07 暗殺者はピザと共に来る。トッピングは鉛弾とDVD。
ハーデイベルク市、某所。
外から見れば、大きな倉庫に見えるこの場所。しかし、実は麻薬の製造工場なのだ。
ここではたくさんの人が作業をしている。いや、させられていると言うべきだろう。
作業員のほとんどは難民だ。まともな働き口がなく、この場所で、重労働・低賃金で働かざるを得ない人達である。
彼らの中には、あまりのつらさに音を上げる人もいた。しかし、そんな人は監督から酷い体罰を受ける。
痛みで上がる悲鳴。つらさに漏れるうめき声。ここはこの世に再現された地獄であった。
そんな彼らを横眼に見ながら、工場内をうろつく者達がいた。警備の者である。
しかし、本来の警備の装備とは違い、物々しい。迷彩柄のヘルメットや服、顔は覆面で覆われ、手にはライフル銃を持っている。どちらかというと兵士のようであった。
実際、彼らは兵士だ。非合法の組織、それに雇われた傭兵なのである。ここはそんな組織が運営している、違法な工場なのだ。
「こちら、正面入り口。セキュリティールーム、どうぞ」
『こちら、セキュリティールーム。正面入り口、どうした?』
「定期報告、特に異常無し」
『了解。後一時間で交代だ。サボるなよ。オーバー』
「了解。オーバー」
通信を終えた兵士は大きく欠伸をした。すると、隣に立っていた兵士が彼の脇腹を肘で突いた。
「……何だよ?」
「欠伸なんてしてんじゃねぇ。敵が来たらどうする?」
「大丈夫だって。俺が来てから一度もそんな事ねぇしよ」
「お前が来てからはな。だが、俺の時は3回くらいあった」
「それ、何日の間に3回よ? 頻度から考えたら、めっちゃ少ないんじゃない?」
彼は再び欠伸をする。
「それにしても、チョロいよな。ただ仕事中、ボーっと立っているだけで、一日1000ユーリだぜ? 真面目に働くなんてバカらしい」
「お前にはイナーム神への敬意が足りん。我々はイナーム教の、イナーム教による、イナーム教のための国を作ろうとしているのだぞ。このバカ者」
「イナーム教ね。ハッ、俺は単なる金儲けのためにここに入ったんだ。十分稼いだらおさらばよ」
「フン。最近は不心得者が多くて困る。偉大なる指導者様はどうして、こんな愚か者を味方につけようと考えたのか」
注意した兵士は苦々しい顔をして不真面目な兵士を睨み付けた。
と、その時、入り口の扉をノックする音が聞こえた。二人の兵士はすぐに扉の方へ銃を向ける。
「おい、お前。見てこい」
「あ? 何で俺が?」
「普段サボってるのは知ってる。こういう時くらい、真面目に働け」
「……はいはい」
不真面目な兵士は、渋々入り口の扉へと向かう。
「ミルクか新聞の配達のどちらかだろ。まあ、両方頼んではいねぇんだがな」
彼は呟きながら扉の前に立った。
「誰だ?」
「ちわー、ピザのお届けに来ましたー」
「ピザだと? ちょっと待て」
兵士は不審に思いながら、念のため確認の連絡をする。
「こちら、正面入り口。セキュリティールーム、どうぞ」
『こちら、セキュリティールーム。正面入り口、どうした?』
「ピザの宅配が来ている。誰か頼んだか?」
『いや、その連絡は来ていない。追い返せ。オーバー』
「了解。オーバー」
兵士は返事をすると、扉の方を向き直った。
「ピザは頼んでない。帰れ」
「あっれー、おかしいな? 住所はここで間違い無いでしょ?」
声の主はそう言って、扉の隙間から何か紙を入れてきた。兵士はそれを見る。
その瞬間ギョッとした。それは、この工場までの地図であった。この場所は秘密のはず。何故。兵士は慌てて質問した。
「お、おい! この紙は何だ! 誰がピザを注文したって?」
「アタシだよ!」
突然扉が砕け、脚が伸びてきた。その脚に蹴り飛ばされて、兵士は宙を舞い、硬い床に叩きつけられる。
「誰だ!」
真面目な兵士は威嚇射撃をする。しかし、それより先に誰かが工場内に入ってきた。
女だ。ママチャリに乗った兎の女が、倒れた兵士を轢きながら入り、そして止まった。その頭の上には、ピザと思わしき平たい箱が乗っている。
「歓迎は鉛弾のシャワーか? アタシはそれよりシャボン玉の方が好きなんだけど」
そう言って女は真面目な兵士に右の人差し指を向ける。その瞬間、彼の眉間にツララが突き刺さり、そして死んだ。
「ああ、誰だって? アタシはアヴァだ。よく覚えとけ!」
カリンはそう言って、頭の上の箱を手に取ると、下ろして箱を開けた。
中にはトマトとチーズのピザが入っている。それを一切れ取り、一口で3分の2ほど食べた。
「うん。ピザ最高!」
一切れの残りを口に放り込む。すると、銃声を聞きつけた他の兵士が次々に現れた。そして一斉に発砲する。
彼女はすぐに避けた。その場に取り残された自転車はハチの巣となり、スクラップになる。
「あー! アタシの『流星号』がぁー!」
悲鳴に近い声をカリンは上げる。しかし、すぐに銃声にかき消された。当然、彼女は全て避ける。
「『流星号』の敵ぃー! タマ取ったるけん! 覚悟しぃやー!」
カリンはピザの箱を閉じると、再び頭の上に乗せ、そしてピザを触った指を舐めた。
銃は容赦なく放たれる。それをカリンはやはり避ける。彼女くらいの運動能力の前には、銃撃なんてドッヂボールの玉を避けるよりもずっと簡単なのである。
あまりにも簡単なので、彼女はダンスを始めた。ピザの箱は全く落ちない、バランス感覚も凄い。
それから数秒後、調子に乗った彼女はブリッジして避けようとした。が、弾の一発が腹をかすめる。白い毛が散り、腹に赤い筋がつく。
「うわっ! ヤッベ!」
カリンは慌てて近くの柱の陰に隠れた。金属性の柱に何発も銃弾が当たり、火花が散る。しかし、丈夫なのか傷つく様子は無い。
「あー、クソっ……ヤッベーなコレ……」
彼女は腹に手を当てる。そして肉をつまんだ。
「やっぱり太りやがった……ピザの食い過ぎか? つい最近まで、毎日食ってたからな……明日から少し控えよ」
小さくため息をつくと、頭の上の箱からピザを一切れ取り出し、口にした。
「さて、『流星号』のためにも、そろそろ反撃すっか」
カリンは指を綺麗に舐めると、スマートフォンからDVD入りのケースを出した。お得な50枚入りのである。
カバーを取り、一枚取り出す。そして柱から身を乗り出すと、兵士の一人に向かって、フリスビーのように投げた。
DVDは高速で回転しながら飛ぶ。投げる直前に真空波の魔法を吹き込んだため、実質丸ノコを投げたのと変わりない。そのため、そのまま兵士の頭に直撃し、ヘルメットを貫いて脳に深々と刺さる。兵士は銃を乱射しながら絶命した。
一旦柱に身を隠し、もう一度DVDを投げる。次の兵士にも命中。また一人死ぬ。
いや、死んだ時にデタラメに放たれた弾丸が、何名かの兵士を撃ち抜いた。だから、実際にはもっと人が死んでいる。
「ヘヘッ、中身はアタシのグラビア写真さ。ありがたく貰っとけ」
カリンは悪い笑顔を浮かべ、何枚もDVDを投げる。
一人、また一人と頭に刺さり死んでいく。銃の乱射により、さらに人が死ぬ。工場にはたくさんの死体が出来上がった。
そして残りのDVDが半分を切った所で、カリンは手を止めた。
「なんかさ、思ってたのと違う。面倒」
また一切れ、ピザを食べながら呟く。
「もういいよ。普通に行くわ。普通に」
残ったDVDをしまうと、今度は拳銃を2丁取り出した。さっき麻薬の売人から貰ったものだ。
それを両手に持つと、柱から飛び出した。途端に残った兵士から銃撃を受ける。が、やはり当たらない。
カリンは引き金を引いた。1発、2発、3発、4発……銃弾が放たれ、その数の同じ人数の兵士が死ぬ。
13発、14発、15発、そして16発目を撃った所で生きた兵士の数はゼロになった。全滅である。
工場内はシンと静まり返った。物音を立てる者は誰もいない。
カリンの拳銃は銃口から静かに煙を出していた。彼女は銃口を自分の鼻に向けると、至近距離まで近づける。
ゆっくり鼻で息を吸う。煙は吸い込まる。
口から息を吐く。煙は吐き出される。
「……ふぅ。今夜はビデで徹底洗浄しよっと」
空になった拳銃をその辺に投げ捨てると、右手で自分の股を叩いた。
「あ、アンタが全部一人でやったのか?」
「ん?」
気がつくと、近くに作業員達がたくさん立っていた。ナイツ国の言葉ではなく、ラマビア語で話している。カリンはすぐに彼らが難民だと気づいた。
「あら、まだいたの?」
彼女は魔法で氷の剣を出した。難民だろうとなかろうと、敵ならば容赦しない。
「わー! 待ってくれ! 俺達は敵じゃない!」
作業員の人々は怯える。
「え? 違うの?」
カリンは彼らの様子を見て、剣を消した。
「俺達はここで奴隷みたいに働かせられていたんだ。アンタのおかげで解放されたよ」
「そうなの? いや、アタシはさ、麻薬工場をブッ潰せば、みんなが喜んでくれるかなぁって思っただけなんだけどさ……」
「なら、アンタの考えた通りだ! ありがとう!」
作業員は歓喜の声を上げた。
「あ……そう? いやぁ、こんなに感謝されるって初めてだな……」
カリンは照れる。
と、さっきの言葉で気になる事があり、彼女は訊ねた。
「ん? 今働いてるって言った? じゃあ、給料を貰ってたってわけ?」
「えっと、まあ、雀の涙程だけど……」
「そうか。じゃあ、アタシが代わりに退職金を払ってやるよ。たっぷりとな」
カリンの言葉に作業員達はざわめく。
「偉い奴の部屋に案内してくれ。カネならきっと、そこにたんまりあるはずだ。それをみんなでいただこうって言ってんだ」
「おお!」
「お、俺! 知ってる! こっちだ!」
作業員の一人が案内を始めた。
「では諸君。黄金の都へ行こうじゃないか」
カリンはそう言って彼の後を追った。
◆◆◆
案内された先の部屋。いかにも偉い人がふんぞり返っていたであろう部屋の奥に金庫があった。
カリンは鼻歌交じりに金庫のダイヤルをいじくり、開錠を試みていた。そのそばには、死体が一つ転がっている。ここの責任者と思われる人だ。さっき入った際、サクッと始末したのだ。
「ほれほれ、ここか? ここがええのんか?」
彼女はエロオヤジのように呟く。
今までの経験から考えて、金庫の暗証番号は4桁だ。そして今、すでに3桁が判明している。扉が開くのは時間の問題であった。
カチリ。4桁目が判明し、鍵が外れた。扉を開く。するとそこには大量の札束が入っていた。
作業員達は興奮気味に声を上げる。それに対し、カリンは落ち着いて彼らに声をかけた。
「ほら、一列に並べ。とりあえず、一人一束だ。余ったらまたやるから、ズルするなよ」
彼らに釘を刺し、カリンは金庫から離れた。彼らは言う通りにした。
それを確かめてから、彼女は机の方を調べる。元々金庫のお金には興味が無い。お金ならさっき始末した兵士達の死体を売ればいいだけだからだ。では、何のためにここに来たのか。それは、組織の全体像を知るためである。
ここに来るまでの設備を見て、カリンは背後に何らかの大きな組織がある事を直感した。しかし、勘に頼るのは危うい。だから、それを裏付けする物が必要であった。
そこで机を調べたという訳である。何か手掛かりとなる書類。そういった物を探すために。
「これは……違う。こっちは……違う」
カリンは一枚一枚、だが一枚あたり2、3秒で目を通すと、次々に丸めて捨てていった。必要な書類はなかなか見つからない。
「ん? これは?」
彼女は手を止めた。今手にしているのは、指令書と思われる書類だ。気になる言葉が書かれている。
『――第一、第三工場に比べ、明らかに生産能力が落ちている。速やかに改善せよ――』
どうやらこことは別に、第一工場と第三工場がどこかにあるらしい。もしかすると、第四、第五工場もあるのかもしれない。
それに書類に記載されているマークも気になる。ひし形二つで作られた8の字。見覚えのあるマークであった。
「このマークはイナーム教のシンボルだな。でも何か違うぞ。ひし形が銃と剣の組み合わせでできている。何だっけコレ? どっかで見た事ある気がすんだけどなぁ……」
気になったカリンは作業員の一人を呼び出し、訊ねてみた。
「おい。このマークが何か知ってるか?」
「え? 知らないで来たんですか?」
作業員はキョトンとした様子で聞く。
「別にいいだろ。で、どうなんだ?」
「へえ、これは『イナーム王国』のマークです。ここは『イナーム王国』の工場なんですよ」
「『イナーム王国』? 待てよ、どっかで聞いた事があるような……」
「もしかしてそれも知らないんですか? 『イナーム王国』と言ったら、イナーム教の過激派集団の事ですよ」
「イナーム教の過激派集団……ああ、思い出した。よし、これはご褒美だ。ダイエット中だからアンタにやるよ」
カリンは作業員にピザが入った箱を押し付けた。
イナーム教は正義を司る善良な神、イナームを信仰する宗教である。絵に描いたような正義を教義とし、警察官等がよく信仰しているが、自分達が絶対正義だと思いこむ等と過激派思想を生み出しやすい側面もある。実際、国の宗教にしている等とイナーム教の影響力が強い地域では、そういった集団が問題を起こす事が少なくない。
『イナーム王国』はそんな集団の中でも一番大きな勢力であり、国家にケンカを売るような連中だ。地域を占領し、イナーム教のための国家を樹立する事を目的としているという。その狂信ぶりから、裏の世界でも関わらない方がいいという空気が流れているくらいだ。
「へっ、凄ぇヤベー奴に手ぇ出しちまったな……まあ、いいや。相手にとって不足無しだ。コイツら片付けたら、ヒーローになれる事、間違いなしだな」
カリンは笑った。
「よし、もうちょっと情報を集めよう。麻薬工場がどこにあるか調べなきゃな。今日中に全部ブッ潰してやる。へへっ、親玉の奴、ビビッてチビるんじゃね?」
机の中をあさりながら、彼女は呟いた。
「問題はパソコンとスマホだな。セキュリティが厳しいから突破が面倒なんだよな……」
小さくため息をついた。