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僕の町の小さな公園  作者: なか たつとし
2/9

#2.

2.

 そよ風、若葉の色、木々が揺れる。僕はその木々の並木道を通る。並木道の真ん中に、レンガの門がある。公園の入り口だ。滑り台、ジャングルジム、ブランコ、どこにでもあるような公園。そこにベンチがある。ベンチには先客がいた。青のワンピースを着て白のカーディガンを羽織り、黒のロングの髪の毛を後ろで結び、大きな瞳、唇は薄いピンク色。おそらく口紅をつけているのだろうか。思わず彼女の可愛さに見とれる。耳を澄ますとそよ風の音に美しい音色がこだまする。彼女の鼻唄、美しい声だ。僕はそう思った。


「夕空晴れて 秋風吹き 

月影をして 鈴虫なく 

思えば通し故郷の空 

ああ我が父母いかにおわす」


 知っている曲だ。僕は歌詞をつけて彼女の鼻唄に合わせて歌った。彼女も耳を澄ましていたようで、僕の声が聞こえたのだろう。目と、目が合う。

「ごめんなさい。とてもきれいな鼻唄だったからつい。」僕が謝る。

彼女は微笑み返す。

「君、名前は?」僕がさらに聞いてみた。

「美咲。河原美咲。」

その言葉にビクッと震えた。美咲。古い記憶がよみがえる。僕は覚えている。そう、美咲という名前は僕の初恋の人の名前。幼稚園が一緒で、毎日楽しく遊んだ女の子の名前。

「よろしく、美咲ちゃん。僕は大野・・・・。大野・・・・。」彼女は聞いていないのか?

しかし、彼女は「ありがとう」と口元を動かした。僕は動けなくなってしまった。それはあの時の初恋を思い出したからか。いや、違う、美咲という名前は女の子にはありふれた名前だし、彼女の苗字も違っていた。


 という夢を僕はみた。

 女の子、河原美咲かあ。そう思いながら、僕は時計に目を通す。日曜日の昼の時刻を刺していた。

 いけない。酒に酔ったままさらに二度寝てしまったのか。最近、牧野のせいで考え事が多くなった。すぐに僕は自宅のマンションを出て、広い大通りへ向かう。大通りから、信号を二つ越えて、三つ目の信号を左折する。「カフェリーフハーモニー」という看板と名前のように女性客が行列を作っている、ウッドデッキのテラス席付の屋根に風見鶏が着いた、小さなカフェがこの交差点の目印。僕の正面に見える。左折ということなので、このカフェを左に見るようにして、そのまま歩くと、これまた白い大きな建物が見えてくる。ここが今日の目的地。中に入るなり、甲高く響く声が出迎えてくれた。

「大野君、遅かったね。まあいいや、礼拝は終わってしまったけど、練習はこれから始

まるよ。」

「すみません、先生。諸事情で寝坊してしまいまして。」

「いいよ、気にしいなくて、近況とお祈りしてほしいことはデイヴィットくんから聞いてるよ、大変だろうしね。ささ、中に入って、デイヴィットくんもいるよ。」

 甲高い声の主は、その声の割に体格が良かった。ここは教会で、毎週日曜日の朝に礼拝をしている。声の主は君島基吉、この教会の牧師だ。君島牧師の父親も牧師だったが、初めは、父親と同じ道を進まなかったらしい。高校を卒業後、上野にある誰もが知っている芸大を卒業し、そのままフランクフルト、ウィーン、ザルツブルグへ留学。テノール歌手としていくつかのオペラに出演していた。そこで、神様の讃美歌を何曲も歌ううちに、神様の愛に触れ、牧師の道を志したらしい。

そして、今この巨大な教会の牧師というわけである。礼拝は日曜の午前中に行われるのが基本で、僕は寝坊したため、それを欠席してしまった。

 しかし、午後から、別プログラムの練習が存在する。それが、この君島牧師が団長を務める、君島聖歌隊兼混声合唱団の練習だ。自分の名前を聖歌隊や合唱団の名前に付けるのは果たしてと思ったが、名前はそれしかないと思わせる雰囲気だ。

 なぜならば、この聖歌隊、合唱コンクールの関東大会で必ず金賞を受賞している。全国コンクールにも名を連ね、3年前に2年連続金賞、2年前に銀賞を受賞している。昨年と今年は関東で金賞を受賞できたけれども、全国コンクール出場の切符は手に入れることができなかった。その時は悔しい思いもあったけれど、君島牧師はその方がみんなの負担がかからなくていいのではと思っているようだった。

 なぜなら教会の聖歌隊も兼ねているため、日曜日の自分の教会の礼拝に参加したいためだろう。遠い場所で全国コンクールが開催されると、週末にコンクールが行われるため、日曜日は自分の教会の礼拝と全国コンクールのどちらを取るのか、牧師自身も毎年それに悩んでいたらしい。関東のコンクールだと、日曜日に出番が回っている状態であれば、出場時間を午後に調整することもでき、礼拝をしてからコンクールの場所へ移動ができたが、全国になると移動時間を含め、そうはいかない。

 しかしながら、君島牧師、聖歌隊を作るなら前職のテノール歌手の特技を生かして、全国で金賞を取れる聖歌隊を作りたいと祈ったらしい。それが、神様に聞かれて、このような結果になるとはとてもすごいことだと、僕は感心する。

 僕は高校時代合唱部に在籍し、当時、僕の合唱部の音楽監督として、定期的に指揮を振ってくださったのが君島牧師だった。僕は外部連絡係という役職だったため、君島牧師と連絡を取り合う係であったため、高校を卒業後、君島牧師と意気投合し、この聖歌隊兼混声合唱団に入ったのだ。

 この聖歌隊の定期演奏会は一年に一度の割合で行われる。この大きな教会で開催する時と、近くの大きなホールで開催する時があり、教会開催とホール開催を入れ替えながら、定期演奏会が開かれている。この教会で行う時は、必ずこの大きな教会の会堂が満員になり、立ち見が出てくる。そして、神に奉仕することが目的のため、入場料は無料の代わりに、チャリティ献金があるのだが、この時の献金額は普段の礼拝の献金額とは比べ物にならないくらい凄すぎる額が集まる。その額は普段の礼拝の100倍ともうさわされ、一部の合唱ファンからは、有料でもいいのでは、というアンケート回答があったが、神様に奉仕する聖歌隊も兼ねているためこのような形にしているのだという。

 毎回の演奏会のステージは3部構成、テーマは毎回同じテーマで、第一ステージが「神の愛と教会への誘い」であり、このステージでは讃美歌、黒人霊歌をメインとしたステージ。有名な讃美歌の演奏も行うが、聴衆が毎年楽しみにしているのは、君島牧師が毎回この演奏会のために作曲している、いわば自作自演の讃美歌とミサ曲の初演だ。自作自演ってどうなのかと思うかもしれないが、君島牧師の作曲した曲は、分厚い讃美歌集にも掲載されるようになり、音楽の仲間、そして、教会や教団関係の仲間から定評があるのも事実だ。このステージが演奏会の中で、一番長い時間を要する。第二ステージは、「合唱の誘い前半」ということで、このステージも毎回君島牧師が作曲した、自作自演の合唱曲を初演するステージ。これも定評があり、作曲君島基吉と書かかれた合唱組曲の楽譜がいくつか出版されている。第三ステージは「合唱の誘い後半」ということで、有名な日本の合唱曲を演奏する。そして、アンコールで往年のヒット曲の合唱版を歌うのが常だ。

今は11月なので、全国コンクールは出場している合唱団体はこの時期、全国コンクールの練習に大忙しなのだが、昨年と今年は関東コンクール止まりだったため、次の演奏会の練習を早めに取りかかっていた。

 今日の練習は第二ステージの曲の初練習であった。君島牧師が嬉しそうに楽譜が書かれた紙を持ってくる。『混声合唱組曲~僕の町の小さな公園~』と書かれた楽譜の冊子を、合唱団メンバー全員に配布した。第二ステージなので、君島牧師自身が作詞、作曲をした曲だ。混声合唱組曲ということなので、いくつかの合唱曲が存在し、それが組み合わさって、一つの組曲となる。今回の曲は4曲で構成されていた。『新緑』、『水遊び』、『ジャングルジムのてっぺんから』、『木枯らしの中と雪の下で』の4曲。配られた楽譜の最後のページに歌詞全てが印刷されているページがある。それを見ると、それぞれ、公園の春、夏、秋、冬をイメージした言葉と、小さいころこの公園で遊んだ時の頃を思い出して、これからの人生を頑張ろう、というような内容の歌詞が書かれていた。

「練習をします。今回の初演合唱曲はこの曲です。どうかみんな最後までよろしくお願いいたします。」

 君島牧師がそういって、簡単に祈りを捧げた。やがて牧師の祈祷が終わると、団員がよろしくお願いいたします、と同じように拍手でこたえた。この聖歌隊兼混声合唱団の団員の数は62名。大所帯だ。今日はその中の40名前後の人が練習に参加している。年齢は僕のように若い世代から、お年寄りまで幅広い。

 まずは、君島牧師の最初の初演曲ということもあり、全員曲のイメージや音がわからないので、パートごとに練習することになった。僕のパートはバス。一番低いパートだ。今日のバスのパートの練習の参加者は8名。僕を含めた7名は、ピアノの周りに円を描くように集まり、そのピアノの前に、僕と同じ年くらいの一人の顔が黒い男性がいかにもこのパートの練習を取り仕切るぞ、という感じで準備していた。

「今日も、よろしくおねがいします。」

 顔が黒い僕と同じ世代の男性から、流暢な日本語が聞こえてきた。彼が、さっき君島牧師が話していた、デイヴィットくんだ。

 デイヴィットくんは、アメリカのサンフランシスコからやって来た、この教会の伝道師であり、宣教師だ。アメリカの本場の聖歌隊に在籍したということで、この聖歌隊兼混声合唱団のお手伝いをしており、今はバスのパートリーダだ。アメリカに住む黒人ということで、キング牧師のような素晴らしい牧師になりたい、そして、かつて僕の先祖が苦しんだことをすべての人に伝えたい、だから平和は重要であり、戦争や原爆の悲惨さを一番わかっている日本に来ました。という夢を3年ほど前にこの聖歌隊と教会に奉仕に来た時に熱く語ってくれた。日本語はその時と比べて格段にうまくなっていた。デイヴィットくんみたいに夢を持つことはとても素晴らしいな、僕も大きな夢をもって見たい、と思うようになっていた。

 デイヴィットくんのパート練習はとても充実したものだった。彼は慣れた手つきでピアノを弾いていく。ただ、アメリカ人ということもあり、まだまだ日本語は勉強中ということもあり、このような日本語の曲の歌い方は慣れていないらしく、僕や他のバスのパート員メンバーが、歌詞や強弱表現を見ながら、ここはこのように歌うといいんだよ。ブレスをするタイミングは、歌詞の意味からここではなく、違うところでやろうか。などなど、彼にアドバイスをしていった。そうしていくうちに、1曲目『新緑』と2曲目『水遊び』のパート練習を終えた。

 パート練習の次はアンサンブル練習だ。君島牧師が指揮を振る。牧師の目の色が大きく変わった。この瞬間、ああ牧師はテノール歌手だったんだな、そして、神様がこの音楽の特技を牧師に与えてくれたんだなと思う瞬間だ。

「1曲目の『新緑』から始めるよ。最初は思いっきりください。だけど余力は残してね。最初の和音も重要だぞ。これから始まるんだ、頑張ろう、という意味を全力で米いていきましょう。」

具体的に最初、どのようにしてほしいか、イメージをくれた。全員が君島牧師の指揮に合わせて歌いだす。

「さあ、はじまりの緑のその色が、僕の目の前に広がる。」

「はじまりの緑のその色が僕の目の前に広がる。」

次の瞬間、僕たちのバスのパートは集中する。そして、

「はじめよう・・・・。」と歌いだす。

 デイヴィットくんにアドバイスした箇所だ、何度もパート練習で、練習したところだ。ここでクレッシェンドを一気にかけて、音を大きくふくらますように歌っていくと。そこから曲が盛り上がって

 「自転車をこいで空を見ればはじまりが広がる。」

と一気に盛り上がっていく、そして、展開部へと移っていく。

 君島牧師はところどころ演奏を止めながら、ここはこのように作曲した、局が前に進むように歌って、などと、指示を出していく。同時に和音の精度を上げていったり、そもそもの音に間違いがないかを確認したり、最初の練習から、細かいところも気にかけて、この聖歌隊の演奏の完成に夢を膨らましていた。そして、それを確実に実行していった。

 「僕の地元は新潟で、新潟の公園で遊んだなあ。ここの近くの公園は井の頭公園かな。あそこはとても大きいが、歌詞に出てくる新緑の並木道はイメージしやすいと思う。」

君島は具体的にこの曲を作った経緯をまとめて、イメージを僕たちに伝えてくる。井の頭公園は桜の名所でもあるので、それを突っ込みたかったが、葉桜の後の新緑の季節は想像できるので、イメージがわいてきた。デイヴィットくんも、難しい日本語をわかるように吸収するように理解していっている姿勢が、デイヴィットくんの後方の列で歌っている僕の目に飛び込んでくる。

 やがて、『新緑』の通しを行うことになった。ためしにピアノを入れてみようと君島牧師が言ったので、ピアノと合わせて最初から、最後まで通しで歌うことになった。


『さあ 

はじまりの緑のその色が 僕の目の前に広がる


はじめよう

自転車をこいで 空をみれば はじまりが広がる


公園の並木道 はじまりの緑が色づく

僕も今 手を伸ばし はじまりの道を歩き出す


そうさ

はじまりのその色が 僕のその気持ちをおどらせる

はじまりのその色が 僕の心にこたえている


はじめよう

はじまりの色が 呼んでいる

不安な風が 公園のブランコを 揺らしていても

僕がそのスリルを求めてブランコに乗った時のように

転んでも立ち上がれた時のように

目を上げて 空を見て

はじめよう


公園の緑の木々が揺れている 揺れる緑の葉の隙間から

太陽の光が差し込んで

素敵なそよ風が 吹いてくれる信じてる


はじめよう

自転車をこいで 空を見れば はじまりが広がる


さあ

はじまりの緑の その色が僕の目の前に広がる』


曲が終わった瞬間、一部の団員から拍手が沸き起こる。

「一応通ったね、最初ということもあり、まだまだ練習が足りませんが、こんな感じです。

じゃあ、次の水遊びに行きますか。」

僕を含めて団員たちは、次のページをめくる。

「水遊び、最初はアカペラで、和音をきっちり決めたいね。夏の戦いごっこということもあり、テンポが速くなったり遅くなったりするので、ブレスコントロールとかきちんと。」

そう言って、君島牧師が指揮の腕を上げ始めた。やはりこの曲も君島牧師のこだわりの強さがさく裂し、初日から、細かいところは気を配り、そして、曲が盛り上がって、勢いよく行きたいところとの差がかなり見られた。どうしたらこのように指揮が振れるのだろう、どうしたらこのように澄んだ曲が創れるのだろう、と僕は思った。

 残りの練習時間が気付けばあと10分というところになり、水遊びも最初から、最後までピアノを入れて通すことになった。


『蛇口をひねって水が出りゃ 水遊びのはじまりだ

お気に入りのその服が 濡れる覚悟はできてるか


水飲み場の蛇口を まずは全開にして

スコールを上から降らそう


用意はいいかい・・・ 

もういいよ


バケツの水を 水鉄砲につめよう

用意はいいかい・・・

もういいよ


それでは ワン・ツー・スリーで 鉄砲の

引き金を引いて 早打ち対決だ

映画の場面のように


夏の公園の荒野に

誇り高いその雄姿

勇気をもって 未知の敵に挑むとき 未知の冒険をするとき

勇敢で 無邪気な いきいきしている顔になる


さあ行こう 思い切り

敵に挑め 強くても


俺たちの夏休みは終わらない むしろここからはじまる

倒れても 荒野に立ち上がれ


心に再び火が付けば 夏休みのはじまりだ

負けない気持ちで挑めれば 夏休みの始まりだ』

また再び、一部の団員から拍手が沸き起こる。初日に関して言えばこれが上出来だろう。

「ありがとうございます。これからまだまだ曲の密度を上げられると思うので、頑張りましょう。」君島牧師はそう言って、最後は聖歌隊らしく、感謝の祈りを唱えて、今日の練習は終了した。そして、僕の夢のような週末も終了した。明日から、現実に戻る。牧野という現実に・・・・。

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