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02

 制服の胸ポケットに自分の物ではないペンが入っている。そういえば、廊下で拾って、落し物として届けようとしていたんだった。忘れてそのまま帰宅したけど、今は丁度いい。

 そのペンを、屋上への扉の向こうへ転がしてみる。

 何も起こらない。

 眼鏡の男子生徒――以下眼鏡。彼も攻略対象キャラの1人で、今の宰相の息子のインテリキャラ――がそのペンを拾い上げ、そのペンを扉の向こうから投げ渡してくる。

 何も起こらない。

 最初のモブは電撃でやられたが、ペンは無事。ということは、彼はドアノブを握ったからそうなったのであって、ゴム版の通行証を持っていなかったからではない。

 なるほど、通行証はここで使うものではないみたいだ。雷とゴムはミスリード的な感じなのかな。

 それはさておき役目は果たしたので、さっさと視聴覚室に向かう。彼らも階段から降りてきているので、もういいはず。


「なんだ、血の臭いか……?」


 背後から王子の声がする。私には分からないが、血の臭いがするらしい。脳筋も同意している。

 その理由はすぐに分かった。視聴覚室に近づくにつれ、私でも分かるほどの血の臭いがしてきたからだ。きっと、何かあった。こんなにも分かるほど、血の流れる何かが。


 視聴覚室の扉の前は血溜まりだった。頭のない体が合計で3体ある。

 悲惨な光景に思わず目を瞑るが、脳裏から離れない。充満した酷い鉄の臭いが更にそれを助長してくる。

 付近には誰もいない。誰もこんな場所見ていたくはない。


 しかし、悲劇は廊下の窓辺にも起こっていた。

 開いた窓の下に、全身血塗れの死体が転がっている。4階ではあるけど窓からの逃亡を試みたんだろう。でも無理だったんだ。

 全身血塗れのそれは廊下に何体かあるようだった。みんな同じことしたのかな……。


 視聴覚室からやや離れたところに、白い顔で座り込むモブがいる。話を聞くと、首無し死体が出来上がったところを見てしまったようだ。無理もない。けれど内容を聞かせて欲しいと頼むと、途切れ途切れにこう言った。

 視聴覚室の扉は最初から開いていて、彼らが中に入ろうとした時に上からギロチンのような大きな刃が落ちてきた、と。

 3人は確かに通行証を持っていた。でもギロチンに阻まれた。あの声が言っていた『これ』とはこのゴム版の通行証ではない。

 じゃあ『これ』とは何だろう。

 単純にヒントに気付いていないのか、ヒントが足りていないのか。


 ……さすがにこんなイベントが、あの乙女ゲームにあるわけない。

 私は死にたくない。

 今までの私の全てを使って、生きてここから脱出しよう。

 みんなと協力はするけど、メインキャラたちとは一緒に行動は控えた方がいいのかもしれない。何かあった時、メインキャラと一緒にいたらモブが優先的に死ぬ気がする。それは困る。


 とりあえず今はヒントを探すために、4階を探索するべきかな。

 当たり前だけど、1人行動はあんまりしたくない。ギロチンのような殺人トラップが他にもあるかもしれない。

 ひとまずは人目のある場所、物から探していこう。


 一番怪しいのはもちろん、このゴム版の通行証。

 手触りはツルツル。片面に「通行証」という文字が彫られていて、もう片面には何も彫られていない。ちなみに文字は凹んでいて、ゴシック体に近い。

 サイズは私の掌に乗るくらいの正方形。厚さは5mmくらいかな。分厚い。

 ……以上です……だからなんだ。


「マルーン様があんなこと言い出さなければ! こんなことにはなりませんでした!」

「なっ! マダー様だって賛成したではありませんか!」


 階段に近い場所で、戦いが勃発している。女子生徒2人が、どちらが悪いか言い合っているようだ。

 経緯は知らないけど、そんなことやってる場合か。


「おやめなさい! 今は揉めている場合ではありません!」


 そこにもう1人の女子生徒の声が響き、2人の言い合いは止まった。

 そっと覗き見ると、悪役令嬢が取り巻き①と取り巻き令嬢②の間に立っている。

 言い合ってたのは取り巻き令嬢たちで、悪役令嬢が止めたようだ。悪役令嬢が一番まともという矛盾。

 取り巻き令嬢①の表情的に納得出来ていないように見えるが、悪役令嬢は更に「今は視聴覚室に入る方法を考えましょう」と説得している。

 すごいあの人。屋上から始まったわけの分からない展開に狼狽するのではなく、むしろ2人を宥めて冷静に対応している。

 本当に悪役令嬢なのかな。すごく芯のしっかりした人だよ。

 さっき屋上でチラッと見えたヒロインちゃんは、泣きそうな顔をして脳筋の後ろに隠れてたんだけどな。


 そんな3人を盗み見ながら、私はあることに気が付いた。

 このゴム版の通行証にある「通行証」の文字に、光沢がある。

 ゴム版の表面はツルツルしていて光沢があるが、彫ったら普通ゴムなんだから、光沢はなくなるはず。でもこの文字にはある。

 そっか。私はてっきり1枚のゴム板に文字が彫られているのかと思っていた。実際は文字の部分が抜かれたゴム板と、何も彫られていないゴム板を重ねて作られている。だからこんなに分厚いのか。

 ゴム板の角を爪で弄ってみると、ゴム板は3枚重ねだった。もう1枚あったのか。

 1枚目は文字の彫られた板。じゃあ2枚目と3枚目は何? 必要なくない?


「とにかく今は、皆で協力しましょう。いいですね?」

「はい、ライラック様」


 悪役令嬢が歩き出すと、彼女のサイドにいた取り巻き令嬢2人も後に続く。

 むこうは折り合いがついたようだ。

 ――あ。

 ゴム板の2枚目、取り出せないだろうか。

 指を突っ込んで引っ張ろうとすると、2枚目と3枚目の間に挟んだ指先に何かが触れる。間に何かある。

 指先で挟んで取り出せないか、とうんうんやっていると、突然「一体何をやっているんですか」と後ろから肩を掴まれた。

 内心「ぎゃあっ!」と悲鳴を上げながら振り返ると、眼鏡が立っていた。びっくりするからやめてよ。

 非難も心の内に留めつつ、ゴム板の間に挟まる何かが取りたい、と話す。

 すると眼鏡は私の持っていたゴム板を取り、間に指を突っ込んだ。私より指太いのに、無理なのでは。

 そんな予想を裏切って、眼鏡は指を突っ込んだ反対側からその何かを取り出した。天才か。引いて駄目なら押してみろってことか。私に足りないのは指の長さだった。いや脳みそか。

 その何か、とは厚紙だった。私からはただの白い厚紙に見えるが、眼鏡が怪訝な顔をしている。

 眼鏡は溜め息を吐いて厚紙をひっくり返す。


(これ)


 首。

 血のようなインクで。首。ギロチン。


「首」

「ええ」


 声の言っていた『これ』とは首のことだった。「これ」なんてルビまでふってある。

 でも、首を持ってこいってどういうことだ。誰か殺して死体からパクるかしろってことか。

 思わず首を傾げた私に、眼鏡はもう一度溜め息を吐いた。


「誰の、とは言っていませんでしたね」

「あ、自分の首でも良いと言うことですか……」

「当たっていれば」


 やはり天才か。

 誰かの頭を抱えて視聴覚室へ飛び込まなくても、文字通り自分の首を両手で掴めばいいのか。ギロチンに引っ張られてしまった。これじゃあ相手の思う壺だ。


 そのまま眼鏡はヒロインや王子たちと合流しに行った。

 私は眼鏡の指示に従い、他のモブや悪役令嬢たちに視聴覚室付近に集まるよう呼びかける。


 そんなこんなで十数人が集まり、自分の意見だからと眼鏡が1番に扉をくぐった。

 眼鏡の答えは正解だった。ギロチンが落ちることなく彼は視聴覚室に入る。

 それから全員順番に並んで、自分の首を持って入る私たち。それを見た他の生徒も答えを聞いて列に並ぶ。

 見た目だけならシュールだが、これは命がかかっている。


「おい、何をしている!!」


 白い顔で座り込む人が、動かない。

 首無し死体が出来上がる過程を見てしまったあの人だ。

 壁にもたれ、足を抱え込んで震えているモブには、脳筋の叫びが届いていない。

 無理矢理にでも助けに行きたいが、ご丁寧に『1度中に入った人は出てはいけない』と書かれた張り紙が、扉の裏側に貼ってあった。

 屋上の電撃の一件もあり、迂闊に廊下に出られない。従って、声をかけるしか出来ない。

 しかしモブは動けないのか、震える一方だ。


 やがてその時間も終わりを迎える。

 ピシャン! と大きな音で視聴覚室の扉が閉まる。座り込んだあの人を残して。

 窓から皆が叫ぶ。

 そして間もなく、モブの胸から1本の剣が生えてきた。赤いシミがシャツに広がる。

 あの人の震えはいつの間にか止まっている。いやそれどころか、動かなくなってしまった。


「いやああぁぁー!!」


 それが誰の悲鳴か、私には分からなかった。

死亡:9 残り:20

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