッハはわけがわからなくなる。


 ヨハン・セバスチャン・バッハの、他の成績はまあまあ普通だった。


 「二人しかいない放課後の教室」ってやつだった。

「バッハ、お前ってなんで女子みたいな格好して学校来てんの?」

 とフクヤマが言った。

「道徳で習わなかった? こういう子もいるのよ」

 とバッハは女の子の声で言う。すでに声変わりは済んでいたが、多少のボイストレーニングの結果、たやすく自分が発したいと望む声を、簡単にだすことができるようになっていた。

「いや、それはいいけどさ、時々お前が男だったか女だったかわからなくなる」

「じゃあ、見せてあげようか?」

 とバッハは勇気を出して言ってみた。

「え何を……ってうわあああ!? ばか、隠せ!」

「なんでそんなに大騒ぎするの。ただの男の体よ。温泉とか行ったら、普通に見るでしょ」

「そ、そうだよな」

「ほらほら、見とけよ見とけよ〜」

「淫夢じゃねーか」

 やがて裸になったバッハは、腕を回してフクヤマの体に絡みついてみる。

「やめろ……」

「ただの男の体よ。こんなのなんでもないでしょ?」

 とバッハはとぼけたふりをして言う。

「そ、そうだけど」

 それからバッハはフクヤマの耳をはむっと口にくわえた。

「あ」

 とフクヤマは声を漏らしたかと思うと、そのままバッハの腕の中から、するりと床に滑り落ちた。

「え? ねえ、大丈夫?」

 返事がない、ただのしかばねのようだ。

 というか気絶している。

 バッハは確信した。

 フクヤマはこれから、何度も何度もわたしで自慰をすることになるだろう。

 ざまあ見ろ!

 バッハは気絶しているフクヤマにそっとキスをした。

 バッハの心の中で、世にも美しい音楽が流れた。

 が、残念ながらそれは楽譜としてどこにも残されていない。


 音楽史。

 モーツァルト、ベートーベン、ブラームス、マーラー、シェーンベルグ、ジョン・ケージ。

 どれもみな素晴らしい。

 けれども何かが足りないような……?

 

 大人になったバッハは、女装クラブでろくな男と出会えなかった。

 体目当てのクズばっかりだ。

 数々の、そんな男たちに虐げられたバッハはやがて醜くなって、もはや「女の子」であることが不可能になり、もうしょうがない、ただの冴えない男として、今喫茶店で美味しいお茶を飲んでいる。

 そんなバッハの心の中でも音楽が流れた。

 それもまた美しかった。

 楽譜はない。

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