Aa......apple
私はりんごアレルギーである。
しかしりんごは好きだ。
古い唄……「りんごの唄」を可愛いと思う。
私は歌ってみる。
おほん。
赤いりんごに
唇寄せて
黙って見ている
青い空
りんごは何にも言わないけれど
りんごの気持ちは
よくわかる
りんご可愛や
可愛やりんご
歌っている間に、何人かの人とすれ違ったけれど、私は気にしなかった。
この歌の中で果物のりんごは、一人の女の子して扱われる。
りんごちゃんがむっつり黙っている。
彼女には何か言いたいことがある。
しかしなかなかそれが言い出せない。
上から(その「上」が何を意味するかはわからないが)言いたいことを言えない状況にさせられているのである。
でも、「りんごの気持ちはよくわかる」と言うのである。
本音が顔に出ているのではないか。
そういうところが、単純で、子供っぽくて、かわいそうで、可愛い。
でも、わたしは何を妄想しているのだろう?
存在しない女の子が、頭の中を離れなくなった。
ふと、顔を上げると(わたしはやや俯き加減で道を歩いていたのだった)、そこに、え、うそでしょ、なんと、「りんごちゃん」がこちらに向かって歩いて来ているではないか。
なんじゃありゃあ。
「りんごちゃん」は、うちの学校の制服を着ているのである。
なんじゃありゃあ。
私はあっけにとられたまま(無意識に口が開いていた)、「りんごちゃん」をひたすら見つめていた。
理想の女の子。
しかし、私も女だし、きっと彼女には「こういうアブノーマルな趣味」は、ないんじゃないか、とか思って、声をかけるのもためらわれた。
いや、私は女だからこそ、友達みたいな感じを目指して、何か声をかけることもできるんじゃないだろうか。
いやいやいや(と、私は首を振った)。
それだと、友達のフリなんか、できなくなって、暴走して、嫌われちゃう。
それぐらい可愛いと思う。
私は勝手に悲しくなった。
ばかみたい。
ばかなのだろう。
まだ何も始まってすらいないのに、こんなに色々ぐちゃぐちゃ考えて、苦しくなって。
「どうしたんですか」
と「りんごちゃん」の方から私に声をかけた。
「どうもしませんっ!」
とわたしは素っ頓狂な声をあげた。
「どうもしないわけないでしょう」
と「りんごちゃん」は笑った。
「さっきから、なんだか、そう、考え事をしているハムレットみたいに、ああでもない、こうでもない、という感じの動きをしていますよ……あっ、ひょっとして演劇とかやってるんですか」
「……」
「?」
しまった!
わたしは「りんごちゃん」の声を聞いているうちに幸せな気持ちになって来て、彼女の言ったことを半分も聞いていなかった。
ハムレットがなんとか言ってたっけ。
「『ハムレット』を読んだことあるの?」
とわたしは聞いた。
「りんごちゃん」はテレビとかで見る天皇陛下の映像のように笑って、何も言わなかった。
私は何か変なことを言っちゃったのではないか。
「りんごちゃん」は「じゃ」と言って、行ってしまった。
行ってしまった。
でも、きっとまた会えるよね。
同じ学校の制服だもん。
と、その時だった。
私の喉がたまらなく痒くなりだした。
私は喉をかきむしりながら、その場に倒れこみ、朦朧とする意識の中で、一度救急車の中で目を覚ましたような気がして、気がつくと病室の天井を見上げていた。
「りんごちゃん」のことを考えていた。