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僕の町の小さな公園  作者: なか たつとし
4/9

#4

4.

「大野君、このデータベースの処理なんだけどさ。」

「大野君、こっちも見てもらいたいんだけど。」

僕は、忙しく働いていた、周りには、信頼してくれているお客様がいる。いくつかのお客さんのパソコンのエラーの対応、データベースのわからないところの対応を見て、お客様からお礼を言われる。

 今日は打合せもあった。僕は若いなりにも、周りのお客様の発言についていこうと必死に議事メモを取った。隣には直属の上司の方が座っている。短髪でスポーツ刈りの直属の上司はとてもカッコいい。上司の方はやはりプロジェクトマネージャや営業も兼ねていて、今日の打ち合わせの発言や質問もしっかり的確に的を射ていた。そして僕の発言も沢山フォローしてくれた。とてもありがたかった。

「今日も発言してくれて、ありがとうね。期待しているよ。」

お客さんの一人の男性が肩をポンポンと叩いてくれた。

「一緒にお昼を食べに行こう。」

上司の方と、お客様に誘われて、会議終了後、お昼を食べに行くことにした。この現場に常駐していたお客様が車を出してくれた。白のワンボックスカー、セレナだ。僕と直属の上司の方が、現場のお客さんの通勤している私用の車に乗り込む。

「ありがとうございます。よろしくお願いいたします。」

車を出してくれたお礼とあいさつを述べた。

「よっしゃ、行こうか。今日は何が食べたい?」

と聞かれたので、蕎麦が食べたいと申し出た。

「よっしゃ、蕎麦屋に行こう。」

仕事現場の駐車場から、思いっきりアクセルを踏みだすかのように、僕の乗ったセレナが走り出す。駐車場は広い道沿いにあり、その広い道は国道であった。その国道の中央を路面電車が走る。路面電車としばらく並走する場面を僕は不思議そうに眺めていた。

「東京だと、珍しいよね。」

「そうですね、都電の荒川線くらいです。荒川線でも道を走る区間はかなり限られてきますし。」

車は路面電車の走る幹線道路を離れ、今度は丘を登って行くような道に入って行った。これも僕は珍しそうに、セレナの窓から見ていた。

「丘を登る道も東京にはないもんね。」

これもお客さんは運転しながら僕に尋ねてきた。どうやらお客さんも僕のこの珍しそうな風景を見ている仕草と僕の目の色を楽しんでいるらしい。丘を半分登ったところに、いかにも和風の建物で、建物の横には鯉の居る池と水車が存在し、『蕎麦屋の高石』とこれまた昔ながらの行書体で、見るからに筆で書かれた看板が存在した。しかもその看板は木目調を重んじた木の看板であった。

「さあ、どうぞ、大野君のリクエスト通り、蕎麦屋に到着だよ。」

お客さんは笑いながら、運転していたセレナを止めた。

 蕎麦屋の内部はこれまた素晴らしい、太い木の柱をふんだんに使った吹き抜けの天井と、いかにも大黒柱という感じの一本の太い木を丸ごと使った木そのものの大黒柱が迎えていた。青畳でいかにも畳のそのものの香りのする座敷席に店員に通され、僕たちはそのテーブルの周りにある、真新しそうな座布団に座った。

「はい。これがメニュー。」とお客さんは、メニューの一覧を渡してくれた。メニューの左上に、『地元の山芋をふんだんに使った特製冷やしとろろそば』という食べ物があった。そして、その隅には『大盛り無料』とあり、心は躍った。これが食べたい。

「僕、これで。」

と、このとろろそばの写真を元気よく指差した。その純粋さに上司も、お客様も笑っていた。

―なんて素敵なところなのだろうー

僕はそう思った。路面電車と丘の静かな町、美味しい蕎麦屋と、素敵な上司とその常駐現場のお客様。こんな仕事を毎日している幸せだ。

 現場に戻り、午後の仕事をしばらくした後、時刻は16時半になった。

「金曜日だったね、気を付けて帰ってね。飛行機乗り遅れないように。」

お客様の声掛けで、集中していた仕事を切り上げることができた。そうか、この町は出張に来ていて、これから東京に帰るんだ。

「お先に失礼します。」

元気よくみんなに挨拶をした。

「お疲れ様、来週もよろしくね。」

お客さんはそう答えてくれた。


という夢を見た。素敵な夢、上司もお客さんも牧野とは雲泥の差だ。時刻は土曜日の昼の時刻を指していた。深いため息をついた。昨夜もどうやって帰って来たのだろう。昨日コンビニで買ったお酒の缶が、コロコロと床に転がっているので、きっと飲み屋の人には迷惑を掛けずに帰ることができたのだろう。ため息をつき、一安心する。今日はどうしようか。久しぶりにカラオケでも行こうか。しかし、明日も聖歌隊兼混声合唱団の練習があるし、昨日浴びるほど酒を飲んだのだから、少しのどの調子を整えないと。しかしながら、家で寝ているのも今日はもどかしかった。少し散歩をすることにした。

 自宅の階段を下り、道路へ出る。君島牧師の教会と同じ方向へ向かう、しかしながら、今日はカフェリーフハーモニーの交差点を教会とは逆の方向の道に曲がる。しばらく歩くと、井の頭公園に出る。江戸時代に神田川を通し、水道を整備した。だから、井の頭。とこの付近を命名したそうだ。

 11月ということもあり、この公園は紅葉が目立つ。そう言えば、明日の君島聖歌隊の練習は君島牧師が作曲した『僕の町の小さな公園』の3曲目と4曲目であった。3曲目のタイトルは『ジャングルジムのてっぺんから』であり、この曲の冒頭には「紅葉へと手を伸ばす」とあった。ジャングルジムのてっぺんから紅葉へと手を伸ばすのだろう。紅葉の赤や黄色の葉っぱを取りたいと、必死に手を伸ばす子供の詩を書いているのだろう。『僕の町の小さな公園』、先週、牧師はこの公園の話題を例にとっていたが、この井の頭公園は『小さな公園』という意味では、広すぎる。いや、十分広すぎる。然も、新緑の季節はとてもきれいだが、その前に桜の季節があり、ここは桜の名所だ。もともと、君島牧師は東京の出身ではないため、きっと地方の実家近くの小さな公園を想像したのだろう。それを東京出身の聖歌隊員にわかりやすくイメージを持たせるために、例を挙げたのだが、何度散歩してみてもさすがにこの公園は広すぎる。公園の池の大きな橋の真ん中で、たちどまり、ふとため息をつく。橋の欄干に手を置き、下を見る。池にうっすら移る自分の姿を確認する。以前よりも太った。以前よりも、目の色が違った。まるで、色が消えたようなそんな自分の姿だった。

 その色が消えた自分の姿を見てふと思う。明日は君島牧師の礼拝に行かないと・・・・。本当は午後からの聖歌隊兼混声合唱団の練習に参加できればそれでいいのだけれど、せっかく聖歌隊も兼ねているので、ぜひとも神様について学んでほしいと、君島牧師はこの合唱団員に礼拝の参加も勧めている。クリスマスやイースターなど大きな特別な礼拝以外は、毎週の礼拝参加は強制ではないが、月が替わるたびに、聖歌隊兼混声合唱団のグループラインで、毎週の練習の出席予定、毎週の礼拝の出席予定、そして、依頼演奏や、コンクール、特別な礼拝がこの月にあれば、このようなステージのオンステ予定等のスケジュール入力依頼が回覧で回ってくる仕組みだ。僕は、讃美歌を歌うこと、そして、ピアノを趣味としていた僕はオルガンの音色を聴くのもとても楽しみにしており、毎週のように礼拝も参加するようになっていた。そして、礼拝に参加する大きな理由はこっちにもあった。君島牧師の教会には、大きなパイプオルガンがある。礼拝が終了して、聖歌隊の練習の開始時間まで、待っている間にパイプオルガンを弾かせてほしいと頼んだところ、君島牧師は快くそれを承知してくれ、礼拝終了後から、聖歌隊兼混声合唱団の練習の開始時間まで、君島牧師の教会のオルガンを弾かせてもらえた。それは小さいころ、ピアノやエレクトーンに親しんだ僕にとって、最高の時間だったからだ。明日は絶対オルガンを弾く。先週弾けなかった分まで。と心に強く思った。これで牧野に対するストレスが発散できるというのであればまさに一石二鳥で素晴らしかった。

 帰り道に、カフェリーフハーモニーに立ち寄る。おすすめは見るクレープとアイスコーヒーのセット。しかし、寒くなる時期ではあったが、散歩していたので、アイスコーヒーで十分だった。甘い見るクレープの味がやはり昨日の海鮮の居酒屋のように心に響く。昨日とは違う、暖かな、清らかな味だった。牧野と会社に負けない。12月まで絶対にくじけない。そんな気持ちが僕を後押ししていた。

 自宅に帰宅すると、もうこれ以上は動きたくない、と思うような感じで、再びベッドに入り、眠りに落ちた。すやすやと寝息を立てて。


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