染沙:蝶と紅月、独り酒1
次から一話1000字程度にします。
明琳は、うまくやってくれているだろうか。
驢馬のひく荷車に揺られながら、私は着物を取り換えた女官を心配した。
どうしても人で賑わう北京を見たかった私・染沙は偶然納戸の前を通りかかった女官の明琳に声をかけた。明琳は人当たりがよく、私に対しても後宮お馴染み、可愛らしい公主様という先入観なく接してくれるので、友人のような付き合いをしていた。納戸に引き摺りこまれた彼女は珍しく青白い顔をして、その指先は氷のように冷たかった。どうせ都を歩き回って疲れたのだろうと言うと、ええ、ええ、そうなのですよ。と弱弱しく笑っていた。
「それにしても、本当に体調が悪そうね、明琳。もしよかったら、ここで休んでいかない?」
「駄目ですよ、私はこれから、また都へ下りなければならないので」
「ええ、また?」
幾度も都と後宮を往復するような仕事があるかしら、と私は首を傾げる。
「じゃあ、私が代わりに行ってあげるわ。着物を貸して?明琳は私の着物を着て、ここで休んでいればいいわよ」
明琳は青白い顔をもはや黒くして首を振る。
「駄目です駄目です、やめてください」
ほとんど暴力に近いことをしたと思う。着物を引っぺがして綺麗に結い上げられた髪を解くと、その長さは私とほとんど変わらなかった。ちょうどいい。着物を脱いで明琳に着せた。私は適当に髪を結い上げて、女官明琳の完成。明琳のうねった髪に櫛を通してやれば、これまた、染沙公主の完成だ。なにもかも完璧。
「ちょ、ちょっと染沙様……無理ですよ。太監にばれて叱咤されてしまいます」
「大丈夫。私に無理を言われて断り切れなかったと言えばいいわ。体調が悪いんでしょ。休んでいた方がいいわよ」
これ以上聞くまいと私は納戸の外に飛びだす。
「あ、そういえば。都でのお仕事ってなに?私、すませてくるわ」
「もう大丈夫ですから、着物をお返しください。染沙様」
「大丈夫だって。ほら、言って?」
「……銀髪の刀子匠に、弟を預けていて、この荷物を届けなければ」
「銀髪の?」
おずおずと明琳は風呂敷に包んだ荷物を差し出した。
「ありがとう、明琳。納戸からでなければ、ばれないからね」
もう人間の色ではないような顔をした明琳をおいて、荷物を抱きしめて私は駆けだす。
太監たちの目を盗みなんとか後宮を抜け出すことができた。女官に成り代わるという手が有効だ、なんて盲点だ。後宮内はいつもと変わらない、と連雲が言っていたが、後宮に仕える者たちは普段から忙しくしているのだろう。明琳の服を借りた私が都に下りようとするのを咎めた者はいなかった。ただ、後宮を出てから天安門をくぐるまでの距離が長すぎる。そこで運よく後宮前に止まっていた荷車に乗り込んだ。荷台には衣類や巻物、野菜や果実が山盛りに積まれていて、私一人が加わったところで目立たなかった。
ああ、恐ろしいくらい、うまくいった。