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第二話「翼の男」

この世界が大好きだ。



現実で出来なかったこと。それがこの世界ではできる。



かけがえのない出会いがあった。本来は交わることの無い。



そして、心の隙間を埋めてくれた。広がり続けていた隙間を。



そんなこの世界、このゲームが大好きだ。



だから変化し続けるこの世界で()()や友人達が幸せになれるように…



僕は●●●●●う。













ーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


神秘国家ヒミストリー。通称は秘国


Altera Vitaの世界「アンティグルス」の中でも最も現実離れしている国と言われている国だ。


その訳は国名に入っている「神秘」という名の通り、ヒミストリーの国土は、様々な神秘に包まれているのだ。住んでいる者たちがお伽噺に出るような者であることは勿論、現実世界には存在しない植物や景色に溢れている、アンティグルスの中で最もあり得ない国なのだ。


その為秘国はアンティグルスの中に存在する12の国の中でも高い人気を誇っており、観光客の量は王国や帝国などの大国に次ぐ。


ここで勘違いしないでほしいのが、国土の全てが現実離れしている訳ではない。他国と比べても引けを取らないであろう程度に発展をしている場所もある。その発展している代表的な場所というのが秘国の首都「ミストフォリッシュ」。


秘国の国土の丁度真ん中あたりに位置する、秘国の住民である妖精たちが住み、そして観光客が溢れかえる、神秘のなかで最も現実に近い場所、それがミストフォリッシュである。





PLACE:神秘国家ヒミストリー



太陽が頂点から過ぎた未の刻に入る頃、ミストフォリッシュにはいつとも代わり映えのない光景が広がっている。街の中心を通る道街(どうかい)には、妖精が露店を広げて観光客たちに呼び掛け、飲食店の中では昼時のピークを過ぎた後の落ち着いた雰囲気が客を休ませ、道街が交わる噴水がある大きな広間では道化師が道化を披露し、その芸に感銘を受けた様々な種族の生き物たちが拍手を送る。


ミストフォリッシュで天候の良い時には当たり前のように広がる光景だ。


非常に賑わっているが、少し路地を進めばひっそりとした雰囲気が漂う。


街道から少し外れた場所にあるひっそりと佇むカフェ。店の名前を「キャディー」といい、店に入るためのドアの横には「キャディー」と店名が書かれた看板がぶら下がっている。これは営業しているのを表すためだ。


チリンチリン。


ドアの内側に付けられた鈴がなる音が店内に響く。鈴が鳴るのが示すのは、客が入ってきたか、出ていったかという事。今回の場合は前者のようだ。


「あ!やっと来たっすね!1分の遅刻っすよー!」


黒装束を纏った1人の少女がたった今カフェに入って来た1人の男に、首を隠すように被られていたフードを外して声をかける。その声につられて店内にいた他の客達が入ってきた男を見て驚愕の表情を顔に張りつけた。


その男は金髪で、身につけている衣服は少し上質に見え、特に変哲のない物だったのだが、人の目を惹きつける2つの訳があった。


1つ目はその男の顔にあった仮面だ。最低限の装飾が施されたその仮面は、男の顔を完全に隠していた。


2つ目はその男の背中に純白の翼が生えていた。この世界において純白の翼を携えた種族はたった一つしかない。つまるところ、その男は天使であるということを示していた。天使という種族は数が少なく、天使の多くは浮遊国家パーシィー・ディビィスト、通称浮国に居を構えている為、本来浮国以外の国で天使を見かけることはほぼ無い。本来なら珍しい種族だから視線を浴びてしまう訳だが、店内にいる妖精と一部の観光客は()()()()を知っていたため、物珍しい目ではなく、()()()()()()()()()()()()()ような目であった。


ちなみにだが、店内にいる妖精や観光客の殆どはNPCである。


「アンティグルス」に生息してるNPCは皆それぞれが各々の意思で生きており、現実世界の我々人間と同じように自らの意志で物事を決め、行動している。


けれどVRMMOでNPCに自我があることは珍しいことではない。VRMMOの技術が確立される前には。人工知能に自我を持たすことに成功していた。今の日本ではVRMMOに限らず、人工知能の技術は様々な所で応用されており、人工知能に頼る生活になっている。


「手厳しい。流石に細かすぎます」


好奇の視線は慣れているのか、その男は視線に関してとくに興味を示さず、声をかけてきた少女に苦笑を浮かべる。そして彼女に対面にあるように二人用のテーブル席に座った。


「私は寛大なので許してやるっす。お久しぶりっすねサディアスさん!」


サディアスと呼ばれた男はさっきまで顔に浮かべていた苦笑をより強く顔に浮かべる。


「久しぶり…こっちだと2()1()()経ってるんでしたね。久しぶり八咫さん」


八咫と呼ばれた少女はその返答を聞き満更でもないような笑顔で答えた。


その様子を目にしたサディアスの顔に自然と笑顔が点る。しかしすぐに真面目な顔をして八咫に対して耳打ちをする。


「防音結界の方を」


防音結界。それは文字通り結界内の音を結界外に聞こえるのを防ぐ結界である。魔法に位置するものであり、プレイヤーは勿論、NPCにとってもとても重要な魔法だ。


魔法とは、マナと呼ばれるエネルギーを媒体として発現される現象のことを指すもので、魔法は魔導石と呼ばれる特殊な石に魔法を込めることが可能だ。本来なら魔法を使える者がその場で魔法を発動しなければ起きえない現象を、魔法が使えない者であっても、魔導石を起動すると、石に込められた魔法を発現させることが可能なのだ。


そういうことなら沢山の魔導石を用意して、様々な魔法を込めさせようと思う人がいるかもしれないが、魔導石には1つの欠点がある。それは1つの値段がかなり張ることだ。魔導石は簡単に手に入るものではないのだ。更に魔法を込めようと思ったら、魔法を使える者に依頼する形になることが多いのだが、勿論その際にも金銭が発生する。


サディアスの言葉を受けた八咫は、左手首に着けられていたブレスレットを触る。マナを込めているのだ。するとブレスレットに埋め込まれていた魔導石が微かに光を発し始めた。今回はバンクレットだったが、このように魔導石が使われている道具を、魔道具と呼ぶ。正確に言えば魔道具というのは、魔法に関係した道具全ての名称である。


マナはこの世界の生き物全てが所持している気力のことを指す。種族や職業、環境によってマナの保有量は変化をする。そのため魔法を使用するものはマナの保有量を高めなればいけない。それは魔法を成立させるためのマナの消費量が多いゆえだ。魔道石に既に魔法が込められている場合は、マナを少し送るだけでその魔法を発動することが出来るので、一般人であろうとマナの心配は基本いらない。


何故サディアスが防音結界の方と八咫に言ったのかというと、これから話す内容が簡単に表に出てはいけないものであるからだ。もしも防音結界を建てずに話して内容が表に出てしまったら、内容が流出してしまうかもしれない。今から彼らが話そうとしていることは、簡単に世に回らない内容が含まれていた。


「まあそんな固くならないで気楽に行こっすよ!」


八咫は雰囲気が重くなるのを避けたかった。そんな彼女の気配りをサディアスは受け取り、本題を始めるまでの世間話を始めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


世間話を始めて五分が過ぎた頃。防音結界は問題なく起動されていて、周囲の妖精や観光客に会話の声は聞こえていなかった。


そしてさっきまでサディアスの方に向けられていた客からの興味を示す視線は、時間の経過と共にほぼなくなっていた。


因みにだが、八咫に対して向けられていた視線も複数あった。全身黒装束というのもあるが、なによりフードによって隠されていた彼女の素顔は美形だった。少し小柄な見た目相応の幼さと可憐さを兼ねた顔である。八咫に向けられていた視線の殆どは男性からのものであった。


「しっかしアンティグルスの中ではもうゲーム開始時から90日が経とうとしているって考えると、やっぱVRMMOは凄いっすねぇ。現実では29日と19時間ちょいしか経ってないってのに」


八咫は手元のコーヒーカップを手に持ちながら視線をサディアスに向けて言う。


アンティグルスの中では90日が経とうとしているのに現実では29日と少ししか経ってないなんて矛盾していないか?と思う人もいるだろう。


しかしこれは間違ってなどいない。


アンティグルスの中では現実での一日の間に、三日の時が進んでいるのだ。しかもアンティグルスの一日は現実と同じように24時間で進んでいる。現実世界での体感と同じなのだ。


VRMMOにおいてゲーム内と現実世界の時間経過の速さが違うのは珍しくないのだ。むしろ時間が違うVRMMOの方が多かったりする。余りにもゲーム内の時間経過が早いと、現実の体に過大な負荷を与えてしまう可能性があるため、現実の速さの三分の一か、二分の一の速度の場合が多い。


サディアスはコーヒーカップを持ち上げて、


「そんなこと言ったらゲーム技術の全ても凄いでしょう」


とため息をつくように息を吐いた。そしてそのままコーヒーを飲もうとしたが、コーヒーカップの中が既にカラになっていたことに気がつき、再度息を吐いた。


「どーしたんすか。ギリギリ溜息っぽくない中途半端な息を吐いて」


少し茶化すように放った八咫は、結界の外に顔を出して妖精の店員にコーヒーのおかわりを2杯注文する。1杯はもう少しでコーヒーカップの中が尽きそうな自分の為、もう1杯は既に手元のカップの中のコーヒーが尽きているサディアスの為である。


「…いや折角頑張っていい職業につけたのに、もう新しい職業とか、進化職や派生職が出るってなると…ね?」


その返答を聞いて八咫は笑を浮かべる。そして悩む様子もなく返答をする


「現実世界で一日丸々かけての大型メンテナンス。なんのためにメンテナンスをするかとか、まずアップロードするかすら発表されてないっすけど」


そこに店員がコーヒーのおかわりを持ってきた。八咫は注がれたばかりの熱々のコーヒーの中に備え付けのミルクと砂糖を加え、コーヒースプーンでかき回す。


サディアスは無糖のまま熱いコーヒーを丁寧に口に注ぐ。口の中に広がる苦い味わいと深いコクをゆっくり堪能している。


サディアスが1口を堪能し終わる頃に、八咫はコーヒーを堪能し始める。


「NPC達の言動でほぼ裏づけされてるからね。まあ八咫さんに聞いた話だけどね」


サディアスは八咫の口からコーヒーがなくなる頃を見計らい会話を始める。


八咫は一つ笑みを浮かべた後に考え深い顔をして左手で机に肘をつき、顔を支えながら左手にある窓から広がる街並みを眺める。その顔に写っていた感情は興奮と疲れの表情だろうか。感情達は八咫の表情を複雑にするには充分だった。


「本来喜ぶべき上位勢はどんな事が起こるか大体予想がつくっすからねぇー。ねぇ?サディアスさん?」


サディアスは無言で応答する。


「そんな拗ねちゃって。もっと凄い職業に着けるようになるかもしれないんっすよ?…まあ私には多分関係ないっすけどね」


このAltera Vitaには職業というシステムが存在する。職業とは特定の条件を達成すると獲得でき、プレイヤーは最低1つ。最高で3つの職業に就くことになる。職業につくことでその職業に関する分野での力、スキルなどを得ることができ、より良い職業につけば、比例するように力やスキルを得ることが出来る。その為、Altera Vitaをプレイするプレイヤーは、必然的に職業と共にあるのが当たり前になってくる」


職業には進化と派生という機能が存在している。例を挙げよう。兵士という職業に着いたとする。職業は目には見えないが、その職業を極めたりすると進化出来るようになる。兵士の進化職は兵士長だ。兵士長になれば、兵士の時より得られる物が格段に変わってくるのだ。では派生とは何か。進化にはあるデメリットがある。それは進化前に戻れないことだ。なら派生はどうか。派生は進化と違って、その職業の派生先なら幾らでも変更が可能なのだ。ただ進化職の方が性能は基本良くなるため、そこまで派生食は表には出てこない。


「ただでさえ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。今アンティグルス内の最強ランキングを作ったら、TOP20くらいまでは現地人になるはずっすけど、進化職が追加されればランキングに変動が起きるっすかもね」


NPC達もこの世界で現実世界の我々人間のように自らの意思で思考して行動するのは知っているだろうが、この世界にある職業の概念は元々はNPCが持っていたものだ。


どういうことかと言うと、この世界の意志を持った生き物の殆どが職業というシステムを持っている。現実世界で生きていたもの達からすると、職業の進化や会得などのシステムは()()()()()()と、思うだろう。しかしこの世界の職業という概念は、我々のゲームのシステムだと思ってることが当たり前なのだ。


だからNPC達も職業を進化させたりして、自分の力をつけるのだ。プレイヤーであろうとNPCであろうと、そこに変わりはないのだ


「今後プレイヤーが重要な役職につけるようになれば、国に与える恩恵は良くも悪くも巨大なものになります。各国の動きが大きく変わる可能性が高いですね」


そうサディアスが言った矢先に雫が落ちる音が硝子の向こう側から聞こえてくる。


2人は目線を外に向ける。慌てて店仕舞いしたり、雨宿りする場所を探している様子を水滴が滑る硝子越しに店内から眺める。そのまま二人の間には静寂が包まれた。


この雨は二人にこれからの世界の未来を示すようにばらばらと降りだしたようだった。


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