一話 進軍
※
シロナと再びクエストへ行くようになって一週間が経ったある日のこと……。
今日も俺とシロナは、ヴィオラのところで受付をしていた。
「あの……いい加減、自分でクエストボードを……」
「ちょっと! 早くクエストに行きたいから斡旋してちょうだい!」
「…………」
シロナが踏ん反り返って言うと、ヴィオラの額に青筋が立った。
おい、シロナ。仮にも斡旋してもらってる側なんだから、それはやめておけ。
ヴィオラは溜息を吐きつつ、俺達の仕事を斡旋するために裏へと引っ込む。その間、手持ち無沙汰になった俺は――ふと、周りの視線に気がつく。
見ると、半分はシロナを見る目。もう半分は!俺への嫉妬の眼差しだった。
「あたしが美人すぎて目立つっていうのも考えものねー」
「うぜえ」
俺はげんなりとした表情でそう返した。
シロナが美人なのは認めるし、それと付き合っている俺が嫉妬を向けられるのは……まあ分かる。ただ、こいつと付き合って羨ましがられるようなことをしているかと問われると……そんなことはない。
シロナの大きな胸も、細いウエストも、美しい脚も――なんならキスもしてないし、手も繋いでいない。
「なあ、シロナさんや」
「なにかしら。グレイさん?」
「そろそろ、恋人らしいことをしたいわけだが」
「恋人らしいこと……? 手を繋いだりとか?」
「エッチなこと」
「死ねば?」
シロナは蔑んだ目で俺を見た。
「男って本当に下半身でしか生きられないの?」
「男が抱く恋心の五割は性欲でできてるからな」
「聞きたくなかったわそれ……」
身の危険を感じたのか、シロナは自分の体を隠すように肩を抱く。俺は心外だとばかりに肩を竦めた。
「俺は紳士だかんな。襲ったりはしない……けど、ちょっと揉ませてくれません?」
「死ねば?」
案の定、拒否されたので再び肩を竦める。と、丁度そのタイミングでヴィオラが戻ってきた。
「でも、グレイさんの言う通りだと思いますよ? 少しは恋人らしいことしてあげないと、シロナさんから心変わりしちゃうかもですし」
「え……そ、そうなの?」
ヴィオラの言葉の真偽を確かめるためか、シロナが不安そうにひとみを揺らして尋ねてくる。俺は意地悪のつもりで、
「まあ、そうだな。飴と鞭って言うように、たまには飴も与えられねえと」
「…………」
暫く黙って俯いたシロナは――意を決した様子で首まで赤くさせた顔を上げ、俺の手を握ってきた。思わずギョッとする。
「ちょ……ど、どうした? 手なんか握ってきて……」
「ね、ねえ……これでいい……かしら?」
上目遣いで潤ませた瞳を向け、シロナが問いかけてくる。つまりは、この手を繋ぐという行為が、シロナの飴らしい。
俺としては胸を揉みたかったのだが……しかし、シロナの柔らかな手の感触を感じていると、そんな気も失せてくる。何よりも、顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしているのが可愛い。
「ふふ……シロナさん。グレイさんに嫌われたくないんですね?」
「ち、ちちちち違うわよ!? なに言ってるのよヴィオラ!」
「手を繋ぐだけでそんなに顔を真っ赤にして、シロナさん可愛い!」
「なっ……うう……うるさい! うるさい! グレイもなにニヤついてるのよ!」
「いや、俺の彼女って初心で可愛いなと」
「……っ!」
シロナは恥ずかしさが極まったのか、その場に蹲った。ただし、俺の手は離さない辺り可愛らしい。これだけ好かれているというのは、男冥利に尽きる。
ふと、そんな折だった。
王都全域に警報が鳴り響いた。
※
王都の冒険者達はギルドに強制で緊急招集された。
「たった今、魔王軍の幹部を名乗る吸血鬼を筆頭に、五千ものモンスター達が王都に向かった進軍中! 冒険者各位は、すぐに王都の南門へ向かってください!」
ヴィオラの言葉に、集められた冒険者達がざわめきながらも、各自装備を整えて南門へと向かう。そんな中、俺とシロナは頬を引くつかせる。
「魔王軍の幹部で吸血鬼ってーと……」
「間違いなくアストレアね……」
俺達も南門へ向かうと――案の定、モンスターの軍勢を背にしたアストレアが、仁王立ちで待ち構えていた……!
「ふはははは! 待ち侘びたぞ! あのダンジョンで受けた屈辱は忘れられん! 貴様らはこの手で殺す!」
「性懲りもなくきたわけ? あの時みたいに斬っちゃうわよ?」
「おい、どちからってーとお前は負けた方だからな?」
俺とシロナが魔王軍の幹部であるアストレアと会話を交わしているからか、周りの冒険者達が騒ついている。
「お、おい……あいつらなんであんなおっかなそうな奴と自然に話してるんだ……?」
「ダンジョンって……まさかFランクダンジョンで魔王軍の幹部が出た話、本当だったのか……?」
などなど、色々な憶測が飛び交っている。
アストレアは顔を真っ赤にして憤慨する。
「そこの男の言う通り! 貴様は妾に負けた方だからな!?」
「負けてないし! ちょこっと手加減してあげただけで調子に乗らないでくれるかしら!?」
「なんだと!」
額に青筋を立てたアストレアが今にも、シロナへ飛びかかろうと前に出る。それを側で控えていたダレオムが引き止めた。
「い、行けません姫様……! 隣にはあの得体の知れない男がいるのですから……!」
「ふん! もはや、あの盾使いなど怖くないわ! あの男が厄介なのは……相手の攻撃を何倍にも増幅させたカウンターのみ。つまり、こちらから手を出さなければ脅威ではないのだ!」
アストレアは俺を指をさし、勝ち誇った笑みを向けてくる。
「ねえ、あの子あんなこと言ってるけど……実際どうなのよ?」
「まあ……バレてるみてえだから言うが、確かにカウンターは攻撃されなきゃ機能しねえよ。あいつの言う通りだ」
俺が編み出したカウンター戦法は、武器である盾を最も効率良く運用する方法として考えた。
盾で殴るにしても、リーチがない上に、攻撃力が腕力に依存するため非効率だ。盾は攻撃を受けることに特化している。だから、それをフルに活用することにした。
盾で相手の攻撃を受けたと同時に、衝撃を体の中で循環させ、自分の力をどんどん上乗せさせる。そして、数十倍に膨れ上がった衝撃を、再び盾を通して相手に与える――。これが、俺の編み出したカウンターだ。
「じゃあ、あんた今回は役立たずなの?」
「カウンターがなくても問題ねえよ。そもそも、攻撃されないってことは……相手が俺を倒すことができねえっていうことだからな」
俺の言葉にアストレアが眉をピクピクとさせる。
「ふっ……これでもそう言っていられるか人間!」
アストレアは叫び、右手を掲げる。
その手に魔力を集めると――。
「『メテオ』!」
直後――空から大量の隕石が落ちてきた!
大きさは人間大のものであり、それが後方の冒険者達の方に落ちると――爆発。悲鳴が轟く。
隕石はそれで終わりではなく、一目では数え切れない量が降り注いでいる。
「ふははは! モンスターの軍勢を差し向ける必要もない! 妾の力を思い知ったか!」
アストレアが高笑いする中、冒険者達は右往左往……悲鳴を上げて逃げ惑う。
「ぎゃああああ!? やばいって!」
「魔王軍の幹部に喧嘩を売るのが間違いなんだあああ!」
「に、逃げろ! あんな化け物に敵うはずがねえって!」
もはや人間側の戦意がなくなってしまっている。
俺は頭を掻いた。
「ったく、普段人のこと馬鹿にしておいて情けねえ……」
「全くね! だらしない奴らだわ!」
俺とシロナは隕石の降り注ぐ中でも一切引くつもりなどなく、互いに己の武器を構えた。
アストレアは忌々しげに俺達を凝視する。
「ふんっ! 気に入らないな……その目!」
そう言ってアストレアが俺達に手のひらを向けると、隕石が頭上に落ちてくる。俺は冷静に、隕石を盾で受け止め――カウンター。隕石は中から爆ぜるように砕け、その破片が宙に飛ぶ。
その後、シロナが剣を振るい――空に見えていた隕石を全て一刀両断して無力化した。
「さあ、決着付けてるわよアストレア!」
シロナが剣先を向けると、アストレアは顔を顰めた。