03
視聴覚室には重い空気がたち込めている。
そんな空気を払拭どころか更に重くするあの声が響く。
『最初の課題のクリアおめでとうございます! 次の課題は2人1組になって、指定された場所に行くことです! このくじを全員が引いたらスタートだ!』
また知らぬ間に用意された箱の中には、折りたたまれた紙が入っていた。
私の引いた紙には『1番 科学室』と書かれている。スタートに遅れないようペアの相手を探すと、なんと、悪役令嬢だった。
当たり障りなく挨拶を交わし、お互い協力しようと握手までする。
悪役令嬢と言いつつ、彼女がとてもしっかりした人だというのはさっき知ったので、きちんと協力していこう。
ところで科学室とは校舎の端にある教室だ。視聴覚室からやや離れている。またあの首無し死体、に加えて座り込んだ死体のある廊下を通るのは嫌だが、仕方がない。
科学室までの1本道で、悪役令嬢とこのデスゲームについて話をした。
「自分が選ばれた理由に、何か心当たりはありますか?」
「え……そういえば、何ででしょう」
頭が悪い返答をしてしまったが、彼女は気にせず続ける。
「私は、なんらかの意図があると考えております。それが何かはまだ分かりませんが、もし何か共通点や情報を思い当たったら教えていただきたいです」
やっぱりまともだ、この悪役令嬢。むしろ私よりちゃんとしてる。
私が知っている情報なんて顔が広い彼女には劣るだろうな、と思いつつ、もし何か気付いたことがあればすぐに伝えることを約束した。
会話をしながら着いた科学室の黒板に『この鍵を持って3階南の階段の踊り場へ行け』と書かれている。
鍵はテープで黒板に固定されている。怪しいところがないか確認し、それを手に取った。
金属製の鍵は、何の変哲もないように見える。
悪役令嬢と顔を見合わせて頷き、ひとまず南の階段に向かう。
「ライラック様っ!」
「マルーン様!」
近くの女子トイレから、取り巻き令嬢②が飛び出してきた。取り巻き令嬢②は嬉しそうだ。
ちなみにライラックは悪役令嬢の、マルーンは取り巻き令嬢②のファミリーネームです。
男子トイレからは、攻略対象であるネイビーさん家のご子息が出てきた。彼は普段子爵を名乗っているが、おうちの爵位は公爵という設定。お父様の爵位の1つを貰ったんだか何だかして、そう名乗っているみたい。
彼の手には鍵があった。しかし本人からは何の報告もない。
私は寡黙すぎてコミュニケーションが難しい彼を、コミュ障と呼んでいる。
どうやら彼らは男子トイレに鍵が、女子トイレに紙があったようだ。男女ペアで良かったね。
紙の指示は同じく南の階段の踊り場。4人で動くデメリットもなかったので、そのまま合流した。
程近くでガチャと金属の音がした。
「伏せろ!!」
鋭い声に、とっさに悪役令嬢の手を取って伏せた。
ガシャーン! と横の窓ガラスが割れ、死に物狂いで立ち上がる。
コミュ障が険しい顔をしているのが目に入り、伏せろの大声は彼のものだと理解した。一体何があったのか、と振り返ればその原因が分かった。
窓ガラスに重そうな斧を突き刺している甲冑が、そこにはいた。
なんだっけ、ミラノ式? そんなようなファンタジックなフルフェイスの鎧だ。
なんで?
コミュ障のおかげで誰も薙ぎ払われずに済んだが、これからが問題だ。
こいつに対抗する手段がない。学校なんだから武器なんてない。あっても私には使えない。
「走れ!」
私たち女子3人は走り出す。南の階段の踊り場まで。
コミュ障は途中にあった資料室に入って、机を持ってきた。
私たちを狙う鎧は足はそんなに速くない。彼は後ろから机で頭部を殴りつける。
私は後ろの様子を確認しながら、教室に入った。何か、身を守る武器が、女子にもあったほうがいい。
しかし机は重い。振り回せない。仕方がないので椅子を持った。斧には完全に負けるけど、ないよりはいい。
悪役令嬢たちと取り巻き令嬢②はもうすぐ階段に着きそうだ。
「きゃあああぁぁっ!!」
今度は剣を携えた鎧が階段を上がってきた。
悲鳴を上げた取り巻き令嬢②に狙いを定めた鎧は、大きく剣を振りかぶる。
間に合わない!
竦みあがってしまった取り巻き令嬢②を、悪役令嬢が押し倒す。が、遅かった。
剣は止まることなく悪役令嬢の背中を切り裂き、また悲鳴が上がった。悪役令嬢と取り巻き令嬢②は共に倒れ込んでいて、動けそうにない。
2人に注意がいっている。このままでは2人とも殺される。
私は走りながら椅子を持ち上げ、鎧の顔めがけてフルスイングした。
硬い物とぶつかる衝撃に、思わず眉間に力が入る。
気付くと掴んでいたはずの椅子は手から離れ、階段のほうに飛んで行ってしまっていた。握力が負けた。椅子を掴んでいた手が痺れて痛い。
鎧を確認すると、打撃を与えたからか足を1歩引いて動きを止めていた。兜はぐるりと真横を向いている。普通だったら首に異常をきたしているはずなんだけど、そんなことはなかった。
鎧は私に顔――側面だけど、体は正面――を向け、ゆっくり剣を構える。
これは駄目なやつ。
「はあああああっ!!!」
来るであろう痛みに身を固くして目を瞑ると、怒声とガゴーンをいう鈍い音がした。
私の肩はぬくもりに包まれている、いつの間にか。でも温かい人肌に触れて、なんだか落ち着いてきた。
だれ、と目を開けると、衝撃の美顔が待ち構えていた。
「大丈夫か?」
肩を! 抱かれている! 前言撤回! 目の前に王子の顔があったら全っ然落ち着かない!
「あ、ありがとうごさいます殿下。私は問題ないです」
必死に真顔を作り、事務的に答える。
そこでようやく周りが見えてきた。
鎧は完全に兜がとれ、横になったまま動かない。
膝を突いてそれを確認するコミュ障、傍らには机。その前には額を拭う脳筋の手に教卓。私の後ろの方で悪役令嬢と取り巻き令嬢②の様子を確認している眼鏡と取り乱している取り巻き令嬢①。更にその後ろ呆然としているモブ1人。そして私の真後ろにいる王子。
それより、悪役令嬢の様子は――。
「ライラック様! ライラック様!! しっかりしてください!!」
真っ赤な彼女は、うつ伏せのままだ。
剣で服ごと肉を切りつけられ、おびただしい量の血を流している。彼女の制服は元の色が分からなくなっていた。取り巻き令嬢②の制服にも、彼女の血がべったりとついている。
悪役令嬢の肩は弱々しく上下しており、辛うじて息がある、そんな風に見える。
しかし取り巻き令嬢②はそんなことは気にならないようで、悪役令嬢の肩を揺すって泣いている。
そんな2人を目の当たりにして言葉が出ない、と言わんばかりの取り巻き令嬢①は、やがてズルズルと力なく座り込んだ。
「――マル……ン」
「ライラック様っ!!」
悪役令嬢は、血塗れの顔で笑った。
「無、事で、よかっ……」
言い終わる前に動かなくなった彼女に、取り巻き令嬢②は悲痛な叫びをあげる。
眼鏡も、痛ましげに顔を歪ませている。
私は、いつのまにか涙を流していた。
彼女は「悪役令嬢」なんかじゃなかった。
私の方がよっぽど悪だ。学校の卒業と共にモブ人生を卒業して私の今生を満喫したい、だから死にたくないのだ。
でも彼女は違う。
咄嗟に取り巻き令嬢②を庇った。彼女にとって、取り巻き令嬢②は大切な人なんだ。
彼女は、シナリオ通りの存在じゃない。
この3年弱、色々なものを避け目を瞑ってきた私は、今初めてそれに気が付いた。
「私が、もっと早く……」
「それは違う」
王子が私の呟きをきっぱり遮る。
「君がいたから彼女は助かった。君がいたから、彼女は報われた」
私がいたから、悪役令嬢の命だけで済んだ。
それで納得できるほど、私は大人ではない――でも、彼が言っていることを否定するほど子どもでもない。
彼女が守りたいと思ったものを、守れた。それだけでも、良かったと思うべきなんだろう。
それでも。
「もっと話してみたかったな、ライラック様と――……」
死亡:1 残り:19