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リアルで会わない?

 やけに鮮明な感覚。すべすべの肌に、完璧に整った彼女の顔。なんだか現実味がない。

 もっとも、美少女に膝枕、なんて状況の時点で、現実味というものはどこかに行っているのだけれど、さらに不思議なのは、こっちも一流の美少女ってことだ。

 まあ、日常的にここに訪れているとだんだん慣れてきて、最近は現実の方に違和感すら覚えるわけだけど……とにかく、今、自分という美少女は、美少女の膝に頭をすりすりしている。

 んで、彼女は頭をなでなでしながら、二人で楽しく団欒するのだ。いつも話すのは、ゲームのこと、配信のこと、それからたまに、現実のこと。今日は……


「蝶々ちゃん……今度、リアルで合わない?」

「えぇ!?」


 意外なお誘いだった。彼女は、現実のことをほとんど明かしたがらないから、てっきりこの空間だけの関係でいたいのかと思っていた。


「いや、もし、蝶々ちゃんと、リアルでも会えたらなーって、ちょっと思っただけだから。嫌なら、全然……」


 ちょっと嫌そうな反応をしてしまっのだろうか。彼女は腕をぶんぶん振って、慌てて付け加える。可愛い……いやそうじゃなくて、困らせちゃったかな……


「うーん、どうしよう……ごめんね、もうちょっと時間くれる?  私、ネットの人とリアルで会ったりとかしたことなくて……」

「そうなの? うん。それは私もだけど……わかった。また決まったら教えてね。」


 頭を撫でる手が止まった。そして彼女は、「じゃあ、そろそろ落ちるね。」と、楽しげなままの表情とはズレた、少し悲しそうな声色で呟く。


「あ、待って……その前に。」


 出ていこうとする彼女を引き止め、そっと背を伸ばし唇を奪う。


「蝶々ちゃん……」


 不意を付かれ、目を丸くしていそうな彼女。けれどすぐに正気に戻って、今度は向こうから唇を触れ合わせる。

 重なる唇に、感覚はない。ソフトの仕様でこの手の行動には制限がかかる。そういう目的でのプレイヤーを避ける機能。個人チャットなら設定である程度解放できるけど、それでも、感触も、熱も、何も伝わらない。

 それで十分だった。彼女の顔が近づくと、それだけで胸は高鳴るし、彼女が、例え仮想の世界といえど唇を許してくれている、という事実だけで、心はいっぱいになるのだ。


「クロ子さん、またね。」

「うん。また。」


 そして彼女は、少し固まったかと思うと、一瞬にして姿を消した。


『黒々とした何がしかの粒子が退出しました。』


 残ったログをぼぉーっと眺めながら、さっきの彼女とのやりとりを反芻する。


「『リアルで会わない?』かぁ……どうしようかなぁー……」


   ***


「ねぇーどぉー思う? やっぱり会うべきかな。」


 ヘルメットを外し、ここは現実。疲れた首を労りながら、今日あったことを幼馴染に話す。

 ネット上のことはあんまり話題にしないけれど、今回のことは自分だけで判断するにはあまりに大きすぎる問題だった。


『どうってそりゃあ、アンタはクロ子さんと仲良いんでしょ? アンタだってリアルでも会いたいとか、思ってたんじゃないの?』

「それは、そうだけど……でも、万が一ってこともあるじゃない?」


 話しながら、ベッドの上で寝返りをうつ。携帯は軽いし、手で耳に添えるから、楽で良い。


『まあ、昔っからそういうところの危機感は強いからねぇ……チキンとも言う。』

「うーん、それに、危機感もそうなんだけど、何て言うのかな……クロ子さんに会ったら、自分の気持ちが変わらないか不安で……」

『あー……中身が予想と違いすぎてドン引きー、みたいな。』

「そこまでは言ってないけど、まあそんなところかな……」


 元々、仮想の世界では、現実の姿なんてどんなものか知れたものではないと思ってやってきた。だから、どんな人でも受け止める覚悟ではある。でも、いざとなるとちょっと不安。


『まー、それ言うならアンタも、可愛いロリっ子のはずが身長170の男だからねー。』

「失礼な。まだ168.5cmだよ。」

『でも、アバターからかけ離れてるのはそうでしょ。』


 うん。それは、そう。現実の自分ではたどり着けない、あの可愛らしい容姿……たとえ仮の姿でも、それを手に入れるために、あのサービスを始めたのだ。


『可愛いって言ってもらえて、デザインした身としては嬉しいよ〜。』

「あー、はいはい。その説はどうも。」

『まてよ……今思ったんだけど、クロ子さんって私の作ったモデルを好きになったわけでしてね、それ即ち私を好きになったのと同義では?』

「切っていいかな。」


 たまに、冗談半分の口調で的確に逆鱗をかすめてくるのは、何年経っても慣れない。

 本当に切ってやろうかと受話器のマークに手をかざした頃『まってまって!』と引き止める声がする。


『でもさ、クロ子さんもアンタの気持ちを、多少なりとも察しているからこそ、今までそういう話を持ちかけなかったんじゃないの?』


 良かった。真面目なアドバイスのようだ。


『だからさ、今回わざわざ会いたいって言ってきたのには、相応の理由があると思うんだよね。もちろん、それでアンタの不安が消えるわけじゃないけど……でも、前向きに検討してみたら?』

「うん……そうだね。もう二年近い付き合いになるわけだし、そろそろ会ってみるのも、いいかも。」

『うむ。何かあったら電話してよね。』


 それから長電話を「おやすみ」で切って、そのまま横になり少し考える。

 そういえば、彼女のこと、何も知らない。歳も、性別も、容姿も……あんなにいつも、一緒にいるのに。

 知るのは怖いけれど、でも、知りたい。矛盾した気持ちが、どこかへ逃げようとして、それを離れて見ていたもう一人の自分が、なんとか引き止めている。

 明日、会いたいって伝えよう。自分が逃げ出してしまう前に。

ほのぼのした恋愛ものにしたいな思いつつ、ゆっくり書き進めています。

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