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8 魔王様は魔法使い

「ん?」


 俺からの不可解なタイミングでの謝罪に首をかしげるユウ。

 その周囲にいる人々も、やっと動いた俺が剣を抜かずそんな台詞を放つものだから怪訝そうな顔をしている。


「チェンジだ」

「マオ、まだ抜いてみてないじゃない」

「…ご指名なんだよ」


 指で俺とユウが入れ替わるジェスチャーをしながら肩を落としてユウを呼ぶ。


 勇者の剣からの、とはあまり言いたくなかったが、剣に触れた人間にはこいつの声が聞こえるようなので、これから所有者になるユウは遅かれ早かれこいつと話すはめになるだろう。


 隠すのは無理だ。と言うか体を操る云々は本人と直談判してください。


「もしやマオ殿、貴方も"声"を聞かれたか」


 そんな中、アルセウス王だけは何かを察したように口を開いた。

 王様の場合はその声の主が誰だかは分かっていないようなので、相応しい者を選別する天啓みたいなものだと思っているんだと思う。


 でもまぁ共通の声を指しているようなので取り敢えず肯定をする。


「本当に聞こえるんだ…」


 そんな胸を撫で下ろす呟きがカティ辺りから聞こえたのは気のせいじゃないはずだ。


 父親がとち狂って聞いた幻聴説も拭えなかったからな。

 そりゃ息子としては安堵もするか。

 

『約束は守れよ』

『ああ。お前と戦えるならば、それくらいお安いご用さ』


 勇者に釘だけ刺して、その場を離れる。


 今すぐにでも戦いたい勇者に、俺は幾つかの条件を出した。

 それは向こうとしてもデメリットではない内容なので、提案はすんなりと受け入れられたのだ。


「じゃあ、行きます」


 それでもユウが剣を握り、「抜けない」という話が嘘のようにすんなりと台座から剣の全貌が現れ、


「おー、勇者っぽい」


 背後の観衆の歓声と、温度差の激しい気の抜けたユウの声が聞こえるまでは安心ができなかったけど。


『安心しろ"マオ"。約束は約束だ』


 気が気じゃない俺とは対称的に愉しそうに笑う勇者。


 この勇者に出した条件は二つ。


 一つは俺が魔王であるとバラさないこと。

 もう一つは俺等の目的が達されるまでは協力すること、だ。


 俺が魔王と知られれば討伐隊やなんやがサシの戦いに水を差すし、身体強化がされているとはいえ今さっき勇者になったユウは素人だ。


 だから今すぐ戦うのは得策じゃないと言ったらあっさり承諾が得られた。

 寝首を掻く趣味はない奴だから、その辺は大丈夫だろう。


『お前の名はユウ、か。俺はレイランだ』

「あ、はい、宜しくレイさん」

『お前、そんな名前だったのか』


 ユウ達が軽い自己紹介を交わしている所で初めて知る勇者の名前。


 そういや俺もあいつも「勇者」「魔王」で呼んでたわ。

 俺自身がマオと名乗り出したのが比較的最近で、それまでは「魔王」が名前代わりだったから気にしていなかった。


 因みにレイランの声は剣を持っている人間にしか聞こえないらしい。

 俺の場合は「その手の」会話方法になれているから近くにいるだけで聞こえるんだけど。


『で?俺を抜いてお前等は何をしたいんだ?』

「当時のレイさんと同じですよ、魔王を討伐しに行くんです」

『ほう?マオを討伐ね…』


 どうやらレイランが過去の勇者だとも聞いたらしいユウが敬語で応答する。

 そしたら剣の蒼い石が怪しく光った。


 レイランの奴…絶対わざと言い換えただろう。

 俺じゃなくて魔王だよ。倒すのは。


『ん?しかし魔王は一体しかいないだろう』


 俺の思考に割って入ったレイランが、一応ユウの手前濁して問うてきた。


 その疑問を「魔王は自分が当時倒した一体しかいないのでは?」だと解釈したユウが新たに現れたとか何とか王様達の仮説をレイランに説明している。


 そーなんだよなー。それが問題なんだよ。


 この世界が俺の住む世界である以上、魔王は今も昔も俺しかいない筈だ。

 もし魔王と呼ばれる新たな存在が確認されているならば、俺が知らないのはおかしいし。


 別に古参の魔王に挨拶しに来い!とかは言わない。でも人間にそれだけ驚異とされているならば、魔物間でも噂にくらいはなっているだろう。


 特にピーたんは勇者を喚ぶこの国や他の国々で道化活動をしているくらだ。

 何かしらの話を耳にしていても不思議ではない。


 約一年前なぁ。丁度俺が異世界で学生生活を始めた頃だ。

 この魔王不在を狙って何者かが人間を攻め入り出したのだろうか。

 あるいは俺が唯一使える魔法とも言える【異世界転移】を使った俺の魔力を関知した人間側が、魔物の襲来と魔王の暗躍を勝手に結び付けちゃったとか?


 …無くは無いな。

 てか後者だとラスボス不在で平和的に終るしありがたいんだけど。


『ふむ。ならば魔王城に行くしかあるまいな』

『俺ん家?』

『道中で敵を見つけたならば倒せば良い。いないならば魔王を倒せば良い』


 名案とばかりにレイランが何の捻りもない作戦を告げる。

 こいつのはあれだな。魔王領の中心にある俺ん家まで行けば、討伐隊とか気にせず存分に俺と戦えるとか思って言っているに違いない。


 でもまぁ、他に手がかりもないしまずは家に帰るしかないか。

 ちょっと憧れていたんだよな。友達を家に呼ぶって。


『お前、本当におめでたい奴だな』

『勇者様は黙ってろ』


 俺だって色々突っ込みたい部分があるのは承知の上である。


 しかしユウが勇者の剣を抜いた以上、魔王討伐に行くのは決定事項みたいなものだし。その目的地って俺ん家だし。それならば討伐に来ると思うより、遊びに来ると思いたい魔王心である。


 別口で黒幕がいた場合は俺が何とかするとして、ユウには魔王城でダミーの魔王でも倒してもらおうかな。

 そんで討伐の暁には元の世界への帰り道が現れる、というのは結構自然な流れでいける気がする。


『ところでユウ。俺は戦闘時、お前の体を使って戦うが問題ねぇな?』

「あ、そっかレイさん剣ですもんね。良いですよ」

「ちょ、ユウさん?そんな簡単に…」

『安心しろ。この俺がそこ等の雑魚相手に怪我のひとつでもする分けがねぇだろ』

「俺、お前のその自信嫌い…」


 こうして俺の頑張り虚しく新旧勇者がタッグを組み、魔王討伐に行くことが決まったのだった。


『んじゃユウ、ちょっくら体貸せ。素振りしてみる』

『そんなこと言ってお前、斬りかからないよな』

『俺だって剣になってからの戦いは初めてなんだ。具合を確認するのは当然だろ?』

「良いですよ」


 警戒心の高い俺に対して、なんの躊躇も無く体の使用を許可するユウ。

 おま、体乗っ取られるんだぞ?なんでそんな簡単に頷けるんだ。


「マオは心配性だね。大丈夫だよ、レイさん勇者だし」

「"勇者"は安心安全を表す単語じゃない」


 魔王だからの台詞じゃない、こいつの場合は人間でも強けりゃ狙ってくるんだぞ。

 なんて今しがた出会ったばかりの異世界高校生マオには言えないので歯痒いばかりだ。


『んじゃ、了解も得たしっと、』


 軽い調子の掛け声と共に剣の蒼い石が煌めき、レイランの意識が移動する。

 正確には剣を伝ってユウにまでレイランの気配が広がった、と言うべきか。


「…ふむ。まずまずだな」


 剣を一振りして爽やか、とは言い難い不敵な笑みを浮かべたユウが呟く。

 その瞳はいつの間にやら剣の蒼い石と同じ色をしていた。


「レイランか?」

「おう。こうして口を使った会話も久しいな」


 声は確かにユウなのに中身が違うだけで随分と印象が変わるものだ。


 そういえば人間の形をしていた頃のレイランも蒼い瞳をしていたな、と今更ながらに思い出す。

 性格に似合わない綺麗な色だったから受け入れられずに記憶の底に沈んでいたよ。


「ユウの意識は?」

「安心しろ、ちゃんと在る。体の主導権だけで良いと言ったのに折角だからと全権寄越しやがった」

「…あいつ…」


 信じる心が寛大過ぎる友人にいっそ恐怖を覚えた瞬間だった。


「体、ちゃんと返せよ」

「当然だ。戦闘以外に興味はねぇしな」

「あ、そう」


 会話はついでとばかりに数千年のブランクを感じさせない舞うような素振りを見せるレイラン。

 中身が戦闘狂じゃなければな。素直に称賛できるのに。


 そんな複雑な心境の俺とは違い、王様達はその素振りに純粋に魅入っていた。

 俺が拾った彼等の呟きを総合すると、どうやら動きが玄人染みているのは剣を持ったことで勇者として覚醒したからだと思われているらしい。

 誰も別人になっているなんて夢にも思っていないようだ。


「ふむ、ふむ」


 一定感覚で納得してはスピードを増しいくレイラン。

 そろそろその辺の剣士じゃ動きを追えなくなってきたと思う。


「おっと、」


 どこまでを素振りと宣うんだ。とユウを軸にしたちょっとした竜巻の発生に俺が呆れて、周囲も優雅、と見惚れてはいられなくなった頃。遂にユウが躓いた。

 以前戦った身としてはレイランの動きというにはまだ遅いから、ユウの体がレイランの動きに付いていけなかったのだろう。


「…いたた」


 受け身をとったとは思えないお粗末な体勢で転んだユウ。

 その拍子に剣は手から転がり落ちた。


「最後まで面倒見ろよ」

『やはり素人の体は遅ぇな。まぁ魔王城に着く頃には何とかなんだろ』


 体勢を崩した時点でユウは目を閉じていたから瞳の色が見えなかったけど、そんなもので判断しなくても分かる。

 レイランのやつ、躓いた時点で現状の体の性能が分かって満足したから主導権をユウに返したんだ。


 雑魚相手に怪我なんかしないって言ったやつ誰だよ。

 敵が現れる前に怪我させてんじゃん。


『戦闘時であれば、な。剣を離されては体を使えない』


 悪びれずに宣う勇者様。

 こいつ、つくづくソロ向きのやつだな。共闘と利用の差が分かっていないんじゃないか?


「勇者って凄いね、あんなに早く動けるんだ」


 こっちの勇者は座り込んだまま呑気な感想を述べてるし。


「て、お前本当に怪我してんじゃん」


 表情に出ていないから見落としていたが、ユウが体を起こしたわりにいつまでも立ち上がらないと思ったら片方の膝が痛そうなことになっていた。

 破けたスラックスの奥では血が流れている。


「あんな勢いで倒れたからね、結構盛大に擦り剥いたみたい」


 我慢強いのか痛覚が鈍いのか立てないくらいの怪我をしているにも拘らず、悠長に怪我の考察をしているユウ。

 そりゃ喚いて治るわけでもないけどさ。結構血が流れてますけど?


 そう言えばユウはゲームの中でゾンビが血飛沫あげて倒れていくのを顔色ひとつ変えずに見てたっけ。と思い返し、怪我をあまりしないわりに血への耐性はあるのかな。と納得することにした。

 痛覚については【身体強化】の一種ってことにしておこう。


 いくら最終目標の魔王が俺でも、こんな世界だ。

 町を出る以上、今後少なからず魔物との戦いはあるだろうし、慣れない旅で無傷を保障できるわけじゃないから「血を見たら卒倒」とかじゃないのは良いことだ。


「ちょっと見せてみ」


 でも旅の前から怪我をしてんのは良くないな。

 しかも曲がりなりにも仲間、勇者のせいとか。


「じっとしてろよ」

「?…あぁ、"それ"やってもらうの久し振りだね」

「お前、怪我しないしな」


 そんな会話を交わしながら、俺はユウの前にしゃがみ、怪我をしている膝に手をかざす。


「まぁ、こんなもんかな」


 数秒そうしてから立ち上がって、ユウにも立つように促す。

 ユウの方も、何事もなかったようにすんなりと立ち上がった。


 スラックスの破損や流れた血はそのままだから分かりづらいけど、これならちゃんと脚の怪我は治っているようだ。


「ありがと、いつも思うけど凄いね」

「フッ。まーな」


 俺は魔法が「苦手」なのであって、全く使えないわけではない。

 攻撃系が壊滅的なので複雑な心境ではあるが、俺が一応魔法を使えるというのは【異世界転移】を自分で使って通学していることからも分かるだろう。


 それから使えるのがこれ、【治癒】。


 方法はシンプルなもので、体内の魔力を使って細胞を活性化。傷が治るまでの体の時間を早送りにするといった具合だ。


 弱肉強食な魔物の世界で怪我は命取り。

 だから個体差はあるものの、ほとんどの魔物は【思念伝達】の様に処世術として傷の治りを早める術を身に付けている。

 それを自分以外にも適応できるように改良したのが俺特製【治癒】である。


 魔物の自分を治す行為は殆ど自然治癒と同じ意識なので、人間が使う所謂「魔法」と言うには違和感が有るが、他者を治す方は魔法と言い張っていい筈だ。

 そうじゃないと俺の使える魔法が無さ過ぎて悲しくなるから!


 まぁ魔王的には微妙な技だし、魔力…自分の生命力を与えてまで誰かを治す場面なんてまず無いから、使いどころが無いっちゃ無いんだけど。


 高校生活を初めて間もなくの頃、ユウと親しくなって浮かれていた俺はサービスくらいの軽い気持ちで怪我したユウに使ってしまったので、ユウは【治癒】の事を知っているのだ。

 治した後「平穏な高校生活を望むなら誰にでも無闇に使うな」と目茶苦茶念を押されたから、向こうではその後使ったことはない。


「…なっ、」

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