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04 暗殺者は強くて早い。でもピンチになるのも早い。

 自分の身に何が起きたのか。カリン自身にも、それが分からなかった。ただ、今までに無いくらいに力が湧いてくるのは感じた。

 しかし、どうもそれだけではないらしい。急に静かになった。誰も何も発する者はおらず、ピクリとも動かない。そして、皆が恐ろしいものを見たような顔をしている。


「え? 何?」


 思わずカリンは口にする。


「あ、悪魔……」


 すると、スヴェンは震えた声で呟いた。


「おいおい、アタシのどこが悪魔だって――んん?」


 頭を掻こうとして挙げた手を見て、カリンは驚いた。

 腕全体に体毛が無く、褐色の肌が見えている。爪は平たくて幅が広い。その上、四本であるはずの指が一本増えているのだ。


「な、なんじゃこりゃ!」


 彼女は何気なく顔に触れた。顔にも体毛が無い、ツルツルしている。それに口と鼻が分離している。

 自分の体を見る。ツルツルなのは上半身、少なくても露出している部分は全部そうだ。そして下半身はというと、体毛はそのままだが全体的に太い。まるでボディービルダーのように筋肉質だ。


「いったい何がどうなってんだ?」


 彼女はスマートフォンを取り出すと、手鏡のように顔を映した。そこに映っているのは自分ではない、ヒューマンにしか見えない生物であった。


「はあ?」


 彼女が驚いて声を出すと、映った生物も驚いて見せた。間違いなく、自身である。


「え? ちょ……何で?」


 何故ヒューマンに変身したのか分からず、彼女は混乱する。


「ヒ、ヒューマン……」

「アイツ……悪魔になったぞ!」


 ザワザワと周りが騒がしくなった。遠い昔に絶滅した生物に変身しただけでも驚くべき事だが、それ以上の理由があった。

 ヒューマンが絶滅したのはズーマンとの戦いに敗れたからだと言われている。かつてヒューマンはズーマンを奴隷として扱っていたという。それだけでなく、時に恥ずかしめ、時に実験材料にしたりと酷い事をしてきたとも言われている。それに対する反乱によるものらしい。

 だからヒューマンの事をズーマンは、人に対する純粋な悪意を指す言葉、『悪魔』と呼ぶ。そして忌み嫌っている。そんな生物が今、目の前に現れたのだ。ズーマン達にとっては、驚かない方が無理な話なのである。


「こ、殺せ! 殺せーっ!」


 一人の声を合図に、攻撃が再開された。それもさっきよりも明らかに殺意が強まっている。


「お、落ち着けよ! アタシだって何が何だか分からねぇんだからよ!」


 カリンは(なだ)めようとしながら攻撃を避けた。


 すると、変わったのは見た目だけではない事が分かった。攻撃が避けやすくなったのだ。

 それだけでない、さっきよりも走りやすい。同じ力でも走れる速さが段違いだ。


「こりゃ、もしかして……」


 思いついた彼女は、敵の一人に向かって走りだした。

 早い。普段よりも、魔法を使って走るよりもずっと早く動く事ができる。あまりにも早いため、彼女は止まりきれずに彼に激突した。


「グエッ!」


 彼は自動車に撥ねられたかのように後ろへ飛んでいった。きりもみ状態で、全身から骨が砕ける音を鳴らしながらである。

 そして地面に叩きつけられる。彼は雑巾のようにボロボロとなり、ピクリともしない。


「やっぱり。アタシ、超(はえ)ぇ」


 カリンは自分の能力を理解した。自然に顔は、悪い笑顔となる。


「よっしゃ! 何だか分からねぇけど、この速さならイケる!」


 そう呟くと、手当たり次第に敵へとタックルを仕掛けた。

 とりあえず近くにいた一人へタックル。当たった瞬間に、その近くにいた一人へタックル。さらにその近くにいた一人へタックル。こうして、魔法を使わせる機会すら与えず、次々とぶつかる。


「ガァ!」

「ギィ!」

「グゥ!」

「ゲェ!」

「ゴォ!」


 一人、また一人。カリンに『撥ね』られて宙を舞う。誰もが全身から嫌な音を鳴らし、そして地面に叩きつけられる。悪質では済まないレベルのタックル、ラグビー選手なら怒りで卒倒するだろう。

 こうして彼女はあっという間に全員倒した。彼らは全員生きてはいるが、満身創痍によって、苦痛に苦しむ呻き声を辺りに響かせる。地獄絵図だ。


「話にならねぇな。この程度じゃアタシを殺すどころか黙らせる事だって無理だ。そしてよ、弱い者いじめする奴はこうなるんだ。よく覚えとけ」


 カリンは邪悪な笑みを浮かべながら、両手の中指を立てた。


「さて、これで助かったぞ、ハイエナ野郎。お礼の一つくらい言ってもらおうか」


 彼女はスヴェンの方を向いた。すると彼は震えた手で杖を構え、怯えた表情でこちらを見ていた。


「こ、今度は僕達を狙う気か? この化け物め!」

「あ?」

「僕達を殺して喰うつもりだな? そ、そんな事はさせないぞ!」

「いや、人の話を聞けって……」

「誰が悪魔の言葉なんて聞くか!」

「あのさぁ、助けた人に対してそういう事を言うって、かなり失礼だと思わない?」


 カリンの心は少し傷ついた。無報酬で行なった事なのだから、感謝の言葉ぐらい言われるのが当然だろう。そう思っていたからだ。

 しかし現実は違う。ヒューマンの姿をしているだけで、この有様。少し腹が立ってきた、一発くらい殴りたい、そんな事を考えた時だった。


「ヤッホー!」


 上から声が聞こえてきた。聞き覚えのある声。カリンは声の主を見る。

 ハナであった。空からゆっくりと彼女が落ちてきて、そして綺麗に着地した。どうやら彼女も電車から飛び降りたらしい。


「ハナ!」

「ハナちゃん!」


 カリンが呼びかける前にスヴェンとヴィマラは声を上げた。知り合いなのだろうか。


「久しぶりぃ~、スヴェン君、ヴィマラちゃん」


 ハナは二人に駆け寄った。彼女の反応から考えて、友達であるようだ。


「久しぶりだね、ハナ。元気?」

「うん、元気ぃ! スヴェン君とヴィマラちゃんはぁ?」

「もちろん、元気だよ」

「私も」


 三人は和やかな雰囲気で話した。


「それより、ハナ。助けて欲しいんだ。アレを見て」

「ほえ?」


 スヴェンはカリンを指差した。ハナは彼女を見て、首を傾げる。


「……ヒューマン?」

「うん。僕達、アイツに襲われてピンチなんだ」

「お願い、ハナちゃん。アイツをやっつけて!」

「うん、いいよ」


 ハナはあっさりと承諾した。その話を聞き、カリンは焦る。


「ちょ、ちょっと待て! ハナ! アタシだ! お姉ちゃんだよ!」

「やっつけちゃうぞぉ~!」


 ハナは聞く耳を持たない。戦う気満々である。


 彼女は両手を横に広げた。すると彼女の体から半透明の板のような物が何枚も飛び出した。それらは彼女の周囲を囲むように回る。

 それぞれには異なる絵が描かれていた。格闘家のようなキャラクターが描かれた物、銃とハートマークが描かれた物……他にもたくさん、何一つ同じ物は無い。


「変~身っ!」


 ハナは格闘家のようなキャラクターが描かれた板に触れた。すると他の板は消え、触れた板だけが彼女の前に出た。そして彼女に衝突、その瞬間に彼女は眩しい光に包まれる。


『ゲームスタート! ノックアウト・バトラー!』


 どこからか声が聞こえた。すると光は消え、ハナは姿を現す。しかし、その恰好はさっきまでのピンクのシャツに青のハーフパンツでは無い。白い道着に赤の鉢巻きという恰好だ。まるで格闘家のようである。


 ハナの様子を見て、カリンはさらに焦る。これはハナが作った魔法、『ゲーム魔法』である。

 簡単に言えば、ゲームソフトの力でパワーアップするという魔法だ。ゲームの世界に引きずり込む魔法と言い換えてもいい。

 今の彼女の力は、格闘ゲームの力だ。つまり格闘ゲームのキャラクターのような事ができる。


「マドウケン! マドウケン!」


 ハナは両手を前に出した。すると、エネルギーの塊のような物が放たれ、勢いよくカリンに向かっていく。

 かなり早い。しかし、避けられない速さではない。カリンは落ち着いて避けた。そして、ハナに背を向けて逃げ出した。


 ハナと戦う事なんてできない。姉だと知らないで攻撃しているというなら、一旦安全な所まで逃げるしかない。

 この場で元に戻れば何の問題は無い。しかし、体が勝手に動いて変身したため、戻り方が分からない。だから逃げるのだ。

 幸い、今の姿だと素早く動ける。逃げるのは簡単。そう思ったカリンは、この魔法の事をはっきりとは覚えていなかった。


「ステージ・セレクト!」


 ハナは叫ぶ。すると一瞬にして景色が変わった。どこか、道場のような場所になったのだ。ここでカリンは思い出した。

 ステージという名の結界に閉じ込められたのだ。結界とは閉ざされた世界の事、もう逃げられない。抜け出すには、彼女に勝つか負けるか、どちらかしかない。

 どうする。カリンは悩む。しかし、そんな余裕をハナは与えない。


「て~い!」


 背後からハナの声が聞こえ、カリンは振り返った。ハナは跳び蹴りを喰らわせようとしていた。

 カウンター攻撃はできる。だが、ハナを傷つけるわけにはいかない。カリンは横に避けようとした。

 ところが、動こうとした瞬間、何故か脚に力が入らなくなった。バランスを崩すカリン。そこにハナの攻撃が入る。

 極彩色の火花が散り、凄まじい衝撃が来る。


「グアッ!」


 カリンは後ろへ大きく吹っ飛んだ。攻撃は寸前でガードしたが、腕は軋む。こんなのを何度も受ければ、あっという間に折れてしまうだろう。

 彼女は空中で体勢を整え、綺麗に着地した。そして考えた。


 ハナのためなら死ねる。しかし、ハナに殺されるのは違う。わざと負けるのは構わないが、それだと確実に殺される。

 そうなると勝つしかない。だが、彼女を傷つけるわけにはいかない。だから、手加減して降参させる。

 うまくいくだろうか。不安感が胸にのしかかる。


「もう一丁ぉ~!」


 ハナは再び跳び蹴りを放つ。さっきよりもスピードが速い。

 しかし、カリンが見切れない速さではない。今度はカウンター攻撃を当てる。彼女は腰を落とし、構えた。


「セイッ!」


 カリンは右の手の平を真っ直ぐに伸ばした。横綱級のつっぱり、それがハナの胸に直撃する。

 すると凄まじい衝撃音と共に彼女は後ろへ飛んだ。


「……マジか?」


 カリンは驚いた。

 パワーアップしたのは速さだけではなかった。腕力も強くなっている。本来なら喜ばしい事だが、ハナ相手には強過ぎた。


「痛~い!」


 背中を地面に叩きつけられるハナ。それを見て、カリンは心配になる。


「お、おい。大丈夫か?」

「む~! やったな~!」


 ハナはムクリと起き上がった。どうやら無事らしい。きっと魔法で体を頑丈にしたか、衝撃を逃がしたのだろう。

 だが、安心はできない。怒らせてしまった。つまり、本気にさせてしまった。これから攻撃が激しくなるのは明らかだ。


 ハナは再び両手を横に広げた。また彼女の体から、板が何枚も飛び出す。その中から今度は、銃とハートマークが描かれた板に触れた。

 彼女の体は光に包まれる。そして、アイドルのようなピンクのフリフリドレス姿になった。


『ゲームチェンジ! ずっきゅん・トリガー!』


 また謎の声が出た。それと共に、彼女の手には未来的でポップな拳銃が生成される。


「これならどうだぁ!」


 ハナは引き金を引いた。拳銃からはハート形のビームが発射される。それも一発ではない。まるで機関銃のようだ。


 カリンは落ち着いて避けようとした。ところが、また脚に力が入らなくなった。いや、それだけでなく、全身から力が抜けていく。

 何が起きているのか、彼女は全く分からない。混乱。そこにビームが直撃する。

 極彩色の火花が無数に散る。体には死んでしまいそうな苦痛。気がつくとカリンは倒れていた。


『ゲームクリア!』


 謎の声と共に8Bitのピコピコした曲が鳴り響いた。ハナの勝利を祝うファンファーレだ。勝負ありと判断されたらしい。


「あれぇ? お姉ちゃん?」

「……え? ああ、戻ったのか……やったぜ」


 ハナの声を聞き、カリンは倒れたまま、自分の手を見た。いつも通りの白い体毛に覆われた手である。指も四本に戻っている。


「痛てて……やっぱりハナは凄いよ、まったく」


 カリンはゆっくりと上半身を起こした。本当は立ち上がりたいのだが、力が入らない。


「ね、ねぇ。今、『お姉ちゃん』って……」

「うん。この人はぁ、ハナのお姉ちゃんなんだよぉ」


 スヴェンの質問にハナは答えた。


「え、えぇー! 本当に?」


 ヴィマラは声を上げた。


「うん。……でも、どうしてヒューマンになってたのぉ? お姉ちゃん」

「さあ? アタシも知りたいよ。……まあ、ジジイのせいなんだろうけどな」


 カリンはため息をついた。

 心当たりといえば、それくらいしか考えられなかった。自分の中に入った他人の記憶。ズーマンがヒューマンに変わる記憶。方法は未だに分からないが、それが変身させたとしか思えない。


「私のせいではありませんよ。アナタの意思です」


 気がつくとバルドゥイーンがすぐ近くに立っていた。いつの間に。カリンは驚く。


「が、学長!」

「いつの間に?」


 スヴェンもヴィマラも驚いた。


「お疲れさまです。さっそく『力』を使ってみましたね? いかがでした?」

「……何なんだよ、アレ。ヒューマンになるし、なんかスゲー強くなったと思ったら体から力が抜けるし……」


 カリンはバルドゥイーンに訊ねた。


「『ヒューマン・アウト』。()はそう呼んでいます。体の半分をヒューマンにする事で、身体能力を高める事ができるそうですよ。短時間しか体がもたないそうですが……」

「『彼』? 記憶の中の野郎の事か。何者だ?」

「それは教えられません。プライバシーですから。ただ、世界で初めてヒューマンに変身した方だそうです」

「世界で初めて……天才か?」

「ええ。天才です。是非ともこの大学に来て欲しいくらいにね」


 バルドゥイーンは微笑んだ。

 彼の大学は魔術、つまり魔法に関係するアレやコレを教える大学である。という事は、例の彼は魔術に優れた人物なのだろう。


「さて、ご褒美代わりにこれをどうぞ。ヒューマン・アウトで疲れた体にはよく効くはずですよ」

「これは?」


 カリンはバルドゥイーンから小瓶を受け取った。栄養ドリンクのように見える。


「疲れに効く(ポーション)です。肉体的にも精神的にもね。私の恋人に作ってもらった物です」

「恋人だぁ? アンタを好きになるとか物好きだな。……ま、礼は言わないぞ。これは報酬なんだからな」


 そう言ってカリンは小瓶の蓋を取り、一気に中身を飲み干した。甘い。苺のような味がする。

 すると急に体が熱くなってきた。まるで活力をブチ込まれたように、体に力が漲る。


「うおっ! スゲー効く!」


 彼女は立ち上がった。ついさっきまで、上半身を起こすのが限界だったのが嘘のようだ。


「ところで。皆さん、まだ生きているようですね。別に始末して構わなかったのですが……」

「学長のくせに、そういう事ハッキリ言うか? ……まあ、単なる気まぐれだ。なんかトドメを刺す気分になれなくてよ」

「まあ、いいでしょう。これで二度と同じ事をしようとは思わないでしょうし」

「やっぱり悪い奴だな、アンタ。人の事言えねぇけどよ」


 カリンは渋い顔をした。


「では、この調子でお願いします」

「はいよ。じゃあ、ホームセンターとかそういう場所を教えてくれ」

「ホームセンターですか? それなら向こうから敷地を出た所に……しかし、何故?」

「買い物だよ。悪者退治には装備が大事だからな」


 カリンは悪い顔をして見せた。

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