表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/123

7 魔王様と勇者の剣

 城の裏庭。

 そこは裏と言うには広くて陽当たりも良くて、これが昼間だったらここで昼寝したいくらいの清々しい場所だった。


「こちらです」


 カティが示す先には城の屋根より高い大きな樹が一本堂々と聳え立ち、その傍らで石の台座に突き刺さる両刃の剣。


 遂に噂の勇者の剣のお目見えだ。


 …剣の上辺りの枝々が雷にでも打たれたかように少し黒くなっているのは見なかった事にしよう。


 警備もなにもなく吹きっ晒しに刺さっているそれは、思ったよりも華美じゃ無かった。

 実戦に使われていたと思えば、邪魔な装飾が無いのは当然ちゃ当然か。


 鍔は金色だけどシンプルなデザインで、目を惹くのは唯一中心に嵌まる蒼い石。

 この分だと、これもただの飾りじゃなくて武器に魔法や特殊効果を付与するアイテムかもしれないな。

 夕日を反射して煌めいていている姿は、その辺の宝石と比べても優るだろうけど。


 うーん。


 ちょっとした既視感と、ここが俺の住む世界である以上魔王の俺はこの剣と相対している筈という疑問の答えを求め、一人こっそりと記憶を掘り起こしてみる。

 わざわざこうして安置されているくらいには功績を残したやつの遺物なんだろう。


 しかし記憶にないなぁ。

 数千年も前だからかな?


 否、似ているのは見たことがあるんだ。

 でもなぁ。「あいつ」が持っていたやつにはこんな目立つ蒼い石なんて無かった。

 てかあんな戦闘狂が残した剣だったら執念がこもっていそうで嫌なんだけど。

 持ったが最後、狂戦士化しそうで。


 そんな自問自答をして、やっぱり知らないかも。という辺りで落ち着きかけた頃。


「まさかゲームの中以外でこんな状態の剣を見るとは思わなかったよ」


 隣のユウがそんな間の抜けた感想を漏らしていた。


 地球に行って以来「この剣抜けたら勇者」というネタは俺でも何度か耳にした。

 なんだそれ。と思っていたのにまさか自分の世界でそれに出会うとは。


 抜けない剣が抜ける世紀の瞬間に立ち合うために俺やユウにカティ、それにアルセウス王も加わり、更には上級騎士なんかも数人やって来ている。

 気になるのは救護班らしき女性が数人控えていることか。


 その処置には、やっぱり雷に絶対安全なんて言葉は無いんだな。と実感する他無い。


 こんな勇者誕生の瞬間とも言えるイベントなのに国民の前で大々的に!とか言わないのは、博打要素が多大に含まれているからなんだろう。


「それではマオ、お願いします」

「…おう」

『───ぃ』


 的当ての時みたいな配置で皆の準備が出来たところでカティから神妙な声がかかる。

 それに頷いた俺が、どうやって抜こう。台座を足で押さえれば無理矢理引き抜けるかな。最悪地面ごと引き抜くか?なんて考えを巡らせていたら、不意に思考に邪魔が入った。


「?誰かなんか言ったか?」

「ん?いや、そんなこと無いと思うけど」

「そうか…」

『───ぃ』

「んん?やっぱなんか聞こえるけど?」


 剣の前に立ったはいいが、変な声のせいで気が逸れる。


 きょろきょろと挙動不審になる俺を見て、背後に控える面々は剣を抜くのに落ち着かないだけだと思ったいるらしい。

 小さい声で「雷の事を話さない方が良かったか」と呟くのも聞こえた。


 王様達が「待った」をかけているんじゃないのなら気にしなくても良いのかもしれないが、どうも違和感があるんだよな。


 何て言うのかこう、皆が口を開いてないって言うのをすんなり受け入れられる感じ。

 て分かりづらいよなぁ。俺も何言ってるか分からん。


『おい!』

「うおっ」


 聞こえた声を空耳ってことにして、気を取り直して剣に挑もうとした瞬間。

 今度こそ鮮明に聞こえた声に驚いた俺が肩を跳ねさせたら、背後でも流石に様子がおかしいと悟った人達がざわつく。


 人の耳でもはっきり聞こえるくらいの大声だっにも関わらず、それでも第三者の声は彼等には聞こえていないみたいだ。


「…おいおい」


 俺にはこの声の「聞こえ方」に思い当たる節があった。

 それの意味するところを考えて冷や汗を垂らす。


「マジかよ…」


 何でこんな所に魔物が潜んでんだよ。


 これは例の魔物達の【思念伝達】と同じ感覚だ。

 流石に魔者か魔獣かみたいなことまでは分からないけど。

 と言うか魔力反応がなぁ。こんなにはっきり聞こえている割りに無いんだよなぁ。


 だから何処にいるかすら定かではない。


 まぁそんな手練れじゃないとこんな要人、実力者の集まる城に入り込むなんて出来ないだろうけど。


『で?お前どこの誰だよ』


 俺以外には聞こえていないみたいなので、こちらからも【思念伝達】に切り替えて相手に語りかける。

 この方法なら声を発さなくても思念さえ届けば良いので無言での会話も可能だ。


 こうでもしないとこの不審者の前に俺が一人言の多いヤバイ奴になってしまう。


『はぁ?まさか俺のことを忘れたのか?』

『いや、声だけで言われてもな…』


 確かに聞いたことがあるような声なんだが、当然のように知った相手だと言われても困る。

 せめて魔力でも感じられれば判別もできるだろうが、お前気配ひとつないじゃん。

 いくら隠蔽が得意なやつだったとしてもこんなに話しかけといて、全く魔力を関知できないってどういうことだ?


 魔力無しとかお前そもそも魔物か?俺の空耳なんじゃないかと結構本気で不安になるんだけど。


『数千年会わなかった内にボケたな魔王。まさか腕まで鈍ったとか抜かすんじゃねぇぞ?』

『だからっ…ん?』


 俺が目線だけで辺りを見渡しつつ会話を続けていると気になる単語が出てきた。


 数千年前に会ったきりの?俺を魔王だと分かっている?


『お前等魔物は長生きだからな。こうして待っていればまた出会えると思っていたぜ』


 魔物じゃない知り合い?


『やっとまた殺り合えるな…ククッ、俺はこの時を待ちわびだぜ?』


 そこまで考えてから、アルセウス王の言っていた「空耳」を思い出す。


 まさかこの剣、マジで…。


『ようやく気付いたか。おうよ、お前と散々殺り合った勇者様だ!お前ん家一帯が俺でも入れない瘴気に満たされちまった後、通りすがりの賢者に自分の魂を剣に封じさせて再びお前と戦える日が来るのを待っていたのさ!』

「まじかーぁっ!」


 声の正体は魔物ではなく勇者という名のバトルジャンキーだった。


 剣の形があいつのに似ているとは思ったんだよ、でもまさかマジで呪われてた…じゃない。本人が取り憑いてるとか思わないだろ普通。


 この戦闘狂め…。

 勇者なんだからせめて世界平和のために来る日を待ってくれよ。自分の欲求を満たすためじゃなくてさ!


 思わず声を出して四つん這いに崩れ落ちてしまった俺は、背後の人達がビックリしてる時点で一人言の多いヤバイ奴確定だろう。


「…ふざけんなよ、マジで」


 因みに瘴気というのは人間に有害になるくらい高濃度の魔素だと思ってもらいたい。


 恥ずかしい話だが、その昔の俺は中二病を患っていた。

 で、格闘技だけでも魔王なんて呼ばれちゃうくらいには強かったじゃん?

 一発でクレーターこさえたり、マグマ噴き出させたりくらいは軽くできちゃったわけじゃん?


 そうすると決めポーズや決めゼリフだけじゃなくて必殺技とか欲しくなっちゃうのは人の(俺は魔物だけど)性ってものじゃん?


 結果、創っちゃったわけだ。

 魔王らしい必殺技。


 試し撃ちしたらさぁ大変。

 あらゆる生命を刈り取られた大地には瘴気が充ち、その後も人が踏み込めない不毛の地の完成だ。


 これが「魔王領」と呼ばれる魔物しか棲めない区域が誕生した瞬間である。

 永い年月の中で瘴気もだいぶ薄まったので、勇者や耐性の高い者であれば人間でも中心地の魔王城まで立ち入れるくらいにはなったが、今でも大地の1/3くらいは魔王領にあたる。


 当時から魔王とは呼ばれていた俺だが、人間に「強力な魔者」から「世界を滅ぼすラスボス」認定されたのはこの日からな気がする。

 

 余談だがこの大失敗を切っ掛けに俺の黒歴史は幕を閉じた。


『お前、そんな理由で俺の楽しみを奪ったのか』

『え?聞こえてた?』

『ああ、うっかり魔王。心の声が伝達されてるぜ』


 なんてことだ。当時の黒歴史なんてピーたんくらいしか知らなかったのに。

 【思念伝達】なんてパッシブくらいの何気なさで使っているから、人間にばかり囲まれているとつい制御を忘れるな。


『あの大爆発は俺が相討ちで滅ぼした魔王の消滅した瞬間だとか言われてんぜ?』


 そして今、新たな魔王が表れ再びこの世を滅ぼそうとしている、と。

 人によっては逃げ延びた魔王が力を取り戻したとも噂しているらしいけど。


 瘴気のせいで内部の調査なんて出来なかっただろうしな。

 俺が後悔して大人しくしている内にそんな誤解を受けることになっていたようだ。


 いや、「世界を滅ぼす奴はいません」て結論に辿り着くならなんでも良いんだけどさ。

 また現れたとか言って俺に矛先を向けられるんじゃたまらない。


『…じゃ、さっさと抜かせてくれ』


 取り敢えず、正体が旧知の勇者だと知った以上、雷を出していたのはこいつってことだろう。

 ならば安全に剣を抜くにはお願いするのが早いと踏んだ俺。


 さっき間違えて実際に声を上げてしまったせいで後ろのそわそわが増してるんだよ。

 あまり待たせるのもなんだし、そろそろ抜かせてくれないかね。


『嫌だ』


 あ?


『今の俺は剣だぞ?お前が持ち主じゃ、お前と戦えねぇじゃねぇか』


 喧嘩を売られた挙げ句に要望も聞き入れられないとか。

 この勇者…の剣、きっと人型ならば胸を張っていただろう。生前(?)の姿を知っているだけに想像できてなんかムカつく。


 て、持ち主?


『お前、人に使われて戦うのか?』

『あ゛?何言ってんだ。俺が人を使って戦うんだろうが』

『…』


 そのためにこうして俺の動きに耐えうる奴を待っているのだ。て当たり前みたいに言われても。

 選ばれたやつは体を操られて強者に喧嘩を売りまくるってか?


 やっぱりとんだ呪いのアイテムじゃないか。


 穏健派魔王はドン引きである。


『俺の動きに付いて来るにゃ同じ勇者の方が【身体強化】されていて良いだろう?丁度良いのがいんじゃねぇか。あいつにならば抜かせてやんぞ?』


 目線…は無いから意識の向いた方向で示された方を追い掛けて行くと、やはりそこにいたのは現勇者のユウ。


 向こうはこっちで何が話されているか知らないから、冷や汗を滴ながら振り返った俺を怪訝そうに見返すしかできない。


『いやいやいやいや』

『お前に拒否権は無ぇんだよ』


 ヤのつく自由業…基、悪徳勇者に凄まれ、ユウのこと連れてくるんじゃなかったと後悔しても遅い。

 けど呪われた剣でいきなりラスボス戦とか素人にどんな無茶振りだよ、却下だよ。


『お前が抜こうとするならば、俺は全力で抗おう。なんなら適当に俺に触れた奴を使って片っ端から目に付いた奴を切り捨てても良いんだぞ?』

『お前が魔王か!』


 勇者らしからぬのは元からだったが、散々待ちわびた戦いを前に到頭人間を盾に脅して来やがった。

 一応当時は「人間を脅かす魔王の討伐」を受けて魔王城に来ていただろうに、俺のウィークポイントをよくわかっているじゃないか。


 ヤバイのはここで俺が拒否したら、こいつは本気でやりかねないというところ。


 曲がりなりにも俺と渡り合った勇者。斬り合いじゃなくても、剣を抜く抜かないの力は拮抗するだろう。


『さぁ、どうする?』


 邪悪なオーラ満載の勇者様に問われて口ごもる俺。


 そして、


「…ユウ、すまん」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ