05
「もういやぁああ――――っ!!」
取り巻き令嬢①がヒステリックな声をあげ、食堂から飛び出していく。
取り巻き令嬢②は慌てて追いかけて行ってしまう。王子の抑止の声は届かなかったようだ。
今にも2人を追いかけようとしている王子が、ふと眼鏡がお弁当箱を眺めていることに気付く。
お弁当箱見てる場合か、という王子のツッコミと私の内心のツッコミが重なった瞬間だった。
「いえ、毒で亡くなった2人のことで……すみません、今はご令嬢を追いかける方が先ですね」
脳筋とモブのお弁当箱を見ていて、何か気付くことがあったのかもしれない。
それでも今は団体から離れた2人が優先だ。
ヒロインはあまり行きたくなさそうだったが、死体と残されるのも嫌だったらしく、最後のほうまでぐずぐずと躊躇っていたみたい。
どっちも怖いと言えば怖いもんね。
廊下に出てまず不可解な点が見つかった。
食堂を出て数メートル先の廊下の真ん中に、太い柱が出現している。こんなもの、先程会議室から食堂に移動した時はなかった。
2つ目の不可解、いや、不快な点。天井と柱が接触している面から、赤い液体が滴っている。赤く染まった制服のスカートの端も、同様に隙間から覗いている。
……これは、どっち?
きっと、みんなそう思ったに違いない。
もう片方は、すぐに見つかった。
2階と3階を繋ぐ階段の踊り場の壁に、彼女は縫い付けられていた。
無数の矢に全身を射抜かれた彼女は、蝶の標本、なんて美しいものではない。
糸の切れた赤い操り人形を疎ましく思った誰かが、動かなくなった腹いせに針を刺しまくった、という表現に近い気がする。
矢に射抜かれていたのは取り巻き令嬢①。だとすると、柱と天井に押しつぶされてしまったのは、取り巻き令嬢②か。
……ライラックが守った彼女がもう死んでしまって残念じゃない、わけじゃない。でもどうしようもない。
そういえば、先に食堂を出て行ったのは取り巻き令嬢①だ。それを追って取り巻き令嬢②。
普通、逆じゃないの?
先に走っていた取り巻き令嬢①が柱に潰されて、取り巻き令嬢②が逃げて階段で死ぬはず。
「マルーン嬢を先に殺したのは、誘導でしょうね」
眼鏡はこう言った。
自分のすぐ後ろを走っている取り巻き令嬢②を先に殺したのは、取り巻き令嬢①に更にここから逃げたいと思わせるため。
結果、一層冷静な判断が出来なくなった彼女は階段に向かい、そしてそのまま……ということだそう。
なるほど。
これで今残っているのは、ヒロイン、王子、眼鏡、コミュ障、私含めたモブ4人。
メインキャラとモブの比率が一緒になっちゃってる。
ここではもう、関係ないのかな。モブとかメインとか。
「気になることもありますし、一度食堂に戻りませんか?」
「……廊下よりはマシか。そうしよう」
眼鏡と王子の決定で、私たちはまた食堂へと戻ったが、またしても不可解なことが起きていた。
毒で死んだと思われる脳筋とモブの左胸に、ナイフが突き立てられていたのだ。
誰が、何のためにこんなことをしたんだろう。彼らが死んだことは、眼鏡が確認した。なのに何故死んだ後にナイフを心臓に刺す必要が?
もしこの中に愉快犯がいるのだとしたら、さっきみんなで廊下に出た時に刺したのか。でもやっぱり必要性がないと思うんだけど。
「見てください、殿下」
12個のお弁当箱を並べて(主に王子に)眼鏡が説明を始めた。うちらのことは眼中にないのかしら。
10個のお弁当箱は綺麗に食べきっている。みんな残した時の報復を考えたんだろうな。考えることは皆一緒。
対して毒で死んだ2人のお弁当箱には、メロンのゼリーがそのまま残っている。それ以外の物は残っていない。
「アザレアは、果物にアレルギーを持っていました」
「?! そういえば、あいつもそんなこと言ってたな……」
眼鏡の言葉にモブが反応した。
ちなみにアザレアとは脳筋のことで、あいつとはモブのことである。
私に毒疑惑かけてきたモブとは、友だちだったのかな。お弁当も隣で食べてたし。
それはさておき、2人はゼリーを食べなかった理由があったようだ。アレルギーは最悪の場合命を落とすことがある。アナフィラキシーショックだっけ? とにかくアレルギー持ちの人は、普段その食べ物を口にしないよう気をつけている。だから2人はゼリーを食べなかった。
私はメロンのゼリーなんて変わってるな、くらいにしか思ってなかったのに。
で、なんで2人は死んだんですか眼鏡さん。
「推測ですが、全ての弁当に毒が入っていたのではないでしょうか。そして同時に、このゼリーには解毒薬が入っていた」
「そうか。2人はアレルギー反応が出ることを避けて、ゼリーを食べなかった」
……探偵だわ眼鏡。
それより気になることが。
「この2人を狙ったみたい……」
食べ物、しかも果物のアレルギーなんて、仲がいいか、故意的に調べないとなかなか分かるものじゃない。ゲーム内でも彼のアレルギーに触れていた場面はなかったような、気がする。
だから「誰かがメロンアレルギーだったらいいな」なんて軽く仕掛けるなんてことはしないだろう。
だとしたら、メロンアレルギーだと知っている人物が、狙ってメロンゼリーに解毒薬を入れたと考えたほうが自然だ。
このデスゲーム、てっきり愉快犯だと思っていたけれど、本当にそうなのかな。
今回に関しては「ゲーム感覚で殺す」という感じではない。
ライラックの言っていた通り、このメンバーが意図的に集められたのなら、これは確実に2人を狙っていた。
食堂に辿り着くまでに2人が死ねば、疑心暗鬼になるだけの食事だった。でも、2人はここで毒殺され、心が耐えられなかった取り巻き令嬢①とそれを追った取り巻き令嬢②が死んだ。取り巻き令嬢②も、取り巻き令嬢①の恐怖心を更に煽るために殺されたようなものだけど、それでも脳筋たちより不確定要素だったはず。
今いる食堂は3階。まだ2階1階がある。それにあの声は「生きて校門まで行けるかなゲーム」と言っていた。校門に辿り着くまでには校庭がある。
それまでに、自分を狙った罠があったら、私は死ぬ。確実に。
「貴方もそう思いますか」
……。
しまった。ぽろっと口からこぼれてしまった。
でも「この2人を狙った」と思ったのは事実なので頷いておく。眼鏡も「貴方も」と言ってるし、いっか。
『はい! この階の課題「参加人数を半分以下にする」クリアですね!』
やけに高いテンションの声が響いた。
『皆さん、こちらが課題を出す前にクリアするなんて、素晴らしいやる気です。殺しあっていただいても良かったんですけどね』
3階に来てから死んだのは、脳筋とモブ1人と取り巻き令嬢①②。
残りは8人。15人きったからクリア、か。
殺し合いなんてしなくなかったけど、人が次々に死ぬ様を見ることになるなんて……。
殺し合いの為の「狼だれだ」だったりしないだろうか。本当に、この中にデスゲームの犯人がいるんだろうか。
いなければいいのに。
死亡:2 残り:8