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9/2 全体の誤字修正しました。ありがとうございます。
私の周りには6人の男女がいる。
みんな顔から感情が抜け落ちているけれど、それは私も同じだろう。
「……それでは、投票を始めよう」
彼はひどく硬い声色でそう言った。それもそのはず。これで全てが決まるんだから。
これから始まる最後の課題。
本当に『あの人』を選んでいいのか、私には分からなかった。
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私はとある乙女ゲームに転生した人間だ。
気付いたのは前世でいう「高校」に入学してからだけど、それも仕方ない。何故なら私は、そのゲーム内では所謂「モブ」で、背景のイラストに描かれているかどうかくらいの存在だからだ。
実際にゲームで遊んだことはないけれど、友だちがプレイしているのを見ていた。登場キャラの特徴はそこはかとなく覚えている。
最初こそ困ったが、私はモブとしての使命を全うしている、と思う。
同じクラスにゲームのヒロインや攻略対象がいた時も年もあったけれど、話すこともしない。彼女たちが起こすイベントを視界にも入れず、仲良くなったモブ令嬢たちと淡々と過ごしていた。
しかしそんな運命から、あと1ヶ月程で解放される。
そう、卒業式だ。
一応このゲームに悪役令嬢はいる。その取り巻きたちも。陰での嫌がらせはあったみたいだけど、そもそも悪役令嬢とメインヒーローである王子は婚約者ではない。
だから卒業式で断罪からの婚約破棄、みたいなこともない。あるのは卒業式後にヒロインが誰かに告白するイベント。その成否でエンドが変わる。
でも、何エンドだろうと私には関係ない。
卒業式まで乗り越えられれば、約3年にわたるモブ生活に終止符を打てる。
そんなフラグ的なことを考えたのが原因なのか、私の部屋に、いつの間にか1通の手紙が置かれていた。通常、手紙は執事または侍女から直接手渡されるはず。なのに勝手に部屋のテーブルに置かれているなんて、怪しすぎる。
しかもこの手紙、差出人はおろか受取人である私の名前も書いてない。そんな馬鹿な。
怪しい。こんな手紙開けない方がいい、に決まっているけれど、もし警告の類の手紙だったらどうしよう。
うーんどうしたものか、と口では唸りながらも、私の手は引き出しを開けてペーパーナイフを探している。好奇心に体が負けている。
半分恐怖、半分興味で手紙を開けると、中には1枚の紙が入っているだけだった。
『特別パーティにご招待』
紙には、ただそれだけ書かれていた。
何の話だろう。卒業式の後の話だろうか。いや、それなら匿名にする理由がない。
たった一言書かれたそれを眺めていると、突如文字に重なって光の模様が浮かび上がった。
は? と思う間もなく私の意識は光に奪われることとなった。
目の前にはコンクリートの床。
数秒間何がなんだか分からなかった。思考が動き始めて、ようやく変な手紙を見てから意識を失ったと思い当たる。
どこかに拉致られたのかな、と体を起こすと予想もしていない場所にいたことが分かった。
「学校の、屋上?」
しかも自分以外に何人もの生徒が、同じように倒れている。
私はとりあえず友人がいないかを確認したが、親しい間柄の生徒はいなかった。
代わりに、見知った顔は見つけた。
フェンスに寄りかかっている王子。そして傍らに不安げに立つヒロイン。その周囲にいる男子生徒4名。
要するに、ヒロインと攻略対象5人だ。
王子、宰相の息子、騎士団副団長の息子、魔術師団員の息子、子爵子息かと思いきや実は公爵家の子息。その5人。
そんな6人から離れたところに女子生徒3人が集まっていた。こっちも顔は知っている。悪役令嬢と、その取り巻き令嬢2人。
ゲーム内で名前のあるキャラクターが全員揃っていて、他は私と同じようにモブ。屋上にいる生徒は合計で30人いるみたいだけど、性別もクラスも、なんなら学年も関係ないようだ。制服を着ていなかったら、生徒かどうか分からないほど知らない人たちばかり。
こんなイベントに見覚えはない。まあ、メインキャラたちが集まっている時点で、モブである私には関係のないイベントではあるんだろうけど。
やがて倒れていた生徒もいなくなり場が困惑に満ちて数分後、変声機を通したような不気味な声がどこからか聞こえた。
『ようこそ、特別パーティへ! みなさんにはこれから、ゲームに参加してもらいます。題して「生きて校門まで行けるかなゲーム」!!』
題してない、というツッコミはなかった。みんな呆気に取られたり厳しい顔をしたりと、状況を飲み込めていない人しかいない。当たり前だ。
私だって、もうすぐ乙女ゲームのエンディング! と思っていたのにまさかデスゲーム(仮)が始まろうとするなんて。そんなまさか。
声はこちらの反応も気にせず、ただゲームの説明をしていく。
ルールとしてはシンプルだ。
これから簡単な課題がいくつか出されるので、それをクリアしていけばいい。何も難しいことはない。ただ、命が尽きたらゲームオーバー。
ゲームどころか人生のターンエンドですが。
多分だけど、私の生存確率は極めて低いと思う。
先程も述べたが、ゲーム内で名前のあるキャラクターが全員揃っている。ということは、私が知らないだけでイベントなのかもしれない。
だとしたらモブは、噛ませ犬、チュートリアル、見せしめ等、色んな意味で死ぬ可能性が高い。
今までは転生前の知識があったから、モブに徹底できた。イベント回避できた。
でもこのイベントは、友だちがプレイした中では一度も起こらなかったイベントだ。それに当然だけど生前デスゲームに参加したことはない。平和な人生だった。
すなわち活用できる知識がない。イコール死亡フラグ回避困難イコール死。
「ふざけるな!! 何がゲームだ! 俺は帰るっ!」
早速威勢のいいモブにフラグが立つ。
彼は勢いよく踵を返し、室内へと繋がる唯一の扉を開けた。
いや、正確にはドアノブを握った。
その瞬間恐ろしい電撃音に屋上が響き渡り、瞬きをする間もなく、彼は地に伏した。
……何かが焼ける臭いがする。
屋上は悲鳴に包まれたが、そんな物は聞こえないとばかりに再びあの声が響く。やけにテンションの高い声はもはや畏怖の対象だ。
『最初の課題は、これを持って4階の視聴覚室まで来ることです!』
彼が横たわる扉の付近に、いつの間にか木箱が置かれていた。
『視聴覚室の定員は……ふふっ何人にしましょうか』
誰が先陣をきったのか定かではないが、定員の文字を聞いた途端、何人もの生徒が木箱から何かを取り出して屋上を飛び出す。一応、扉は彼の犠牲で開いたようだ。
それに続いて、固まっていた生徒も動き出す。
私も混じって木箱を覗くと、掌サイズのゴム版が入っていた。表面には「通行証」と彫られている。
ひっかかるのが、これがどこの通行証なのかということだ。視聴覚室の扉か、屋上から出る扉か。
それからあの声は、『これを持って4階の視聴覚室まで来ること』と言っていた。このゴム版とは言わなかった。あの流れならゴム版のことを言っているように思えるが、果たして。
そんなことを考えながら階段を下りていると、誰かが私の横を走って通り過ぎて行った。
あの後姿は、悪役令嬢の取り巻きの1人、通称取り巻き令嬢①だ。
この学校では原則ファミリーネームで呼びあう。みんな平等に名字にさん付けしましょうね、的なやつ。かと思いきや、男子が女子を呼ぶ時は名字に嬢を付ける。女子が男子を呼ぶ時は様付け。平等なのか?
話が反れた。
基本みんなのファーストネームは知らないが、ファミリーネームは何とか分かる。横切った彼女は、確か「マダー」だったかな。多分恐らくきっと。
走って降りると危ないよ、と見ていると、今度は背後から声をかけられる。
「君! 間違えて通行証を2つ取っていないか?」
階段には私しかいない。みんな急ぎ足で視聴覚室に向かったからだ。
仕方なく振り向くと、屋上に繋がる扉の向こうから、脳筋もとい騎士団副団長の息子が私を見ていた。いや睨んでいる? 眼力が強くてどっちか分からない。
片手で自分の分のゴム版を掲げ、もう片方もパーにして、何も持っていないと告げる。
屋上には何人かいるようだったが、脳筋を初め攻略対象キャラばかり見える。こっちは一方的に知っているけど、むこうからは初対面同然のはず。喋ったことないから。馴れ馴れしくならないように、関わりは消極的にしたい。
そんな内心を見透かされたのか、脳筋の横にいた眼鏡の男子生徒が言う。
通行証が2つ足りないので協力して欲しい、と。
死亡:1 残り:29