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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

小さな幸せシリーズ

憎しみに彩られたアンナ。

作者: たれみみ

暴力表現があります。ご注意ください。

 

 小さな頃 父と母を殺された。それから私は心を売った。


 ーーーーー


 あなたは私達のお姫様よ。

 私の宝物。あなた達が居るだけで幸せなの。


 小さなころから母はいつも言っていた。

 父と母、そして一人娘の私。私の名はアンナ。


 父は線が細く、物腰が柔らかい印象だった。

 母は、はっきりとした目鼻立ちをしており、艶のある長い黒髪をいつも一つにまとめていた。

 礼儀作法には厳しく、常に淑女である様に教育された。

 アンナは町娘ながら、母親譲りの美貌と気品で、評判の少女だった。


 あの頃は、家族三人で魔法付与をする小さな道具屋を営んでいた。

 日用品から、ちょっと便利な魔法道具まで。


 振ると中の液体が冷たくなる水筒。手をかざすと明るくなるランプ。些細なものだけど、あったら便利な道具を売っていた。


 店が軌道に乗り始めた頃、私はまだ数えで5才だったけど、両親の魔法の才能を引き継ぎ簡単な魔法付与を手伝っていた。


 ーーーーー


 父が生きていた頃、父と一緒に閉店後の在庫補充を毎日行なっていた。

 その時父は、ポツポツと昔話をしてくれていた。


「アンナのお母さんは、公爵家のお嬢様だったんだよ。

 神殿の奉仕活動で一緒になって、その時の優しさに惹かれたんだ。

 とても綺麗で、父さんなんか相手にして貰えないと思っていた。

 だけど、父さんを選んでくれた。

 今はアンナもいるし父さんは幸せだよ」


 今は小道具屋の女将だが、母は現陛下の姪にあたる。陛下の兄が当主を務める、公爵家の長女だった。


 母が16才の時、当時の当主である祖父が亡くなった。

 祖父亡き後、家督は私の伯父である母の兄が継いだ。


 当主になった伯父は、魔法の腕に長けている母を公爵家の地盤を強固にするためだけの政略結婚に使おうとしていた。


 祖母は母を生むと同時に鬼籍に入っていて、母の味方はいなかった。


 しかし母は、それを拒絶した。


 男爵家の三男だった宮廷魔道士の父と知り合い、恋に落ちたのだった。


 伯父に何度も家格が合わないと結婚を反対され、結局父母は駆け落ちをした。

 その後は、出奔したとされ、母は公爵家から除籍された。

 父も、男爵家を除籍された。


 以降平民として生活し、親子三人で街で小道具屋を営んでいた。


 夫婦ともに魔法付与が使えたので、生活用品に魔法を付与したり、小道具に魔力を補填したりと多忙な毎日を送っていた。豊かではないが、幸せに暮らしていた。


 休日のある日の昼下がり、昼食を食堂で食べ終わったアンナ親子は、馬車の多い中央通りを歩いていた。


 久しぶりの両親と一緒の外出。10才になったアンナは、仕事を手伝うことはできてもまだ子供だった。


 走っていたアンナは石畳の小さな段差につまずいて、勢い余って豪華な馬車の前に飛び出してしまった。


 その馬車が、残虐でワガママな公爵令嬢の馬車だったことが不幸の始まりだった。


 公爵令嬢は血筋的には従姉妹になる。

 だが出奔した父母は、爵位のない平民という身分で、貴族に逆らうことはできなかった。


 馬車の進みを遮ったと御者が注意し、馬車の中から「無礼者は鞭で打ちなさい」と非情な声が聞こえた。


 こんな小さな女の子を鞭打つなんて、とざわめく人垣に囲まれて、御者は苦しそうな表情で小さく言った。


「鞭を打つのですか?」

 その声に被さるように冷たい声が聞こえる。

「早く鞭を打ちなさい」


 御者は苦しそうな表情で鞭を振るった。

 アンナは動くことができなかった。彼女に鞭が届く前に、母の腕に抱きしめられていたのだ。


 石畳に倒れこみ、ドンッと背中に衝撃を受けたが、頭の後ろには母の温かい手を感じる。母が守ってくれている。

 遠くで父の叫ぶ声が聞こえる。


「やめてください! 離してください! 妻を打たないでくれ!」


 視界の全てを母の黒髪が覆っていた。

 御者が腕を振り上げる度、母の黒髪が千切れ飛んだ。


 かばった母は、レイチェルが満足するまで鞭で執拗に背を打たれた。


 ーーーーー


 うめき声を上げる母。

 抱きしめられて震えるアンナ。

 護衛に拘束される父。


 泣き出したアンナの声を耳にし、公爵家のレイチェルが馬車から顔を覗かせた。


 血だらけの母の背を見たレイチェルが大きな声で叫んだ。


「まあ汚らわしい。私の前から消えなさい。

 斬り捨てなさい」


 レイチェルは気がついていたのかもしれない、庇われているのが、自分の従姉妹だと。

 蹲っているのが自分の叔母だと。


 誰も見えない、扇子に隠された潜められた眉の下で、瞳の奥が笑っていた。


 レイチェルは魔力が少ない。公爵令嬢として力ある相手との婚姻を望んでいたが、良い縁談に恵まれていなかった。


 レイチェルはいつも公爵に言われていた。


「お前の従姉妹のアンナはまだ10才なのに優秀な魔力を持っている。

 お前は15にもなって、なぜ魔力が少ないんだ」と。


 馬車が走っていたことは偶然かもしれない。

 だけど、偶然じゃないかもしれない。


 レイチェルに不快なものを見せたと、無表情で母を切り捨てようとした護衛に、母を守ろうと近づいた父は斬りつけられた。


 アンナは、事切れた父の遺体の側で、虫の息の母に抱きしめられ息を詰めていた。


 公爵邸の馬車はそのまま走り去っていった。


 遠目に様子を伺っていた住人たちは、一人去り、二人去り、そして、誰もいなくなった。


 いつの間にか辺りは薄暗くなり、衛兵が数人やってきて、父の遺体を運んでいった。


 母の意識はなく、か細い呼吸音が聞こえるだけだった。


 徐々に弱々しくなる母の息に、小さな声で「お母さん」と呼びかけることしかできなかった。


 そのまま日が暮れ、気温も下がる頃、ついに母の呼吸が止まり、徐々に体が冷たくなっていった。


 朝になり、前日とは違う衛兵が、今度は母の遺体を運んでいった。


 レイチェルの逆鱗を恐れ、誰もアンナに声をかけなかった。


 アンナは呆然と、道に座り込んでいた、何時間も座り続けた体は冷え切っていたが、心の中は、混乱と狂気に包まれていた。


 アンナは願った。父と母との幸せな未来を。

 叶わない未来を。


 アンナは呪った。不幸な自分の未来を。

 誰も救ってくれない未来を。


 アンナは誓った。些細で理不尽な理由で自分の未来を奪った公爵令嬢への復讐を。


 アンナは強く祈った。復讐する力を。


 そして自分がどんな目にあっても、必ず公爵令嬢に復讐することを強く心に書き留めた。


「絶対に許さない」


 ーーーーーー


 レイチェルの所業は、貴族の間でも眉をひそめる噂になっていた。

 公爵は、有利な婚姻を結ぶことが難しくなりつつあることを実感していた。


 ーーーーー


 アンナは考えた。自分をコマにしてレイチェルから家族を奪えるのではないか。


 当主の姪の私は魔力が多く、身寄りもない。

 母親譲りの黒い髪と魔力。父母の命を奪ったレイチェル。


 今度は私が奪ってやる。


 私は絶対にレイチェルを許さない。

 私の幸せを奪ったレイチェルを許せない。


 私は忘れない。父の断末魔と冷たくなっていく母の温もりを。


 ーーーーー

 アンナは一人自宅に戻り、店を開けた。

 商品も、訪れるお客さんも、いつも通り、でも父母が居ない。どこにも居ない。


 なぜ両親は死ななければならなかったのか、神はいないのか。私の幸せは奪われたのか。


 返せ。私の小さな幸せを返せ。

 憎い。レイチェルが憎い。


 笑顔で接客しながら、アンナの心は闇に包まれていった。


 その日アンナは夢を見た。


『お前さん。毒々しい色をした魂をしてるねぇ』

『一つ、私と契約してみるかい?』

『約束一つと魂で、成立だよ』

『憎いんだろ?』

『同じ目に遭わせたいいんだろ?』


 アンナは最後まで返事をしなかった。


 ーーーーー


 アンナは天涯孤独になり、10才の身では道具屋を長く続けることも難しかった。在庫が無くなれば営業できなくなるからだ。

 近所の善意で食事などはできていたが、いつまでも続くことではなかった。


 夢を見た翌日、アンナの元へ公爵邸から使いが訪れた。

 両親の死から二週間後のことだった。

 平民といえど、些細な内容で人を傷つけたレイチェルの評判は落ちる一方だったのだ。


 公爵はアンナを引き取り、養女として育て、これ以上評判が下がることを避けようとした。


 そしてアンナは公爵の優秀なコマとして、貴族の道へ進むことを選んだ。

 伯父である公爵の養女になることで、レイチェルから幸せを奪う道を選んだのだ。


 ーーーーー


「レイチェル。今日から君の妹になるアンナだ。

 面倒を見てあげなさい」


「よろしくお願いいたします。レイチェルお姉様」


 ーーーーー


 アンナは小さな頃から、元公爵令嬢である母に、知らず教育を受けていた。

 身のこなし、言葉づかい、ダンス、教養と、貴族令嬢として遜色はなかった。


 公爵は喜び、レイチェルは焦った。

 このままでは自分の居場所がなくなると考えたのだ。


「あなたのような下賎な者の、相手などできませんわ」

「まあ。レイチェルお姉様はご冗談がお上手ね。

 私の大叔父様(祖父の弟)は現陛下。お姉様と同じ立場ですのよ。

 それに伯父様(母の兄)とは正式縁組いたしましたので。

 (わたくし)は公爵家の一員ですわ」


 ーーーーー


 アンナが公爵令嬢になり三年の月日が流れ、13才になった。

 彼女は誰もが認める美しい女性として成長していた。


 そしてその噂が陛下の耳に入り、今年成人を迎える18才の第二王子殿下の婚約者候補として白羽の矢が立ったのだった。


「お父様! 第二王子殿下の婚約者候補になぜ、アンナの名があるのです」

「落ち着きなさい、レイチェル。自分の日頃の行いを見つめ直すがいい。

 既に候補にお前の名があるのに、なぜアンナが候補となったのかよく考えるといい」


「そんな」


「レイチェルお前は何をした。夜会でドレスを裂き、置き去りにし、暴言を皆の前で吐く」

「それはあの子が礼儀知らずだからよ!」


「レイチェル。もしそうだとしても、お前が裁く権利はないんだよ」

「私は公爵家の娘よ!」


「レイチェル。アンナも公爵家の娘だ、お前は何を怯えているんだ」

「だって、あの子は言うのよ。

 公爵家に縁付いてお父様とお母様ができたけど、お父さんとお母さんは死んだのよって。

 しつこく言うのよ。私は悪くないわ」


 レイチェルは髪を振り乱しながら言い募る。


「レイチェル……。悪いのは君だ。

 アンナの父と母を殺したのは君だ。私の妹を殺したのは君だよ。

 あの時、君を娘として甘やかし、処罰しなかった、私の失敗だな」


 今まで凪いだ湖のようだった公爵である父の瞳が、一瞬ギラリと光ったのを見て、レイチェルは息をのんだ。


「……お父様

 私のしたことが間違っているの……?」


「そうだね。婚約者候補からは外してもらおう。

 そしてレイチェル、君は少し反省した方がいい。

 神殿で神に仕え、自らを省みるがいい」


 低い声で告げられる内容に、レイチェルは溢れる涙を止められなかった。


「私は、王子殿下と婚約するためにこの年まで……」

「荷物は後日届けるから、明日中に神殿へ向かいなさい」

「お父様……」


 公爵は静かに扉を閉め出て行った。部屋に残ったレイチェルは呆然とソファに腰をかけたままだった。


「安心して、お姉様。後は私が全部上手くやっておくわ。

 お姉様が小さな頃の私のように、全部無くしても大丈夫。

 全部私が貰ってあげる」


 カタンと小さな音に気づき、ゆっくりと顔を上げると、静かに部屋に入ってきたアンナが居た。

 どこか苦しそうな悲しそうな表情でアンナは語る。


「全部私が奪ってあげる。

 私の幸せを奪ったように、お姉様の幸せも奪ってあげる。

 ……でもどうして、どうして私は幸せじゃないの?」


 アンナは涙を零しながら聞いた。


「どうして、お姉様が不幸せになるのに私は幸せを感じないの?」

「アンナ……」


 ーーーーー


 どこからか声が聞こえる。


『お前さん。もう魂が汚れちまったんだよ』

『あんなに綺麗な毒々しい色をしてたのに』


『不幸せは不幸せを呼ぶんだよ』


『鏡なんだ』

『お前さんの憎しみは、自分に返ってくるんだよ』


『お前さんの幸せは、もうとっくの昔に死んだんだよ』


 ーーーーー


 憎しみは憎しみを呼び、不幸せは不幸せを呼ぶ。


 鏡合わせの感情は、取り返せない幸せを映し出しているようだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最後が精神論染みた終わりになって残念 魂が汚れたというが、そもそも純粋無垢こそ希少な世の中で、汚れた魂が幸福を得られないなら、それはものみな残らず不幸になるしかないじゃないか 不当な仕打…
[一言] 可哀想に……。 アンナは今なお醒めぬ悪夢の只中にいるんですね。 特別なことは何も望んでいなかったのに。 ただただ家族とのささやかな幸福を願っていた、心優しい穏やかな少女だったのに。 両親の死…
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