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連雲:沈黙と花火

「おう、連雲じゃねえの。どうした?またあの可愛らしい公主様が面倒を言い出したか?」

後宮にいてはなかなか聞かない汚い言葉遣いで私に問いかけてきたのは、庭先で鳥たちを追い払っていたらしい太監の梨生リーシャオだ。

砂埃に汚れた着物と乱れた髷をしてそんな野蛮な言葉遣いをするものだからどこぞの盗賊かに見えなくもないが、彼は聡い。

年の近い太監の中でも出世候補で、気立ての良さから後宮の姫君たちに好かれている。梨生は同輩の私に対しても気さくに話しかけてくれ、後宮内で唯一腹を割って話せる相手だ。

「仕事中だろう、ちゃんと北京言葉を使えよ」

「いいじゃねえか、別に。そんなことより、あの可愛らしい公主様は、なんて仰ったんだ?」

「検討はついてるだろうに」

まあなあ、と首を回しながら梨生は髷を解いた。

肩ほどある髪に手櫛をかけると、商家でぬくぬく育った少爺シャオイエの如く艶が出る。こんな好色漢、太監の立場に甘んじるならば天が放っておくまい。

ふと、梨生の大きな瞳が大廊下に向いた。

「京太監様だ、場所を変えよう」

私たちはそそくさと、染沙様の住まう納戸を離れた。


後宮は五つの御殿に分かれている。天子様の長女・陽蘭ヨウラン様が住まわれるのが紅梅殿で、次女、水波様は紫苑殿、そして染沙様がお住まいの納戸の一帯が二藍殿であり、皇后様は葵殿に住まわれている。あとは太監や女官が書物や薬草、料理などを行う後宮の心臓ともいえる緑青殿である。

私たち下級太監がもっぱら休息に使っているのは、人通りの少ない紫苑殿と緑青殿の間にある、人ひとりがはいるのにやっとな殿の隙間。

石造りの床に腰を下ろして、ほんの数十分、薬草庫から持ち出した草と煙管で一服するのだ。

たまに頭の狂った太監がアヘンを吸って、上級の太監様らに滅多打ちにされ二度と戻らないこともあるが、どうやらこの隙間のことは露見していないらしい。

「私がしくじったんだ。都で科挙試験が行われていることを思い出して、今日は花火が上がるかもしれないと外の様子をお教えしたら、それがまずかったらしい」

「なるほどな、外に出たくてたまらないってか。それはお前が悪いよ、連雲。染沙様はもう一月も前から後宮中の太監に釘を刺されてるんだ。今日はそうっとしておこうって不文律がわからなかったか?本当に空気読めねえよな。お前は、大好きな染沙様を喜ばせたくてしかたがないもの。風呂入っても便所に行っても、ぶつぶつぶつぶつ学問ばっかり」

「そんなんじゃない、恋心なわけあるか」

私は必死で弁明した。

男をなくした太監が誰かと恋に落ちたり、ましてやお仕えしている公主様に色目をつかっているなんてことがばれたら一昼夜鞭を打ち続けられ最後には八つ裂きにされてしまう。後宮内の太監間ではそう言い伝えられている。

「太監にも読み書きが必要だろ?出世したいんだよ、私は」

「ふん、お前は端から見ても分かりやすいからなあ。気をつけな。そういう感情はよくねえ。分かってるだろ、八つ裂きにされたいのか?」

別に、と私は言い淀む。

梨生が袖に隠しておいたという草と煙管で、私たちはかわるがわるに呼吸した。私に順番が回ってきたとき、梨生は私のことを、滑稽でかわいそうなやつだと笑った。太監になりたての童でも、お前よりかもっと上手くやれるだろうさ、と。

「そもそも、なんだって不文律にするのが悪いんだ。大切なことはちゃんと顔を見て、目を見て、言うべきだろ?言わないなんて酷いじゃないか」

「ま、心配するこたねえよ。宵の頃には厳戒態勢だ。たかが可愛らしい、愛すべき公主様お一人にな」

ああ、私は生返事をして、胸騒ぎを落ち着けるようにもう一度、深く煙を吸い込んだ。


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