染沙:蝶と紅月、独り酒2
驢馬はゆっくりと、ゆっくりと歩を進める。
ちょっと前まで季節外れの、車軸を流すように猛烈な雨が降り続いていたのに、今では晴天だ。頭の下で腕を組んで仰向けになる。碧落。振動。流れる雲。業者の鼻歌。駆け回る太監たち。見知ったようなものと音。それでも新鮮に感じるのは、胸の高鳴りがあるから。
さて、一体どう都を見て回ろうかと思う。遅くとも、夕方までに帰ればいい。まずは明琳の用事をすませてしまわないと。そのあとは人波に流されながら屋台でも巡るか。適当に都合を立てる。
「んーっ」伸びをする。家族団欒の場所、皇内でも奥まった場所にある御花殿をやっと通り過ぎる。驢馬とは本当に歩みが遅い。都に下りるころには、もう日が暮れているんじゃないかしら。眠たくなってきた。こうしてすることがないとき、よく昔のことを思い出す。思い出したくもないことだ。だから、私は退屈が嫌い。退屈ばかりの後宮が嫌い。脱走事件を起こさないおねえさまたちの方がよっぽど危篤なのだと思うし、恵まれているのだと、僻みたくもなる。
現皇帝のおとうさま・夏秀と、彼が都で恋に落ちた婢女の間に生まれた子が私・染沙だった。お姉さまたちは正妻の子で、血と絆で結ばれた姉妹だが私は違う。
表向きには正妻の三姉妹の末ということになっているが、世を統べる天子様が身売りの娼婦と関係を持ったなんて一族の恥だと夏秀を言いくるめた軍機大臣の策略だった。
私は、私の身の上も知らず、無知に、無邪気に、幼
天子様をたぶらかした婢女は、他でもない天子様の命で、見世物みたいに殺された。
私が一つ目の年をとる前に、母だった人は罪人として切り捨てられた。
私を育てた乳母・斉麻は私が寝付く前には必ず子守歌替わりに哀れな婢女の話をした。無論それは母のことだったが、なにも知らぬ私は、可哀そうな人だ、どんな顔をしているのだろうか、おとうさまが惚れられたのだから、それはそれはお綺麗だったに違いない、と母を知らぬ女として夢想した。
少期を過ごした。
平穏が破られるのはいつだって悠久とも思える平凡な日々の中で、私は紫苑殿と緑青殿の狭い隙間を隠れ家に休息をとる太監達の愚痴の中で真実を知った。
私はその頃十歳で、二つ上の新入り太監が後宮に仕え始めるという話を耳にし、連日どうにか彼と仲良くなれないものかと密かに後をつけていた。
私の住まいが二藍殿の納戸ではなく二藍殿そのものであった頃。
普段からおとうさまが用意してくださる学問書を読んで一日をつぶしていた私にとって、彼ほど魅力的な人物はいなかった。その二つ上の太監というのが、現在の側近である連雲だ。
ある日、連雲が上司の太監に紫苑殿と緑青殿の間に連れ込まれるのがみえて、私は連日通り、その後をつけていった。隙間の手前で、悟られぬよう物音に耳を聳てる。