染沙:蝶と紅月、独り酒3
「二藍殿に住まわれる姫君の扱いが、他の姫君らと違うのはなぜですか」
そう問うたのは連雲だった。話しぶりを聞いていると、連雲の上司は彼に、この隙間の存在を教えようとして連れ込んだらしい。煙管で草を燻らせて、一服していた。
私は自分のことを話されていると気づいて身を固くした。私は、お姉さまたちと違う扱いをされているのだろうか。自覚がなかっただけに、不安になる。聞かない方がいいかもしれない、と幼心に思ったが、なぜだろうか余計に聞いてみたくなった。
「ああ、あの可愛らしい公主様は、正妻の子供じゃないんだ。つまり、お二人の姉様とは母親が違うってことな。あのお方は__」 二人は身を寄せ合って小声になった。それでも、必死で音を拾っていた私にはなんとか聞き取れる大きさだった。
「天主様をたぶらかした婢女の子だよ。だから着物は全部姉様達のお下がりだし、殿の調度品も他の殿と比べたら貧相だ。まあそれでも豪勢な暮らしをされていることに変わりはないがな。まあ、しかし、天主様も鬼のような方だ。一度愛した女をあんなに残忍に見捨てるなんてなあ」
私は茫然自失で、とぼとぼと二藍殿に帰った。世界が一気に色褪せたものに感じられた。なにも気が付かなかった。
乳母が眠り薬にした話は、全部、他でもないおかあさまのこと。
私はただの、可哀そうな婢女の子。
お姉さまたちより劣っていて、情けでここに置かれている。
おとうさまが私のことをどう思われているのか、考えただけで恐ろしくなって泣いた。いくら泣いても泣き止まない私に、乳母は呆れて鞭を振るった。そういう仕打ちも私が婢女の子だから行われているのだと思ったら、痛いやら悲しいやらで、とめどなく流れる涙。太監達は必死に私の機嫌をとろうとしていたが、その姿すらも憎たらしくて彼らに暴言を浴びせかけた。
ついに皆が呆れて、憤って、私は二藍殿でひとりぼっちになった。
床に手足を放り出して、公主らしからぬ姿で大の字になった。
どうせ私は婢女の子だし。
勢いよく転がると、十歳の私の小さな肢体にぶつかるものがあった。
おとうさまが二日に一度私宛に送ってくる学問書たちだ。
数年の間にものすごい速さで増えていったそれらは書棚には入りきらず床に積まれた状態だった。
天子様には、たとえその子供でも、頻繁に会うことはできない。
しかしこの大量の書物は、おとうさまが私だけのために与えてくださったものだ。
もしかしたらおとうさまは、私のことを嫌ってはいないのかもしれない。
これが私に与えられた、おとうさまからの愛情なのかもしれない。
そしておとうさまは、私が学をつけることを望んでいらっしゃるのではないか?
ふと、ならば私は本気で学問を究めようと、そう思った。
十五になっても嫁ぎ先がないのはそのせいだけれど。