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連雲:沈黙と花火

「天子様に申し上げます。都に今もなお降り続く淫雨は、先代皇帝・寧梁ネイリャン帝の呪いでありまする」


天子様の城、紫禁城に大清国一の易者が呼び出された。

季節外れに降り続く不気味な雨についての見解を述べよ、という天子様直々のお達しに対し、先代皇帝の呪いだと告げた易者は現天子・夏秀様の機嫌を損ねて牢屋に入れられた。

それからすぐに雨はやんだが、紫禁城内の政治家たちは、西洋への調査やら科挙試験の準備やら、慌ただしい日々を送っているそうだ。


その一方で、後宮には悠久とも思えるほど緩やかに時が流れていた。


私が後宮に太監として勤め始めて、はやいことで五年が経とうとしている。

北京郊外で糞拾いとして、足の悪い父と病気がちな母、まだ幼い妹たちの食いぶちを稼いでいた十二のころ、確か七年前だっただろうか、私、連雲₍レンウン₎は人攫いにあった。

売り飛ばされた先は都の名門刀子匠、男たちを浄身させ太監として作り変える職人たちが代々継いでいる店。

刀子匠は、男根を切り、太監をつくる。つまり、私の男はじきに切り捨てられ、太監として女系王族の城、後宮へ送られるのだ。

そう勘付いた後の私はもう必死だった。太監になるなんて、男根を切るなんて、人間が耐えられる所業じゃない。まだ郊外にいたころ、風の噂で聞いたことがあった。浄身している最中に命を落とした者もいると。過去に糞を拾い歩いたの先々で盗み聞いた言葉たちが私の恐怖を増長させた。

籠からやっとこさ這い出て藁に転がり出た私は短身で、餌にありつけない猫のように痩せぎすだった。

そんな私をふいに、ひょいと大男が抱き上げた。私は両手足をある限りの力で振り回した。ガンッ。男は暴れる私を一発殴っておとなしくさせると、首根っこをひっつかんで個室につれこんだ。

壁一面に金箔をおされ浮世離れしたその部屋で、私と男は向かい合った。

その男の顔を、私は一生涯忘れることはないだろうと思う。大きな傷が片目を裂き、返り血が頬に飛んでいた。にやりと笑うと鬼のように皴ができ、私の肝を掴みまさぐる様は恐ろしくて恐ろしくて、私は吐いた。

いくら吐いても、えずきはおさまるところをしらず、そのえずきは私の太監としての勤めの際にもたびたび催すことがある。

そのあとのことは、よく覚えていない。

痛みと恐怖の中で気が狂ってしまったのだろうが、覚えていないというのは私にとって都合のいいことだった。もしきっちり始めから終わりまで覚えていたなら、私は勤め先でところ構わず吐瀉物を吐き散らしていただろうから。

私は読み書きを習うほどの金持ちに生まれたわけではなく、わけもわからぬまま人攫いにあい、わけもわからぬまま太監になった。なんて薄幸な人生だろうかと、我ながらに思う。


そしてわけもわからぬまま先代天子・夏秀カシュ様の末娘、染沙ソシャ様の身の回りの世話を仰せ付けられたのだが、これが私の十七年の人生で一番の僥倖であった。




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