1章
空が闇に支配されるているこの時間、石畳を急いで駆ける馬車がある。
数十メートル置きに微かに照らされた街灯に照らされながら、窮屈な蹄鉄を履かされた馬が闊走する音と、つられて鈍い音をならしまわる車輪がゴトゴトと夜の闇をつんざいている。
馬車の中には、父とともに一人の少女が乗っている。
昼に蓄積した紫外線を吸った蛍石が、カンテラの中で残骸のように弱々しく短い命のような緑の燐光を放っている。
そこに照らし出された少女は、長く揺れるような波型の髪に布を巻きして、憂いを帯びような潤んだような瞳が魅力的な少女。
この闇に怯えている年頃だろう、いや、むしろこの闇が彼女にとって己が住まう領域でもあるかのように落ち着いている。
石畳の街を小一時間も走り抜けた先に、関門の形跡がある。
「おかしい、どうしてこんな時間に開門しているんだ。不気味だ。何かがあったのか」
そう父が呟くと、かまわず、
娘が「父さま、このまま進みましょう」と言った。
父は、少女の少し先を予知する力を知っているので、少しの恐れはあったが事件に巻き込まれることはないだろうと判断し進んだ。
しばらく進むと何事もない事を証明するように、土で出来た地面がどこまでも車輪の下にあり、砂埃を浴びせかける。
2時間も走っただろうか、辺り一面に異様な臭気が漂い、大きく地を揺らし耳に轟く音が響いた。
思わず音の方をみると、
「なんだ、あれは。およそこの世のものではないな。
サーシャ、やはり来てはいけなかったようだ」
斜め下方向の湖面を眺めながら父は恐る恐る囁いてくる。
「父さま、危険はありません」
下方の湖面には、たまに間欠泉が吹き上がり、オレンジ、赤、黄色、緑などのカラフルなグラデーションから白い湯けむりが沸き上がっている。
そのコントラストは何とも綺麗とは言い難く澱んでいるというような感じだ。
血が錆び付いているような鉄や卵の腐ったかのような硫黄やヒ素などの限りなく毒物に近いきつい匂い。
周辺は何とも臭い、臭気で鼻や目が早くも危機を訴えだしている。
危険なものほど怪しげな光りをたたえるものだ。
まるで、年老いた魔女が若返りの薬を使い美しく装い、醜悪な中身はそのままに純朴な人間を狩る前触れのようだ。
また、ゴォ、ゴォ、ゴォオオオーーーーーと激しい地をならす音を立てて、間欠泉が湧き起こる、そして毒々しい湖面になだれ落ち、飛沫が飛び散る。