9 魔王様と旅立ち
勇者の剣イベントを終え、一番再会したくなかった勇者と再会したり、ユウがしなくていい怪我をして俺が治したり。
最初から決まっていた気もするが、魔王城に行くという目的も決まったし。
これで一段落かな。と思ったら背後から息を呑む声が聞こえた。
なんだなんだ。
レイランの素振りも終わって、転んだ拍子に投げ出された勇者の剣がぞんざいに放置されてからも時間が空いているぞ?
何に対してそんな切羽詰まった反応をしたんだ?
ユウが剣を拾い上げている間に俺は忘れかけていた観衆の方を向く。
そういや俺等の世界には魔法は無いって説明したっけ。
魔法陣は出ていなくても魔力の動きで魔法が発動されたことは感じられる筈だ。
現に騎士も驚いているけど、魔法使いらしき人達の方が驚いているし。
にしてもオーバーじゃない?俺を指差して開いた口が塞がらない奴までいるよ。
「あー、俺はこれだけは魔法?が使えるんだよ。戦闘向きじゃないけど」
降参みたいに両手を挙げて白状する俺。
「魔法がない世界と言っていましたな、それではこちらに来てから?」
少し険しい顔のアルセウス王が問うて来る。
「ああ、いえ。マオは向こうにいた時から使えたんですよ」
俺の代わりに答えたのは剣を拾って戻って来たユウだった。
そんなバカ正直に答えなくても…と思ったが、よく考えたらこんな当たり前みたいに使ってるわりにこっちに来てから魔法に触れる機会って無かったわ。
「そうですか…いやはや、詠唱も魔法陣も無しにそんな高度な魔法が展開されるとは。恐れ入りました」
「向こうには超能力者と呼ばれる魔法使いみたいな人達もいますが、そう言った演出はほぼ無いですね。まぁ大体が偽者ですけど」
どうやらユウは俺の力を超能力の類いとして認識していたらしい。
確かに向こうの世界に実在するならば、超能力の方が魔法よりも現実味があるか。
人間は魔力を外から借りて魔法を使うから、その中継として詠唱や魔法陣を必要としている。
対して魔物は自分の体内の魔素を魔力に変換して使うから、体を動かすのと同じ感覚で魔力を動かす。
つまりは魔物には詠唱も魔法陣も要らない。
ただ人間は借り物だからこそ幅広い種類の魔法を発動できる反面、魔物は種によって潜在的に持っている固有魔法しか使えないとか、生命力と兼用の魔力をそんなばかすか使うのは自殺行為だとか、その辺は一長一短である。
数千年前の記憶を辿るに、人間の中にも魔法を極めて無詠唱を実現した魔導師だ賢者だと呼ばれている者はいた筈だが、この分だと未だに一般的な普及には至っていないらしい。
俺としては詠唱も魔法陣もカッコイイから好きなんだけど、人間からしたらただの手間なんだよな。
その昔ビジュアルに惚れて…基、サポート性に目を付けて俺も手を出したことはあったが、制御力を上げても余りある俺の才能の無さを前にうちひしがれるしかなかった。
でも折角だから【異世界転移】にはゲートとなる範囲が分かりやすいように魔法陣を展開するようにしたし、全てが無駄に終わったわけではない。
【治癒】は魔法というより代謝の向上程度の認識だし、救急にそんな手間を付けるメリットは無いのでそのまま使える状態だけど。
そう言えば以前この世界の町を観光している時、回復系の魔法が使えるのは貴重だと聞いた気がする。
人間は火や水なんかの属性が明快なものはイメージしやすい反面、自然界の何処にも属さないっぽい魔法を創るのが苦手みたいなんだよな。
で、代わりに怪我にはポーションを使うのが主流だと。
魔物には寧ろ「薬」という概念が無かったからかなり衝撃的な出会いだったけど、少しでも荷物の圧迫を避けたい冒険者達は回復役捜しに躍起になっていたっけ。
「勇者様と癒しの御手様がパーティを組むのでしたら最強ですね!」
「ああ、これは魔王討伐も案外早く終わるかもしれないぞ!」
ん?ちょっと傷を治しただけでえらい肩書きが付いたように聞こえたぞ?
「癒しの御手様だって…ハハ、良かったね」
「勘弁してくれ」
俺の肩にぽん、と手を置いたユウが励まし?の言葉をかけてきた。
「勇者」も何だったけど、「癒しの御手」って。
外野さんよ、そんな聖女みたいな呼び方は勘弁して欲しいんですけど。
なんで一々魔王からかけ離れた肩書きになっちゃうかな。
これは絶対何処からか聞き付けたピーたんに酸欠になるまで笑われるじゃんか。
「…あんま広めないでくれよ?その呼び方…」
「はっ、そうですな。そのような強力な治癒魔法が使えると分かれば悪用を企む者も居りましょう」
「あれ?マオ、案外嬉しくなさそう。もっとそれらしい肩書きの方が良いのかな」
俺の反応を強い力だから隠したいのだと勘違いしたアルセウス王が今いる面子に箝口令を敷く。俺としては恥ずかしいから口止めしたいだけなんだけど、広まらないなら理由は何でもいいか。
で、ユウさん?それらしいって何。
友人に中二病だと思われていると思ってもみない俺は「それらしい=イタイやつ」だとは察せなかった。
「今日はもう遅くなってしまいましたな、町には明日の内にパレードの知らせを行き渡らせましょうぞ」
「ユウ、マオ、出発は明後日になってしまいますが、それでも宜しいですか?」
カラスみたいな鳥が夕日に向かって飛び去る姿に視線をやったアルセウス王が、次いでてきぱきと国民へのパレードの通達について部下達に指示を出していく。
明日には旅立てとか言われるものと思っていたのだが、パレードは城から門までの公道を塞いで使うみたいだから今日中に話を通すのは難しい話しか。
そう考えるとテレビや電話なんて機器も無いだろうによくそんなハイペースでパレードに漕ぎ着けられるものだと寧ろ感心してしまう。
それだけ魔王討伐が最優先で勇者が期待されているということなんだろうけど。
でも明日は丸一日休めるのか。
「明日は休みかぁ、マオが町に行ったお陰だね」
「え、あ。」
そうか。さっさと剣を抜いて勇者が決まっちゃえば明日にはパレードができてたかもしれないのか。
…まぁいいよな、一日くらい。
討伐対象はここにいるんだし。
…………
……………………
二日目は一日中城の与えられた部屋でごろごろしていた。
用が無ければ出来るだけ出歩かない方がいいとカティからやんわり釘を刺されたとも言う。
人間社会は色々面倒らしいからな。
勇者を召喚したことを広めなきゃいけないけど、そんなレアキャラならば政治利用したい奴等も湧いてくる。
その辺の輩の規制を王様達がやってくれているっぽいけど、隙を突いて俺等に接触しようと画策する不届き者は少なくなさそうだ。
以上、暇に明かして人より良い五感を働かせて得た情報でした。まる。
勇者の召喚は数千年越しの偉業だろうに、出来るだけ俺等の人権を尊重してくれる王様達への好感度は上がるばかりだ。
過去に魔王城に来た奴等のことを考えると、結構無理矢理討伐に駆り出されて来たっぽい勇者も少なくなかったからなぁ。
取り敢えず善意には善意で。平和をもたらすことで恩返しをしようと思う。俺が魔王だけど。
因みに俺にも武器を、という話はあったが剣も弓も使えないし、それならその辺の石を投げた方が早いと断ったらあっさり納得してもらえた。
ユウはまた剣の素振りでもするのかと思われていたみたいだが、レイランが昨日の素振りで充分だと判断したとなれば、じゃあ指導を。なんてなるわけはなく。
となればド素人一人でやれることもなく。
気付いたら勇者二人はチェスっぽいボードゲームで遊んでいた。
確かにそれなら口さえ利けりゃユウが駒を動かしてゲームが成り立つわな。
ユウがそんなアナログなゲームもやるとか、そもそも戦闘狂のレイランがゲームのルールを知っているとか言うことには驚いたけど。
そうか。そのゲームを知らないのは俺だけか。
なんて地味にショックな事実を知りつつ暇していたら、カティに呼び出されて「旅の途中で妹を見付けたら保護して欲しい」とか言われたりもした。
なんでも魔王の暴挙を止めるために単身魔王城に行っちゃったんだと。
なんて勇ましい姫様だ。と冗談目かして言いつつ、世間知らずのお姫様じゃ人間の暴漢も怖いよな、と内心では正義感溢れる妹の身を案じるカティに同情していたら、例の投擲の的に辛うじて届いた人間やめちゃってる感じの人物がその姫様だった。
カティさんはマジで魔王城での戦闘を視野に入れて心配していた。
取り敢えず近々城の奴等には姫様注意報…基、保護を求めておこう。
「いくらあの子が強くても、流石に一人で魔王を討伐するなんて無謀でしょ?」
「…まさか勇者召喚したのって身内が心配だからじゃ…」
「…………ニコッ」
そんな純粋に不純な動機への答えは貰えなかった。
そして翌、パレードの当日。
チェス擬きを朝方までやっていたとは思えない程平常な勇者組と落ち合い、メイドさんに案内されるまま一昨日振りの王の間に行く。
睡眠欲は無いけど朝は苦手な俺とは違い、王様達も既にしっかり正装を纏っていた。
アルセウス王なんて昨日よりも重そうな装備だ。
機動力を捨てた分、防御力が高そう。
「僕達の制服ってなんか浮いてるね、防具くらい貰えば良かったかな」
『んな動きを制限するもんが何の役に立つっつうんだ。要らん』
「学生の制服って冠婚葬祭に使える万能アイテムだろ?なんか問題ある?」
がっつり鎧を纏った兵士達が左右を固めるていのを見てこそっと耳打ちしてきたユウに対しての俺等の回答である。
まぁブレザーもないし、布地の厚み的にはちょっと贅沢した平民程度の防御力だもんな。
地球イメージだとフランクっちゃ、フランクか。
しかし侮ることなかれ。この制服は異世界産、つまりは超希少な激レアアイテムとも言えるのだ。だからまず誰からも文句は上がらないだろう。
レアリティだけで見るならば学生お馴染みのこの制服が一国のどんな宝石よりも希少なのだから。
まぁ俺は単に異国の衣類って物珍しさだけで脱ぎたくないんだけどな!
でもユウには後々防御面も補える装備を見繕うに越したことはないかもしれない。レイランが却下しない程度のやつ。
パレードには異世界人の証も兼ねて制服で出席してるけど、ユウのスラックスはころんだ時に破たところを応急処置してあるだけだし。と俺は一人密かに納得したのだった。
「皆の者!彼の者が数千年振りに伝説に導かれし勇者達である!」
パレードの主役とはいえ特にやることもない俺等が雑談にかまけていたら、アルセウス王からのお呼びがかかった。
話に夢中で開始の合図も聞いていなかったよ。ゴメンな王様。
どうやら結局「二人とも勇者」として発表することになったらしい。
身元の保証としては妥当なとこか。
俺も「勇者」と「癒しの御手」なら勇者の方がまだマシだわ。
「二人とも肝が据わっているね」
とはカティの言葉である。
「盛大なパーティとは縁遠いもので。実感無いんですよね」
とはユウの言葉である。
めっちゃ民衆の声が轟いているのにまだ実感無いですか。
因みに俺は一応魔王なので今のアルセウス王みたいに城のバルコニーから演説してみたこともあったりする。
だから長い口上は向いていなかったが、群衆に姿を見せる程度では緊張しない。
「「「「ワァァァァァッ!」」」」
「おぉ…」
とは言えこれだけ沢山の人間なんて俺を討伐しに軍隊が攻めて来た時くらいしか見たことが無かったから、歓迎ムードにはちょっと感動してしまった。
『全く煩い奴等だ。俺の眠りを妨げるとは』
「あはは…」
「勇者の剣」として出席…ユウに所持されているレイランは、鞘から抜いて掲げられたことで滅茶苦茶不機嫌になっている。
当初は「鞘なんか要らない」とごねていたが、剥き身で持ち歩くわけにもいかないからと、ちゃんと保管されていたこの剣の鞘を出してもらって何とか入ってもらった、までは良かった。
今度は暗くて静かで寝やすいと、戦闘以外では引きこもるようになりやがったのだ。
『俺が召喚された頃はここまでウザったらしく無かったぞ』
『時代が違うだろ』
レイランの悪態には口には出さないで突っ込んだおいた。
城からの顔見せが済んで、次はいよいよ旅立ちである。
門で見送るというカティと共に、一足早くアルセウス王に別れを告げ、馬車の止めてあるところまで行く。
そして白馬が待機する立派なそれに足をかける。
「ブルル…」
動物って敏感だからね、抑えていても魔力感じ取って怖がられちゃうことが多いんだよね、俺。
「あれ?なんだか機嫌悪いのかな」
流石は城所有の馬。俺への威嚇か警告か。ちら、と俺の方を見て唸ったけど、その後のアクションは起こさないらしい。
でも警戒心剥き出しのままだ。人の言葉が話せたら「こいつ魔物ですぜ」てさくっとバラされそう。
てか主のカティと一緒にいなかったら襲われていてもおかしくないわ。
「きっと大舞台でヤル気満々ってことだろ!」
不機嫌の原因は俺なので適当に馬をフォローしておく。
俺がヘマしなきゃこいつは仕事を全うしてくれるに違いないので、俺のせいでレッテルを貼られるのは可哀想だ。
「うーん、そうかなぁ?うん、きっとそうだね」
首をかしげたカティも仕事に差し支えないならと深く考えるのをやめたらしい。
「それでは参ります」
「お願いします」
御者の人から声がかかって、カポカポと石畳を歩きだす蹄の音が響く。
そんな些細な音は開門した時点で完全に打ち消されたのだった。
「「「「ワァァァァァッ!」」」」
言葉と雄叫びを聞き分けるのも億劫になるほどの凄まじい喚声。
城のバルコニーから顔出しをした時よりも大きく轟くのは、距離が近付いたからだけではないだろう。
人より良い耳を持つ俺にはもはやこれは攻撃のようで、つい反射的に耳を塞いでしまった。
応援してくれているのに申し訳ないから、まだ俺等の姿が民衆に見えない内で良かったと思う。
「防音設備が欲しくなるね」
『おい、鞘の中にまで聞こえてんぞ。黙らせろ』
「無茶言うな」
勇者組にも堪えたようだ。魔物と戦う前からHPが削られている気分である。
「あ、すみません、今膜を張りますね」
そう言って馬車に備え付けの王族御用達魔導具をカティが発動してくれると、見えない膜が馬車を覆い音が落ち着いた。
結界の一種かな。
街中に出てなに食わぬ顔で街の人々に手を振ったり、群衆の中にピーたんを見付けて前のめりになった俺が膜の外に頭を出して喚声でダメージを食らったのは余談である。
「近い内に我が国以外でも勇者の顔は周知されることでしょうね」
門に近付いた頃、懐から取り出した巾着を俺等に手渡すカティが言う。
小さい袋ながら中身は銀貨だったので、当分食うに困ることはなさそうだ。
因みに知られるといっても旅人の伝聞や商人間で情報交換内でのことだから、有名になって芸能人みたいに外出先で困っちゃうことはないらしい。
写真技術や情報系統が地球よりも発達していない世界なので、一般人の中ではお得意様から指名手配まで人の所在を独自のルートでマークしている大商会くらいしかまともに伝聞できてないだろうとのこと。
そんな身元不確かな状態じゃ色々困るだろうからと、巾着とは別に金貨──否、王章の彫られたコインも貰った。これを見せればセイルリードが後ろ楯にいると分かってもらえる中々便利なものだそうだ。
件の大商会でこのコインを提示すれば旅費が足りなくなっても借してくれるらしい。
そんなスゴい物を貰ったので代わりと言っちゃなんだが、俺からはお礼にお気に入りの缶バッチをあげることにした。
勇者とか召喚しちゃう神聖な雰囲気の国の王子様に「地獄の」番犬デザインってどうよと思わなくもなかったけど、カッコイイじゃん?
本物ならば町の人々なんて一呑みで片付けられちゃいそうな極悪な迫力だけど、デザインだからセーフってことで。
隣でユウが、マオって告白して来た女の子と付き合っては誕生日にそういうのあげて別れられていたよね。と苦笑していた。
気に入っている物をあげて怒られた心意がいまだに分かってない俺である。
カティは笑顔で受け取ってくれたし、女の子にはもっと可愛いデザインが良かったんだろうか。
「お二人の強さならば大丈夫だと信じていますが、どうかご無事で」
「ありがとうございます」
「んじゃま、行ってくるわ」
『…zzz』
こうして俺等の魔王討伐の旅は幕を開けたのだった。
これで一章目の区切りとなります。
少しでも面白い、続きを読んでみても良いかな、と思っていただければ幸いです。
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(誤字脱字文法ミス等の指摘も有りましたら是非…)
引き続き水曜日更新となりますので、気が向いたら覗いてやってください。
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