04
階段の踊り場に行くと、壁に『会議室へ行け』という紙が貼られている。
眼鏡や王子が仕切り、みんな3階の会議室へと足を向けた。
沈黙のままだった。
会議室には、もう数人人がいた。ヒロインも震えながら椅子に座っていたが、王子たちの姿が見えるや否や駆け寄ってくる。
ここに1人で残ってるの心細かった、的なことを言っている。私たちが入った時モブが他にもいたし、いくらなんでも1人きりにすることはないと思うんだけど。
それはさておき、彼女の言うことが本当なら、王子は一度踊り場やここまで来たのにも関わらず、わざわざ私たちを助けに4階まで戻ってきてくれたわけだ。
彼らが来てくれなかったら、私たちは死んでいた。感謝しなくては。
あれ? 人数が少ない。
コミュ障が「スカーレットはどうした」と口を開く。
スカーレットとは、とある魔術師団員の子息のファミリーネームである。攻略対象だ。穏やかヤンデレキャラ。
この世界では魔法はかなり希少な才能で、魔力がないことはむしろ普通。「魔法が使えるなんてとんでもないですね!!」レベルだ。
彼は父親から魔法の才能を受け継いでいて、将来有望な魔術師だ。病んだ時の彼の魔法の使い方には度肝を抜かれた、と感心していた友だちの記憶がある。あれもその片鱗だったのか。
すると脳筋と眼鏡が同時に答えた。
「スカーレットは死んだ」
……え?
ヤンデレは攻略対象で、メインキャラの1人だ。なのに彼が死ぬわけがない。
ライラックは名前を持つキャラだけど、ポジションが悪役令嬢。命を落としてしまったことは残念だが、ゲーム中は敵対キャラだ。まだ納得できる。
でもまさか、ヒロインを守る立場の彼が死ぬなんて、誰が考えただろう。
「何故かここでは魔法が使えない。そう言っていたが、まさかこんなことになるとはな……」
脳筋は溜め息を吐いた。ヒロインは王子に支えてもらいながら泣いている。
私はそれどころではない。ヒロインと攻略対象キャラの合計6人は、必ず生き残ると思っていた。
その前提は違うというのか。じゃあ何故彼らは揃ってここにいるのか。
分からない。
…………。
それからモブも6人、亡くなったそうだ。あの鎧のせいで。
これで残りは12人……。いつのまにか半分をきっていた。
「それから、会議室にはこれが」
眼鏡が指す黒板には『狼だれだ』とチョークで書かれている。
狼? いや、ヤンデレ以外は魔法は使えない。魔法でもない限り、姿形を変えることはできない。だから犯人は人間のはず。
だとしたら、人狼? この中に犯人がいるというメッセージ?
それとも、罠?
『そろそろ疲れたし、おなかも空いたでしょう。一時休憩にしましょう』
響く声は表面上の労わりの言葉を投げつけて、私たちを食堂まで来るよう指示をした。
「この狼だれだ、とはどういう意味ですか」
『……ふふ、私は誰でしょうっていう意味ですよ』
眼鏡の問いに、意外にも返事があった。
でもおかしい。この残酷なゲームを開いた犯人がここにいるのなら、リアルタイムでの返事はできない。現に今、眼鏡以外の人は喋っていない。
録音されたものを流した? 想定して?
いや、犯人が複数いると考えるほうが自然か。だとしたら、共犯の存在を仄めかす必要はない気がするんだけど。ううん?
それ以降声はなくなり、私たちは見事疑心暗鬼状態だ。多分、してやられている。
今までは協力していたけど、片棒担いでいるやつがいるかもってことでしょう。なら協力はしないほうがいいのでは。
そんな空気だ。
それに耐えられなくなったのは取り巻き令嬢たちだ。まだライラックが死んで、心の整理が出来ていないであろう彼女たちは、ポロポロと涙をこぼす。
「これも罠の可能性がある。今は全員で協力してここを出ることを考えるべきだ」
王子はそう言って、みんなを食堂に行くよう促す。ヒロインたちはそれに従う。私たちモブももちろん従った。
でも、みんな腹の中では何を考えているのか。
食堂はいつも通りテーブルが並べられていたが、1つおかしい点があった。
これを食べろ、と無言の圧力をかけてくるお弁当箱が積まれていることだ。数は12。
色々なことがありすぎて、おなかが空いた感覚がないんだけど、食べないと何が起こるか分からない。
1人のモブが、率先してお弁当箱をとり、適当な席に着く。
それを見た王子や眼鏡も動き始め、私も同じようにお弁当箱を手に取った。
さて、どこに座ろう。
「おい」
お弁当箱を最初にとったモブが私に話しかけてくる。初めての出来事だ。
「お前、怪しいな」
「は?」
「他の令嬢たちはまだ躊躇している。それなのにお前は取り乱したりもせず、冷静にその弁当を選んだ」
「はあ」
「もしかして他の弁当に毒を仕込んで、自分だけ安全な弁当を食べようとしているんじゃないだろうな」
お前バカ? そんな意味の変わらない言いがかりを、よく言えたな。
そもそもお弁当最初にとったのお前だし、私の前にお弁当とった人何人かいるのに、どうやって毒の入ったお弁当を取らせるんだよ。
私が手渡ししたわけでもないし、私は手品師じゃないし。
そもそも自分以外殺すメリットってなんだよ。最後の1人になったらここから出られます、なーんて言われたわけでもないのに。
イラッとしてしまった私は、うーっかり口が滑って、今の内容をオブラートに包んで包んで包みまくって遠回しにモブに言ってしまった。
大丈夫、淑女の仮面は剥がれていない。
モブは言い返されると思っていなかったのか、とても驚いた様子だった。
仮にも毒入れたとしても、簡単に白状するとでも思っていたのかこのバカ。
結局あの後は王子が治めた。さすが王子。
しかし、当然食事は気まずい状態のまま進んでいく。
まずい。
せっかく野菜も肉も魚も入った、普段なら食べないような豪華なお弁当なのに、ちっともおいしくない。
私の家、一応爵位持ちだけどモブだからかド平凡な家だから、豪華な食事とか滅多に食べられないのに。勿体ない。
大体みんなが食べ終わり、さてどうしようとなる空気の中、唐突に椅子が倒れる音がして驚く。
「うっ……ぐっ、あ……」
椅子に座って後ろに倒れ込んだのは、脳筋だ。
彼の状態は、一目見ただけで異常だと分かった。まず顔が青い。目が充血していて、焦点があっていない。呼吸も荒く、息がし辛そうだ。
脳筋はそのまま苦しみ、そのうち嘔吐した。
「まさか本当に毒が?!」
眼鏡が珍しく大声を出す。
「げぅっ……!」
更に、私を疑ったモブの隣にいたモブが苦しみだし、床に倒れ込む。
モブの症状は脳筋と全く同じだ。
これが毒によるものなんだとしても、どのように対処していいのか分からない。
毒を飲んだ人を、どうすれば助けられるのか知らない。
「だず、げ――っ!」
2人の口からは白い何かがこぼれている。泡、だろうか。
彼らは誰も何も出来ない中、悶えるような表情でこの世を去った。
死亡:9 残り:10