第十三話「統括」
「私は戦闘が出来ないものですから戦闘には未だに憧れているんですよ。そうだ、丁度いい。サディアスにこの二人を紹介しましょうか」
突然の出来事に、取り敢えず身を任せることにするサディアス。紹介と言っていたように、サディアスは悪魔と鳥人の二人と面識がない。けれどこの二人は見た目からもそうだが、普通の悪魔鳥人ではないのだろうとは感づいていた。
アルフィムの言葉を聞き、サディアスに近づいてくる二人。悪魔は厳つい顔に無表情、ご老体の鳥人は皺だらけの顔の上に不敵な笑みを浮かべていて、どっちにしろお断りしたいと思ってしまう。勿論内心で思うのは自由であるため良いのだが、それを行動に移すことなどサディアスには出来はしない。
「右手の顔が優しくない悪魔さん?自己紹介」
毒舌なのか、それともただ単に弄っているだけなのか、アルフィムの言葉に悪魔はより顔をより際立たせる。
「言葉が余計だアルフィム」
見た目通りに声は渋く、喋っているだけで空気が震えているように感じられる。体の様々な分野から発生されている厳かさは、子供キラーと言えるかもしれない。
「…悪魔統括をしている『モス・リーランド』だ」
やはり、それがサディアスの率直な感想だった。見た目の厳つさゆえに分かりにくいが、この悪魔は何か特別なものを背負っていると感じられたのだ。何かとは何なのだと言われたら分からないと答えるしかないが、心の奥の奥に何かを縛り続けているのだろうと。
サディアスはこの感覚を今までに二回感じている。一人目は天使統括『アルフィム』。このゲームを始めて直ぐにサディアスとは顔を合わせることになったのだが、当時人生初の感覚だったために、サディアスはこの不思議な感覚をゲームのバクなのではと思っていた。しかし二人目になる妖精女王『二コラ』と面を合わせることによってバクではなのだと思い知らされた。
悪魔統括。名前の通りに浮国の悪魔の一番上だという事になるが、そうなるとヨレヨレの身体で嫌な笑いをしている鳥人だ。
「まあ見た目よりは穏やかな悪魔ですから。次に左手の枯れ木さん」
「ふぇっふぇっふぇっ…誰が枯れ木みたいに皺くちゃだ」
いや、貴方のことでしょう。この鳥人以外の全員がそう思う。
「ふぇっふぇっ…鳥人統括をしている『ガルダ・ダース』。ふぇっ、イケメン君よろしく」
話し方から不審者臭が強く、差し出された手を返しながら苦笑いを浮かべてしまう。何となく鳥人の統括をしていることは察せられたが、サディアスからすると別の疑問が浮かび上がっていた。それはアルフィムやリーランドに感じた感覚を、ダースからは感じられなかったのだ。偉い者は皆何かを発していなければならないなんてことは勿論ないが、今まで出会って来た偉い者は感じられたが故に、疑問を感じてはならなかった。
彼らは自分のことを知っているのかもしれないが、自己紹介された以上自己紹介を返すサディアス。自己紹介と言っても名前と役職を教えただけだ。
「頭の隅にでも覚えといてください。それより摸擬戦をするのはいいですが、サディアスが旅立つのは明日ですよね?やるべき事が幾つかあるとか言ってませんでしたディータ?」
茶化すアルフィムだが、ディータは取り乱すことはない。いつも通りのディータなら忘れていてあたふたしたかもしれないが、明日には旅立つので今日一日しかない。更に楽しみにしていた課題の確認をするつもりだったため、今回はしっかりと覚えていた。
「…課題とは」
横から口を出したのはリーランドだった。雰囲気と喋り方から寡黙な悪魔なのだろうとサディアスは思っていたので、積極的に話すのかと内心少し驚く。
ディータは自分が回答すべきだろうと判断し、誰かに向けて投げかけられたであろう質問を答える。
「サディ…彼が『ミセド』の為降りる一ヶ月間、私が指導役にも関わらず指南が出来ないので、課題を出していたのですよ」
説明を受けてもリーランドは無表情のまま何も言わない。このままだと無言の空間になってしまうだろう。沈黙を危惧したディータは、もっと深く課題について話すことにする。
「課題は三つ出しました。翼を使っての飛行禁止。浮国以外の方と関わりを持つ。そして各国の基本情報の把握。この三つです…」
包み隠すようなものでもない。だからといって広めることはしたくないが、これでアンサーが返ってくるなら儲けものだ。そんな淡いな期待に残念ながらリーランドは答えてくれなかった。変わらず沈黙を続けるリーランドに、ディータは更に深堀でもするか悩んでしまう。
その様子を黙って見ていて、自分も何か手助けを出来ないか思うサディアスだが、今この場にいる面子の中で一番位は低いため、下手なことをしてしまうことを恐れる。自分のせいで何か不都合が起きてしまう。より事態が悪化する。そんなことは起きてほしくないのだ。
「ふぇっふぇっふぇっふぇっ」
聞きなれていない奇妙なご老体の笑いが耳に入ってくる。意図は分からないが、笑い声を出したからには何かあるのか。ディータとサディアスは黙って深い皺の年輪が刻まれた顔を見る。
「ふぇっふぇっ……此奴の真顔に付き合ってたら日が暮れる」
「私の大切な部下なのですから虐めるのは辞めてほしいですね」
二人の言葉を受けてリーランドは顔を強張らせる。心外とでも言いたそうにしていたが、自分でも思う点があったのか、これ以上のアクションは起こさず黙認をした。
アルフィムとダースは互いに違う笑みを浮かべている。アルフィムは上品ながらも馬鹿にするような笑い。ダースは通常通りの不気味さをレベルアップした笑い。口には出さなくても口に出す以上に彼らが伝わってくるのだ。
繰り広げられた茶番劇だが、観客は置いてけぼりだ。拍手をすることもブーイングすることも出来ない。浮国トップの三人が出演者であるため、感想を綴る。若しくは面を向かって発言を出来るのは、馬鹿か発言できるくらいの位の者だけだろう。
「やっぱり旧友は面白いですね…。おっとそろそろ話を進めましょう。何の話でしたっけディータ」
急な指名に驚きビクッと身体を震わすディータ。
「あ、はい。私が彼に与えた三つの課題についてかと…」
自信のなさから段々と声が小さくなっていく。
「そんな話でしたね。そうですね、サディアス」
次に指名されたのはサディアスだった。ディータのように身体を使って驚きはしないが、内心ではパニック手前になりそうだった。
「はいっ」
思わず語尾が跳ねてしまう。羞恥心からアルフィムに向けていた視線を外したくなってしまう。
「課題は全部達成出来たのですか?」
アルフィムは構わず問いを投げかける。おかげでサディアスの気持ちはリセット出来た。
肯定か否定の質問であったため、「はい」という簡単な二文字と首肯きで示す。
「ふぇっ…なら聞こう。学園都市国家エルフェンテインの基本情報を言ってみいっ…ふぇっふぇっふぇっ…」
ここはまるでオーディションのように選定現場だ。サディアスが志望者なら他の四人は皆プロデューサーや演出家だ。自らの意志で立とうが立たまいがやることは変わらない。
課題のために関係を持った八咫の言葉をしっかりとフラッシュバックさせる。女梅雨を彷彿させる雨が降っていた『ミストフォリッシュ』。街道を外れて路地を進めば存在しているカフェ『キャディー』。コーヒーの苦みの中と愉快な会話の中で手に入れた情報を。
頭に大まかな話の構成を作り、合格されるために口を開く。
覚悟を決めた。
あとはただ空気を揺らすだけだ。
あ:あーちゃん
い:いーちゃん
う:うーちゃん
い「皆さんこんにちは」
あ・う「『こんにちは』!」
い「始まりましたいーちゃんの人類絶滅ラジオぉ」
あ「いぇーい!今日は人間の間引きの基準を…って何ですかそれ~!?」
う「皆いつも通り」
い「五月蠅いAIは無視して今日の補足です」
あ「ひ、酷いっ!!」
い「今日はログアウトについてです。この内容はもしかしたら今後本編で触れるかもしれません」
う(…無視するんだ)
い「ログアウトは全ての場所で出来るだけではありません」
あ「ぐすんっ…」
う(長女が泣いちゃってるよ…)
い「ログアウトが可能な場所は『セーフティーゾーン』と呼ばれています。セーフティーゾーンはモンスターが生息しない場所が該当になります」
あ「うぅ…ぐすん。え、えと、例えば街とか…村とかの居住地ですぅ…」
う(あ、その状態でも説明するんだ…)
い「正確に言えばモンスターの生息地から何メートル離れていないととかあったりするんですが、基本的には泣き虫がいった通りに街とかです」
あ「な、泣き虫!?うぇーん!!!…いーちゃんがぁ酷いぃ!…」
う(また泣いちゃったよ…)
い「セーフティーゾーンって名前からその場所が安全なのかって言われたらNOと言えますがね」
う(なんで最後に爆弾発言していくの…?)
あ「う、うぐっ」
い「あら、うーちゃんの出番取っちゃったわね」
う「いいよ別に気にしない」←建前 (巻き込まれたくない)←本音
い「そう。もうこんな時間ですね。それではまた今度ごきげんよう」
う「バイバイ」
あ「…うぅ。さようなら…」
う(テンション低っ)




