三話 盾使い、組む
※
俺とシロナは王都を出てすぐのところにある湖にやってきた。
「なんだよ。言うほど、汚くねえじゃねえか」
「だから、言ったでしょ? 水質汚染って言っても、Fランクに回されるレベルだから大したことないって」
シロナはパシャパシャと湖に手を突っ込んで遊んでいる。
「なに遊んでんだ?」
「遊んでんじゃなくて、調べてるのよ! 失礼ね!」
「ちょ……おい! 水をかけるのはやめろ!」
シロナはニヤリと笑って水をかける手を止めようとはしない。俺は背負っていた盾で水を防ぐ。
すると、シロナはつまらなそうに口を尖らせる。
「あ、ねえ。そういえば、あんた……盾以外に武器持ってないけど魔法でも使うの?」
「は? これが武器だけど」
「え?」
「え?」
あれ?
シロナは首を傾げた。
「いやいやいや、盾って武器じゃないわよね?」
「ちょっと何を言ってるのか分からないんだが。お前、頭大丈夫か?」
「あたしがおかしいの!? 絶対、あんたがおかしいから! 何よ盾って!」
「おいお前。盾を馬鹿にするなよ? 立派な武器だろ」
「んなわけないでしょ? 馬鹿なの?」
シロナは口を手で隠して煽ってくる。
この女、一発殴りたい……。
先ほど、水をかけられた恨みもあって、どう仕返してやろうかと――閃いた。
俺は油断しているシロナの肩を押した。
「へ……?」
シロナは間抜けな声を上げ、湖へ落ちた。
「はっはっはっ! ざまあ!」
「ぶわっ!? あんたやりやがったわね!? このっ!」
「あ、てめえ! ズボンの裾を引っ張るのはやめろ! 落ちるだろ!」
「だから引っ張ってんのよ! 落ちなさい!」
「や、やめろおおおお!」
結局、湿った地面に足を取られてしまい、俺も湖に落ちてしまった。お陰で、お互いに水浸しである。最悪だ。
俺とシロナは陸地に上がり、服を捻って水分を絞り出す。俺の背後でシロナが悪態を吐く。
「もう最悪! 下着まで濡れちゃったわ……!」
「ほう、つまり今は服が透けて下着が見えるかもしれないと?」
「振り返ったらヴィオラに言うわよ」
「マジ勘弁」
俺が平謝りした直後、不意に水面が揺らいだ気がした。
シロナも気づいたのか、俺と同じ方向に視線を向ける。
「……気のせいか?」
「いえ、気のせいじゃないわ!」
シロナが叫んだと同時に、水面に背ビレが生える。モンスターだ。モンスターは徐々に水面から顔を出す。
不気味な目をギョロギョロと蠢かせる魚モンスターだ。口を大きく開けたモンスターは、一直線に迫る。
「あんなモンスターもいるんだなあ」
「あれはオセンギョね」
「オセンギョ?」
「ええ。綺麗な湖とかに生息するモンスターでね。名前の通り、自分達の排泄物で、周囲を汚染するのよ」
「名前がまんま過ぎる……」
そうこうしている内に、オセンギョは湖から飛び出し、俺達に向かってダイブ……人よりも大きな体で押し潰そうと迫る。シロナは宙に跳躍したオセンギョを鋭く睨むと、腰の剣に手をかけた。
「こんな雑魚モンスターなんて……はあ!」
シロナは深く腰を下ろし――気合い一閃。鞘から放たれた白銀の刃が、オセンギョを一刀両断した。
オセンギョの分かたれた胴が陸に転がる。
シロナは「ふう」と息を吐き、剣を鞘に納めた。
「まあ、あたしにかかればこんなものよね!」
「とかなんとか言ってるけど、まだいるぞ」
「分かってるわよ! うるさいわね!」
俺が言った通り、湖の水面には何匹ものオセンギョがこちらの様子を窺っている。
シロナは舌打ちして、
「さっさと湖から出て来なさい! はあ!」
シロナは再び鞘から剣を抜き放つ。すると、どういう馬鹿力なのか、剣圧で大気が揺らぎ、水面が打って湖の中心が爆発する。
オセンギョ達は、爆発で宙に躍り出て無防備に晒される。ついでに、爆発して飛んできた水を大量に浴びた。
「おい」
「ま……まあ、いいじゃない! それよりあんたは下がりなさい! 盾しか持ってないあんたじゃ、倒せないでしょ!」
シロナはそう言って、剣を携えて飛び出そうと――俺はシロナの濡れた襟首を掴んだ。今にもオセンギョに斬りかかろうとしていたシロナは、「ぐえ!?」と乙女にあるまじき声を上げる。
「ちょ……あんた! 突然、掴まないでよ! 変な声が出たじゃない!」
「てめえが、俺じゃあオセンギョを倒せねえとか抜かすからだ。ちょっと見てろ!」
俺はシロナを後ろに放り投げて盾を構える。
宙に打ち上げられていたオセンギョ達は、一斉に俺を標的にし、尾を使って器用に飛びかかってくる。
オセンギョ――計四匹が同時に盾に触れた。
刹那――衝撃波が一帯に轟くと同時に、襲いかかってきたオセンギョ達が吹き飛ぶ。
吹き飛んだオセンギョ達は、湖に落ちて飛沫を上げた。
再び、大量の水を浴びた。
「ねえ……」
「いや、すまんかった」
尻目にシロナを見ると、透けた服の上から白い下着が丸見えになっていた。
俺の視線に気づいたシロナが体を隠すためか、自分の肩を抱いてキッと俺を睨む。
俺は一言、
「ご馳走でっす」
「……!」
シロナが剣を持って襲いかかってきた……!
※
オセンギョを討伐し、湖の汚染の原因を排除した俺達は――夕暮れを見ながら湖の前で座り込んでいた。
俺はともかく、透け透けなシロナはこのままだと王都に帰れないのだ。
「ねえ、さっきオセンギョを吹っ飛ばしたあれ……なんなの?」
暫く無言だったところに、シロナが尋ねてくる。
「オセンギョは別に強いモンスターじゃないけど、ランク的にはEランク相当よ。あんた、Fランクの癖に四匹纏めて倒してた」
「そりゃあお前もだろ?」
「当たり前でしょ? あたしはFランクに留まる器じゃないもの!」
「はーん」
適当に相槌を打つ。シロナは気に食わなさそうに唇を尖らせる。
「さっきの質問に答えてないじゃないの」
「企業秘密。手の内は明かさない主義なんだ」
「なんでよ?」
「その方がかっこいいから!」
そう言うと、シロナが呆れた眼差しを俺に向ける。
「まあ……いいわ。それよりあんた、あたしとパーティーでも組まない?」
「パーティーだあ? それってあれだよな。冒険者同士の」
「そうそれよ。本当はソロでSランクまで行こうかと思ってたんだけどね。パーティーの方が、効率が良いってヴィオラが言ってたのよ」
「その話詳しく」
シロナが言うには、ソロでは危険であるため限定されたクエストしか受けられない場合が多いらしい。しかし、パーティーだと、そういうクエストを受ける許可が降りたり、ダンジョンに潜れるようになるらしい。
「特に重要なのはダンジョンよ。自分と同じランクのダンジョンを攻略すると、ランクが一つ上がるの」
つまり、Sランクまで最速で……六つのダンジョンを攻略すればSランク冒険者になれるってことか!
「あんた、見た感じ腕はかなり立つみたいだったしね。どう? あたしと組まない?」
「そりゃあ、願ったり叶ったりだな」
「可愛いあたしと一緒にいられるから?」
「よく分かってらっしゃる」
肩を竦めて言うと、シロナは当然とばかりに胸を張った。
「まあ、こんなに可愛くて超強いあたしだものね!」
「へいへい、んじゃまあ……とりあえず、そろそろ帰るか」
「ええ、そうね!」
シロナは立ち上がり、
「さあ帰るわよ!」
そう言って王都に向かって上機嫌な様子で歩き出す。
俺はそんな彼女の後ろ姿を見つめながら、その後に付いて歩き出す。
なんか変な奴だが……実力は本物だろう。
調子に乗りそうだったから本人には言わないが、剣筋が全く見えなかった。相当な剣の手練れだ。
この女……何者なんだ?
気になったが、特に尋ねることもなく、俺達は王都に帰還した。
よかったらブックマーク・ポイント評価をしていただけるとやる気が……出ます!