四話 盾使い、成敗する
※
「いやあ、助かったぜ。ゲオルグ」
「ったく……てめえはなにやってんだ?」
憲兵隊に捕まり、牢屋に放り込まれた俺だが――それを聞きつけたゲオルグが保証人になってくれたので、釈放されることとなった。
元Aランク冒険者というだけあって、かなり顔が利くらしい。
「仮にも俺を倒してんだ。しっかりしろや……」
「悪い。悪い」
「んで? さっきの爆発と言い、なにがありやがった?」
ゲオルグに聞かれ、とりあえずアストレアとダレオムのことを話す。
「魔王軍の幹部だあ? 報告書で見たが、てめえがFランクダンジョンで出くわしたっつー奴か?」
「それそれ」
「にわかには信じられねえが……てめえが言うならマジなんだろうな」
意外な返答に面食らってしまう。
「信じてくれるのか?」
「ああん? そりゃあ信じられねえが……てめえが嘘を言う理由がねえ。しっかし……王都の調査っつってたんだよな?」
「ああ、言ってた。なんか企んでるとは思うんだが……」
「となると、なんらかの対策は考えねえとな……。つっつても、相手の出方が全く分からねえからな……どうしたもんかねえ」
ゲオルグは顎に手を当てるが、すぐに案が思い浮かぶのなら誰も苦労はしない。頭を掻いたゲオルグは、溜息を吐いた。
「仕方ねえ……。俺は一度、ギルドに戻って考える。そういえば、てめえ……最近一緒だった嬢ちゃんはどうしたんだ?」
「あー…………」
あまり思い出したくないというかなんというか……問われた俺は頬をぽりぽりと掻きながら事情を説明する。すると、ゲオルグが眉を顰めた。
「そりゃあマジか? こりゃあまた信じられねえな」
「いや、俺もそう思ったけどよ。確認しようにも本人が遠出してやがるからな……」
「てめえとしては、自分の女を狙ってるアッシュと一緒にいるわけだから、気が気じゃあねえわけか」
「そゆこと……」
なんとも情けない話だ。
途中、ギルドに向かったゲオルグと別れ、まだ昇ったばかりの太陽をぼーっと眺める。
「とりあえず、疲れたし……今日は宿で休むか」
一日の予定を決めて、早速宿屋で部屋を取って休んだ。
昨日一日――いや、冒険者になってからというもの、俺の身の回りは劇的に変化した。
世界最強の盾使いになるために、田舎の村から出てきて冒険者になった……にも関わらず、この体たらくだ。
ギルドに行けば、盾しか持たない変人と嘲笑われ? 好きな女は寝取られた(?)
……このままじゃダメだ!
「よし、明日から頑張ろう」
俺は布団を頭から被って朝から晩まで眠りこけた。
※
翌日の昼。
寝すぎて体中が痛いが、クエストに行かなければお金がないという理由で、仕方なくギルドに来ていた。はて、明日から頑張るとはなんだったのか。
「あ、グレイさん、こんにちは! 昨日は大変でしたね……」
「本当それ。で、今日も割の良い仕事ねえか?」
「また私が斡旋するんですね……いいんですけど……」
ヴィオラは面倒臭そうにしながらも、苦笑いで俺に見合った依頼を斡旋してくれる。
「んー……あ、少し時間がかかりそうなので酒場で待っていてくださいね」
「ん? ああ、頼んだ」
言われた通り、酒場の席に座ってヴィオラが依頼を見つけてくれるまで待っていることに。
暫く待っていると――突然、ギルドの扉が勢いよく開け放たれかと思うと、シロナが今までに見たことがないほど焦った表情で駆け込んでくる。
シロナは周りの視線も気にせず、すぐに受付にいるヴィオラに迫る。
「あ、シロナさん。こんに――」
「ヴィオラ! グレイどこ!?」
「え? グレイさんなら……」
シロナに聞かれたヴィオラの視線が俺に向けられたと同時に――俺は背中に背負っていた盾を使い、亀のように体を折り畳んで身を隠した。
シロナがこちらを向いた頃には、俺の姿はテーブルの陰に隠れており、シロナが声を荒げた。
「ちょ……いないじゃない! どこよ!」
「え、ええっと……」
頭を掻き毟るシロナ。ヴィオラはオレが隠れるのを見ていたはずだが、なにか察したらしく困った笑みを浮かべていた。
隠れている盾の隙間から状況を確認した俺は……なぜ咄嗟に隠れてしまったのだろうと考える。どうしてか、シロナと顔を合わせ難い。というか、なんか怒ってね? 怖いんだけど……。
と、そこへシロナの後を追うようにアッシュが現れた。
「ま、待ってよシロナ! ご、誤解だ! 僕の話を聞いてくれ!」
「うるっさいわね! このヤリチン男! あんたがあたしの寝見込み襲ったの、忘れたとは言わせないわよ!?」
「し、シロナ!? な、なにを言っているのかな!? そそそそ、そんなこと僕のしてないよ!?」
ギルドにいる全員が聞こえる大声で叫んだシロナ……アッシュが焦ったように弁解するが、その焦りようが怪しいことこの上ない。
周囲の視線は、どこかアッシュを咎めるようなもので、彼はすぐに居心地が悪そうにする。
だが、怒り狂った獅子はもはや止まらない。
「しかも、あんた! あたしに嘘を吐いてたわね!? グレイが来なかった時から怪しいと思ってたわ!」
「だ、だから誤解なんだって……僕の話を――」
「うるさい! それ以上、口を開いたら斬るわよ!?」
マジギレ寸前のシロナは、腰の剣に手をかける。
アッシュは怯えた表情を浮かべるが、まさか本気で斬られるとは思っていない様子。必死に取り繕おうと口を開いてしまった。
「シロナ! 僕の話を――」
「……っ!!」
完全にキレたシロナは――手にかけた剣を抜くと同時に、アッシュの首を撥ねる軌道で刃を振るう。
刹那――俺は盾を構えてアッシュとシロナの間に躍り出て、その剣を防いだ。
ガキンッ!
硬質な金属音がギルド内に響き渡る。主人に剣から受けた衝撃を体の中に循環させ――次の瞬間には、シロナの体が宙を舞っていた。
「ぐっ!?」
シロナは床に背中を打ち、苦悶の表情を浮かべる。そして、すぐに血走った目を俺に向けるが――俺を見て、驚愕した表情に変わる。
「え……な、なんでグレイが……そいつを庇って……というかいたの……?」
「庇ったんじゃねえよバカ」
俺は倒れているシロナに近づき、頭を軽く小突く。
「お前の剣は、こんな小物を斬るほど安くねえだろうが」
「…………ごめん」
「分かりゃあいいんだよ」
さて……と、俺はアッシュに目を向ける。
アッシュは直前まで殺されかけていたからか、尻餅をついて股間を濡らしていた。うわお……。
「それで? どんな事情でこんなことになってんだ?」
聞くと、理由はまあ大方想像していた通り。
シロナ目当てに近づいたアッシュだったが、中々自分に靡かないシロナに贄を切らし、仲の良い俺を切り離すことにしたそうだ。
そのさい、決定的に別れられるように寝取っただののんどの嘘をついて……だ。
だが、シロナはそんな話をされても俺に直接確認するまで信じなかったらしい。それで等々、痺れを切らしたアッシュがシロナの寝込みを襲ったところ――見事に返り討ちに遭って、今に至ると。
とりあえず、変態魔人のアッシュは憲兵隊に突き出し、ヴィオラからは「冒険者の資格は剥奪します!」と手痛い罰を当たられた。ざまあ。
さて、残った俺達はというと……。
「さあ! クエスト行くわよ!」
「お前……まだ帰ってきたばっかなのに元気だな」
「あんたがいなくて、張り合いなかったのよ……。もうフラストレーションがやばいのよ! さあ行くわよ! すぐ行くわよ!」
「へいへい……」
本当に賑やかな奴だな……そう思いながら、俺は今日もシロナとクエスに行く。